2024年10月、米フィラデルフィアのウェクスラー・ギャラリーにて、家具デザイナー、ジョモ・タリク(Jomo Tariku)の個展「Juxtaposed(ジャクスタポーズト、並置)」がオープン。美術館での展示を想定して企画された展示では、彼の家具と、それぞれの作品にインスピレーションを与えたアフリカの多様な民芸品が並べられた。本稿では、印象的なフォルムとミニマリスト的なラインを融合させた、タリクの作品を紹介する。
アフリカのコンテンポラリー家具デザインのパイオニア
タリクは、ケニア生まれ、エチオピア育ち。外交関係の仕事をしていた父親がコレクションした、国際色豊かなデザイン・オブジェクトに囲まれて育ったそうだ。子ども時代を過ごした家には、ペルシャ絨毯、インドネシアのテーブルから、ケニア製の大きな灰皿、コンゴの彫刻、動物の角でできたカトラリーまで、多様な装飾品があった。「これらのオブジェクトを、スケッチしたりしていました」と彼は振り返る。少年時代のこうした経験が、無意識のうちにタリク独自のデザイン感性を養うことになったのだ。
タリクは米国カンザス大学に進学し、インダストリアル・デザインを専攻。卒業論文では「アフリカのコンテンポラリー家具デザインの可能性」というテーマに取り組んだ。当時、アフリカ系デザイナーの活躍の場が限られており、「アフリカのコンテンポラリー家具デザイン」は、デザイン業界における新しいジャンルの開拓を意味した。卒業後も米国に残り、友人と一緒にデザイン事務所を立ち上げ、ウェブやグラフィックも含め、さまざまなデザインワークに取り組んだ。家具だけで採算を取るのは難しいという考えがあったのだ。
実際、家具の評価には時間がかかった。一時は、世界銀行で常勤データサイエンティストとして働いていたこともある。しかし、タリクは家具デザインをやめなかった。2021年にはニューヨークのメトロポリタン美術館が初めて彼の作品が収蔵。以降全米10ヶ所の美術館に収蔵され、20以上の展覧会に選出された。タリクの椅子は、アフロフューチャリズムを描いた映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(2022年)のセットデザインや、カマラ・ハリス副大統領の公邸のインテリアにも選ばれている。
一度見たら忘れられないデザイン
タリクの家具デザインのモチーフは、アフリカに関係する様々なビジュアル要素だ。具体的には、アフリカの伝統的な家具、水瓶や太鼓といった民芸品、動物の角などがある。『アフリカデザインへの入口』という副題がつけられたフィラデルフィアの個展では、彼の作品と、そのインスピレーションの元になったオブジェクトが並置されることで、来場者がアフリカの伝統的なデザインや文化に対する理解を深めることができるように、意図的に設計された。以下、タリクの代表作品を紹介する。
ミード・チェア/ミード・ベンチ
ミードチェア(Meedo Chair)は、ブラックパワー運動や、ブラック・イズ・ビューティフル運動といった黒人差別抵抗運動のアイコンとして使われ、黒人の文化と歴史における象徴的存在であるアフロコーム(櫛)をモチーフにした椅子。ウォルナットのベニア材で制作された2021年の作品は、ニューヨークのメトロポリタン美術館が収蔵する。2022年にはエボニー加工されたアッシュ材の作品、2023年にはブロンズ素材の作品と、同じアフロコームをモチーフにしたミード・ベンチも発表された。
ニアラ・チェア
ニアラ・チェア(Nyala Chair)は、東アフリカに生息するマウンテンニアラ(アンテロープ/レイヨウ)の角と脚を模した椅子。ユニークな角の形状と、人間工学的に快適な背もたれを実現するのが難しく、このシルエットに辿り着くまでに何度もスケッチを重ねたという。その個体数の大幅な減少に対する認識を高めるため、この椅子の生産数は1000個までと限定している。アクセントになっている白い点は、エチオピアに生息するニアラの模様を再現したものだ。ニアラチェアは全米6ヶ所の美術館の永久収蔵品となっている。
ジンマ・チェア
ジンマ・チェア(Jimma Chair)は、エチオピア南西部に位置するジンマという街にちなんで名づけられた伝統的な椅子を元にした作品。18世紀に存在したジンマ王国のアッバ・ジファール王の家具をモチーフにした伝統的な椅子は、一本の大木から手彫りで作られることが多く、彫刻的なフォルムと半円形の背もたれが特徴だ。コミュニティの長老や重要人物が使用してきた椅子は、地位、尊敬、伝統を象徴。現在エチオピア政府は、この貴重な民芸品の輸出入を制限しているとのこと。フィラデルフィアでの展覧会では、タリクの妻の知人が所有していた椅子が、彼のジンマ・チェアとともに展示された。タリクの作品は、伝統的な椅子の単なる模倣ではなく、現代的なクリーンなデザインへと昇華されている。
アシャンティ・スツール
アシャンティ・スツール(Ashanti Stool)は、19世紀から20世紀にかけてガーナで使われていたアカン族リーダーの儀式用椅子(ゴールデン・スツール/シカ・ドゥワ・コフィ、Sika Dwa Kofi)を現代風にアレンジした作品。ゴールデン・スツールは、アカンに属するアシャンティ民族にとって最も神聖で象徴的なもの。また、タリクのアシャンティ・スツールの円形の台座は、精神の浄化を司る指導者が身につける丸い黄金の装身具をモチーフにしている。このシンボリックなスツールは、映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(2022年)のセットデザインにも採用された。
エンセラ・スツール
エンセラ・スツール(E’nsera Stool)は、エチオピアの伝統的な粘土性の水瓶に着想を得た作品。水瓶を背負って川から水を運ぶというのは、非常にきつい肉体労働だが、地域では女性の仕事とされている。伝統的な水瓶は、ビールの醸造にも使用される日用品だ。タリクのエンセラ・スツールは、座面を取り外して、中に物を収納することができる。伝統的な水瓶の形状だけでなく、機能性もデザインコンセプトに取り入れたのが、タリクらしいこだわりだ。
ザグウェ・ワードローブ
2023年に発表されたザグウェ・ワードローブ(Zagwe Wardrobe)は、タリクが初めて取り組んだ大物作品。縞模様は、石と木を交互に積み上げたエチオピア北部の建築様式に着想を得たもの。エチオピア北部アクスムのオベリスクの建築デザインを模した円形モチーフが特徴的。
グローバルデザインの再定義
タリクが大学でデザインを学んでいた時代に比べて、アフリカ系/黒人デザイナーの活躍の場は増えているものの、デザイン業界におけるリプレゼンテーション(社会の多様性を公正に反映した人選)の問題は大きくは改善されていない状況。タリクは、展覧会や出版物において “グローバル”デザインを代表する作品が、欧米や日本などの一部地域のデザイナーに偏っているという課題意識を持ち、独自に調査を実施。主要家具ブランドが手がける計4417件のデザイナーズコレクションのうち、黒人デザイナーが起用されたのは14件、つまり僅か0.32%だったというデータを公表し、デザイン誌などを通じて発信した。
タリクは、アフリカ系/黒人デザイナーの活動をさらに推進、発信するプラットフォーム、ブラック・アーティスツ+デザイナーズ・ギルド(Black Artists & Designers Guild:BADG)の創業メンバーでもある。BADGはテキスタイルやセラミックを用いた創作活動を行うアーティストのマレーネ・バーネット(Malene Barnett)の呼びかけで、2018年に活動開始。多文化都市の最先端を行くはずのニューヨーク市でさえ、デザイン関係者が100名以上招待されたイベントに黒人が1人も招待されていなかったという事実が創設の背景にあった。
BADGの活動内容は、デザイン展示会やミュージアムでの企画展会の実施、キュレーター、バイヤー、メディアといったデザイン業界関係者とのネットワークづくりなど。例えば、現在ニューヨークのクーパー・ヒューイット国立デザイン博物館で開催中の企画展にキュレーターとして参加し、BADGのコミュニティに属するデザイナーの作品を展示している。
タリクは、家具作品でアフリカのコンテンポラリーデザインの可能性を提示した。しかし、自分が認知され、評価されるだけでは、業界全体を変えることはできないと考えている。より多くのアフリカ系/黒人デザイナーが活躍するためには、美術館、ギャラリー、教育機関、メディアなど様々な業界のゲートキーパーが、継続的にアフリカデザインへの興味関心を持つことが必要なのだ。
タリクは日本のデザイン業界やメディアに対しても、期待を寄せている。世界各地で展開予定である個展「Juxtaposed」の日本開催もぜひ実現させたい。
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Photo by Maki Nakata
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Maki Nakata
Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383