今秋も、イギリスの有名な現代アートフェア「フリーズ・ロンドン」(コンテンポラリー・アートに特化)と「フリーズ・マスターズ」(伝統美術も扱う)が、ロンドンの広大なリージェンツパークで開催された。両フェアは短期間で有料だが、彫刻を集めた「フリーズ・スカラプチャー」は同公園内のイングリッシュガーデンで1か月以上に渡り無料で開かれる。平日の朝、同公園で20以上の彫刻を見てきた。

犬の散歩をしたりベビーカーを押しながら歩く人に混じり、ガーデンを歩く。ロンドンの喧騒が遠くにあるように感じられる静かな空間に置かれた彫刻群は、アートを自然の中で見る喜びに改めて気付かせてくれた。

2023年作の、アメリカのシアスター・ゲイツの約3mのブロンズ像2体「デュエット、ブロンズ容器1(ストライク)とブロンズ容器2(二重の係留)」(ゲイツは今年、日本で初の個展を開催した)、また2020年作の、奈良美智 のアルミニウムにウレタン塗装をした顔の大型作品「Ennui Head」もあるが、ほとんどは本年度の作品だ。とりわけ気持ちを動かされたのは以下の作品たちだ。

Frances Goodman, Pillar IV and Pillar V, 2024. SPECTA. Frieze Sculpture 2024.

2つの塔「柱4と柱5」は、カラフルなピースを重ねてある。ピースは、ひと目で錠剤の形だとわかった。実際には錠剤の色彩はこれほど華やかではないかもしれないが、その色彩のコントラストは楽しさと同時に、少し不気味さを与える。塔には空間が多数あり、あまり安定していないような印象も与える。世の中にはありとあらゆる薬剤がある。フランシス・グッドマンはこの塔で、薬の良い効果と、「薬は精神や体の調子を必ずしも良い方向へ導く保証はない」という負の影響を表現した。

点在しているジュリアナ・セルケイラ・レイテ作の3つの彫刻は、「世界を創り、壊す反復的な動き」シリーズの一部だ。体を動かすメカニズムを変わった方法で探究しており、ありふれた動作を解剖学的に描いたという。舌の集合のようなピンクの像は「砂(砂で磨く)」というタイトルで、壁を紙やすりで磨くことを表現し、耳に見える「シャベル」という作品ではシャベルで掘ることを表し、指を思わせるグレーの像「ボタン」はジーンズのボタンを留めることをとらえたという。作品の薄さも面白い。

Woody De Othello, seeing both sides, 2024, Jessica Silverman, Stephen Friedman Gallery and Karma. Frieze Sculpture 2024.

4本の手と4本の脚で切り離された頭部を支えているブロンズ像は、「両側を見る」と名付けられている。頭部が非常に重く、そこからエネルギーが放たれている感じさえ受けた。均衡も心地いい。ウッディ・デ・オセロは、独自の神話を大切にして生活するアフリカのドゴン族の彫刻にインスピレーションを受け、この青緑色の人物が神性と人間性の境界(交差点)にいると想像したという。その交差点では横に広がる現実の領域と縦に伸びる未来の領域が反響しているという。この像は、私たちが変化にどう対応していくかということの象徴でもあるそうだ。

地面に溶け込んでいるモザイク画は、まるで公園の地下に別の世界があり、そこへの入り口のように感じられた。ニカ・ニーロヴァは、数年前、ロンドン市内でほぼ完全な形で発見された古代ローマ時代のモザイク床にヒントを得て、このモザイク画を作った。石は過去の記憶をためながら現在に存在し、過ぎ去った時を未来へと運ぶ。この画は、神話が現実と出会う場所、夢の風景が物質と出会う場所、2つの世界が接近する場所など、この世の階層的な関係が結びつくプラットフォームを表したという。

Kirstine Roepstorff, LIGHTNING ROD, 2024, 2112. Frieze Sculpture 2024.

本彫刻展で最も美しいと感じたのが、この細長いブロンズの巻貝だ。希望を抱いて立っている人間のようだと思ったら、やはりメタファー(隠喩)だった。作者のカースティン・ロープストルフは「この像は人間の可能性を示しています。人間には強い芯があって、芯の中身は私たちにはわかりません。人間の要素は、現実ではエネルギーの塊であり、今の時代こそ、人間がどれほどパワフルなのかを知る時だと思うのです。ここで散歩している人たちは、歩くエネルギーのスティックだといえます。彫刻を見た人のうち、ほんの数人でも人間がいかにパワフルかを覚えていてくれたら、ものすごく嬉しいですね」とビデオで語っている。

「フリーズ・ロンドン」の時期にロンドンを訪れるなら、気軽に行けるフリーズ・スカラプチャーにぜひ立ち寄ってみてほしい。


Frieze Sculpture

今年で第12回を迎えた。2024年10月27日まで

Photos other than a press image: by Satomi Iwasawa

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/