パリが6月の太陽に焼かれていたある日。イッセイ ミヤケは、未来からやってきたような“ファッション兵団”をカルティエ現代美術財団に送り込み、メンズウェアとアートの境界を撹乱する幻想的なスペクタクルを繰り広げた──光そのものまでもが、ショーの“登場人物”として舞台に立ったように。

美術館の鋼鉄の柱に朝の陽光が鋭く反射し、観客たちはそのまばゆさから逃れるように席を移動。まるで即興のミュージカルチェアが、ミニマルで高揚感のあるサウンドトラックに乗せて展開しているかのようだった。

“HOMME PLISSÉ”の終幕から、“IM MEN”という新たな章へ

今シーズンのパリ・ファッションウィークにおけるミヤケは、まさに変革の只中にある。今年1月、ブランドを象徴するプリーツのアイコン《HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE》に別れを告げ、ブランドは遊牧的なショーへと舵を切った。直近ではトスカーナの太陽の下で発表されている。パリにおけるその“火”は、「IM MEN」へと受け継がれている。2022年に他界した三宅一生が、が生前最後に手がけたラインだ。

AP Photo / Michel Euler

光と布のキネティック・ダンス

今回「IM MEN」のクリエイションを率いたのは、河原遷と板倉裕樹、小林信隆の3名。テーマは《Dancing Texture(踊るテクスチャー)》。陶芸家・加守田章二の作品ににオマージュを捧げつつ、同時に、ショーで展開されたシュールな振付けにもリンクしている。モデルたちは、バレエとスローモーションのビデオゲームのあいだのような動きで、光の中を転がり、傾き、揺れながら登場した。ときには観客が目を細め、幻覚の中にいるかのような錯覚に陥った。

未来の気候、あるいは未来の生命体のための服

第一ルックが登場すると、“ティンマン meets スペースニンジャ”的な姿で、パフォーマンスは一気にSFの領域へ突入。ショーを構成するのは、折り畳むと完璧な円になるブルゾンやパンツ、釉薬のように揺れるジャカードの布地、釣り網をアップサイクルしたネオンカラー、そしてジップを開くと劇的な襟に変化するコートたち。

服そのものも、新たな気候、あるいはまったく異なる種のために設計されたかのようだった。表面は剥がれ、波打ち、きらめき、金属箔が太陽に反射して輝く。ジャカード織りは、加守田の陶器に彫られた波の模様を思わせる。朱色と白のモチーフが炸裂し、そこに、アップサイクルされた漁網由来のネオングリーンが加わった。あるコートはファスナーを開けるとドラマティックな襟へと変形し、またあるブルゾンやパンツは平らに広げると完全な円形を成し、加守田のろくろによる器をほのかに彷彿とさせた。

A model wears a creation part of the Issey Miyake men’s Spring-Summer 2026 collection, that was presented in Paris Thursday, June 26, 2025. (AP Photo/Michel Euler)

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三宅一生の、静かなる革新と遊び心

三宅の精神はこのコレクション全体に深く刻まれていた。緻密に構築されたプリーツや、遊び心ある変形のなかに、彼のビジョンは明確に息づいていた。本人がいなくなった今も、ランウェイのあらゆるユーモアや折りたたみ、驚きの瞬間に、彼のレガシーは確かに生きている。

1938年、広島に生まれた三宅一生は、戦後の日本から世界的なデザイナーへと成長し、1980〜90年代には彫刻的でラディカルなデザインでファッションを革新した。熱処理によるプリーツ加工を開発し、「プリーツ プリーズ」や「A-POC」など、アートとサイエンス、日常生活の境界を曖昧にするラインを数々発表。布に自由を与え、身体と想像力が一体となって動けるファッションを実現した。

もちろん、前衛性を貫くその姿勢は、常にリスクと隣り合わせでもある。木曜日のショーでは、動くアートやSF的なヘッドギアが服そのものを喰いかねない瞬間もあり、三宅ブランドにとっておなじみの“危うさ”が垣間見えた。だが、控えめなタンジェリン色のコートがすっと通り過ぎたときのように、節度がもっとも印象的な瞬間を生むこともあるのだ。


By THOMAS ADAMSON AP Culture Writer
PARIS (AP)