11月24日まで開催中の第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展。『外国人はどこにでもいる(Stranieri Ovunque)』と題された今年の展覧会は、特にグローバル・サウスとグローバル・ノースを行き来するような、 “よそもの” アーティストにスポットライトが当てられ、移住と脱植民地主義のテーマを扱った作品が多く展開された。

初のラテンアメリカ系キュレーター

今回キュレーターを務めたのはアドリアーノ・ペドロサ(Adriano Pedrosa)。1965年、ブラジル・リオデジャネイロに生まれ、当初は外交関係のキャリアを目指して、法律を専攻した。しかし、その後アーティストになることを目指してロサンジェルスに移住し、ファインアートとクリティカルライティングを学んだ。

彼はさまざまな活動を経て、2000年代初頭からキュレーターとして活動。国際的なアートシーンで頭角を表したのは2011年に開催された第12回イスタンブール・ビエンナーレだという。現在はサンパウロ美術館(Museu de Arte de São Paulo Assis Chateaubriand、通称MASP)の芸術監督を務める。

『外国人はどこにでもいる』という今回の展覧会タイトルには、複数の意味が込められているとペドロサは言う。まず1つ目が、どこに行こうが、どこにいようが外国人には必ず遭遇するということ。そして2つ目は、自分がどこにいようが、心の奥底ではいつも外国人なのだということ。加えて、ヴェネチアという地域は常に “外国人” に占領されてきた地域であり、かつ現在は数多くの訪問客が訪れる都市でもある。つまり、このタイトルはヴェネチアならではの意味を持つ。さらには、この文言は、ポジティブにもネガティブにも捉えることができるスローガンだ。ペドロサは、強制避難民の数が2022年に1億840万人に達したという事実(国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のデータ)にも触れている。

ペドロサがキュレーションを手がけた展示は、Nucleo Storico(歴史の核心)と、Nucleo Contemporaneo(現代の核心)の2つのセクションから構成された。歴史の核心を構成する作品は、ラテンアメリカ、アフリカ、中東、アジアから集められた20世紀の作品で、見落とされてきたグローバルサウスのモダニズムにスポットライトが当てられた。一方、現代の核心のセクションには、クィアのアーティスト、芸術教育を受けた経験がない独学のアーティストなど、 “はみ出しもの(outsider)” のアーティスト、土地固有の文化に根付いた民衆芸術を手がけるフォーク・アーティスト、先住民アーティストの作品が展示された。その多くが、これまでビエンナーレで出展されることのなかったアーティストたちだ。

見落とされてきたグローバルサウスのモダニズム

欧米や日本などいわゆる “グローバルノース” のパビリオンが並ぶジャルディーニ会場に入ると、まず目を引くのが中央パビリオンの壁一面に描かれた色彩豊かなアート。このインパクトある作品を手掛けたのは、ブラジルのフニ・クイン民族で結成されたMAHKU (The Huni Kuin Artists Movement)コレクティブだ。フニ・クイン族はブラジルやペルーの地域に暮らす先住民族で、このコレクティブは2013年に結成された。この作品の題材は、アジア大陸とアフリカ大陸を結ぶベーリング海峡にまつわる神話。ワニの助けを借りてその背中に乗って海峡を渡った人間が、食糧が少なくなったため小さいワニを狩り、大きなワニの信頼を裏切ったという話である。ワニの神話は、MAHKUメンバーの価値観や視点を間接的に示すものだ。

ジャルディーニの中央パビリオンの展示室の一つは、37名のアーティストが手がけた多彩な抽象芸術(Abstractions)を扱う。中でも欧州の幾何学的な伝統とは一線を画すような、より有機的で曲線的な形状が特徴的な作品が選ばれた。部屋の中央に置かれているのは、ブラジル出身のイオネ・サルダーニャ(Ione Saldanha)の『Bambus』。刈り取ってから一年かけて乾燥させた竹をヤスリがけし、白の下地を塗った上で、様々な色に塗られたいくつもの竹が天井からぶら下げられている。

他にも南アフリカ出身のエステー・マラング(Esther Mahlangu)が手がけたンデベレの作品も目を引く。1935年生まれのマラングは現在88歳。彼女の作品は1989年にパリのコンテンポラリーアートミュージアムのポンピドゥセンターで展示されたことで国際的な注目を集め、以来BMW、ブリティッシュ航空、ロールスロイスなど様々なブランドとのコラボレーションを行っている。しかし、ヴェネチア国際美術展への出品は今回が初となった。

中央パビリオンには他にも111名のアーティストによるポートレイト作品を集めた展示室もあった。アジア、アフリカ、中東、南米といった様々な地域から、多様なスタイルのポートレイトが集結した部屋は、まさに人間のダイバーシティを感じることができるような空間であった。

移動する人々の軌跡

今回のビエンナーレでは「移動」というテーマについて考えさせられる作品も多かった。例えば、フランス系モロッコ人でオーストリアのウィーン在住のアーティスト、ブシュラ・ハリーリ(Bouchra Khalili)は、2008年から2011年にかけて制作した『The Mapping Journey Project』の作品を展示。この作品は政治経済的な事由により、非合法的な方法で旅をせざるを得なかった8名の人物のストーリーを扱った映像作品で、それぞれの人物がナレーションしながら、自分たちが辿った旅路を地図でなぞっていくという映像で構成される。

例えば、ある人物はバングラデシュをスタートし、イタリアを目指すために、インド経由でロシアに入国してイタリアを目指すが失敗し、バングラデシュに送還された。しかし再度中東を経由して、アフリカに飛び、途中では砂漠地帯を徒歩で渡るというような過酷な経験を経て、最終的に船でなんとかイタリアに上陸したといったような壮大なエピソードが語られる。このようなストーリーそのものに力があるのは間違いないが、人物の顔が映し出されることはなく、淡々と語られるストーリーと、地図に描かられていく旅路の映像に、なぜか引き込まれてしまう作品である。ビエンナーレの会場には、映像とともに、旅路の線を刺繍で記録したテキスタイル作品も展示され、8名それぞれの旅人の人生に思いを馳せることができるような仕掛けとなっていた。

ビエンナーレに参加した様々なアーティストにとっても、移動は重要な意味を持つ。アーティストの紹介パネルには、出身国と活動拠点が併記されているが、アーティストたちの出身国も活動拠点も多様。例えば、海外で活躍するイタリア人の作品を集めた展示室では、ブエノスアイレス、サンパウロ、パリ、マニラ、メキシコシティ、ヨハネスブルグなど、世界各地で活躍した20世紀の画家たちの作品が並んだ。

今回のヴェネチア国際美術展では、各国のパビリオンでも先住民アートを特集したり、植民地化の歴史に触れたりといった、『外国人はどこにでもいる』のテーマを意識したような展示が多かった。グローバルサウスや脱植民地化の議論が行われる場所が、欧州のど真ん中のヴェネチアであるということはパラドクスでもあるが、美術展というプラットフォームは、引き続き、私たちの世界を広げてくれる存在であることは間違いないだろう。

宇宙をテーマにしたドイツ館の正面入り口は塞がれ、内部にも廃墟のような空間があった

先住民族のアートを扱ったアメリカ館


Photo by Maki Nakata

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383