オーストリアのウィーンで開催中の「第1回 気候ビエンナーレ」が、まもなく終了する。「100日、100のパートナー、1つのビジョン」をモットーに、進行する環境問題と芸術、デザイン、建築、科学を結びつけ、アートを通して皆で気候変動を考えていこうというフェスティバルだ。スポンサーは、エネルギー基金(2040年までにCO2排出量を実質ゼロにする“カーボンニュートラル”を目指し、そのためのプロジェクトを同国で実行している)といった政府機関、同国の主要銀行や大手企業などだ。

©ip-photography

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フェスティバルの場所はウィーン各地に渡り、60箇所以上となった。メイン会場は、フンデルトヴァッサー美術館とも呼ばれる現代美術館の「クンストハウス・ウィーン」だ。同館は地元の芸術家フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー(1928-2000)が建築を設計し、フンデルトヴァッサーの作品150点以上を常設展示している。

フンデルトヴァッサーは、環境保全やサステナビリティに強い関心を持っていたことで知られる。同館では、彼の意思をさらに尊重すべく、最近改修が行われた。今は、地下水の熱を利用したCO2フリーのエネルギーを使用し、照明は完全にLEDに切り替わり、館内の多数の植物用に地下水灌漑システムが導入され、以前よりもエコロジカルな場所になっている。ちなみに、大阪市の観光スポットにもなっている清掃工場(舞洲工場)はフンデルトヴァッサーの設計だ。

同館の中庭には、フェスティバルのために木造の「気候文化パビリオン」が建てられ、気候に関する講演や討論会が行われたり子ども向けのワークショップが開催されている。建材には、以前、オーストリア第2の都市グラーツで開催されたイベントで建てたパビリオンの一部を再利用した。

BreatheEarthCollective, Klima Kultur Pavillion, Press ©Clara Wildberger

森林生態系に迫るグループ展

クンストハウス・ウィーンでは、フェスティバルのメインイベントとなるグループ展「Into the Woods(森の中へ)」が開かれている。参加した16人のアーティストたちは、アマゾンやケニアの森林から中央ヨーロッパの広大な森まで地球上の様々な森林をテーマにし、森の状態や人間による自然への影響を浮き彫りにしている。以下のようなインパクトある作品が楽しめる。

Rodrigo Arteaga, Grid, 2024 und Monocultures, 2020
Courtesy der Künstler © Rodrigo Arteaga
Foto: Rudolf Strobl

Rodrigo Arteaga, Grid, 2024
Courtesy der Künstler © Rodrigo Arteaga
Foto: Rudolf Strobl

支柱に置いた木の作品「Grid」は、ウィーンの森にあった枯れ木で、展示の間に分解が進まないように加熱処理を施してある。Rodrigo Arteagaはこの枯れ木で、人間と自然との矛盾した関係を表現している。木は展示終了後、森へ戻す。

もう1つの作品は壁に貼られた多数の絵「Monocultures」。マツとユーカリの葉や種子のシルエットに穴が空き、茶色くなっているのは、紙を燃やしながら描いたため。2017年、Arteagaの母国チリで発生した同国史上最大の森林火災がテーマだ。以前、チリでは産業のため、政府が支援し、その2種類のみを植林する単一栽培が実施されたが、2種とも多くの水が必要で大量の地下水が吸い上げられ、乾燥が進んだという。また、この2種は燃えやすい木だといい、森林火災の広まりを速める一因になったともいわれている。2つの作品は、経済的な森林の利用が自然のあり方に影響を与えていると警鐘している。

Richard Mosse, Senador Porfírio, Pará, aus der Serie Tristes Tropiques, 2021
Courtesy der Künstler und carlier | gebauer (Berlin/Madrid) © Richard Mosse, Bildrecht Wien / Vienna 2024

Richard Mosse Subterranean Fire, Pantanal, Mato Grosso, 2020, aus der Serie Tristes Tropiques
Courtesy der Künstler und carlier | gebauer (Berlin/Madrid) © Richard Mosse, Bildrecht Wien / Vienna 2024

Richard Mosseは、人里離れたブラジルの熱帯雨林を撮影した画を展示した。この熱帯雨林では大規模な森林伐採が行われ、パーム油の原料となるアブラヤシや大豆のプランテーションの拡大が進んでいる。違法な金鉱採掘も行われている。Mosseはドローンで何千枚ものデータを集め、GIS(地理情報システム)を使うことにより森の実態を細かく伝えている。3枚画 「Senador Porfírio, Pará」には、川近くの違法製材所群が見え、「Subterranean Fire, Pantanal, Mato Grosso」には地下火災の様子が捉えられた。

© Rudolf Strobl_rst_240405_1090_A4

Diana Schererは、10年以上前から植物の成長と根の組織について研究を重ねている。床に置かれたのは、生地に種をまいて成長させ、ひっくり返した根の作品「interwoven」。壁にかけられたのは、植物の根で作った人工繊維「Hyper Rhizome」。Schererは生物学者やエンジニアと協力し、植物の根の生え方を操作する(根の伸びていく方向を定めると、糸のように絡み合った根が模様に見える)ことで織物を作る技術を開発した。Schererは作品を通し、「人間は自然を支配したり奪ったりすることなく、どの程度まで自然と協力できるのか」という問いを探求している。

Katier Paterson, To Burn, Forest, Fire, 2021
Courtesy die Künstlerin © Katie Paterson
Foto: Veikko Somerpuro

Katier Paterson, To Burn, Forest, Fire, 2021
Courtesy die Künstlerin ©Katie Paterson
Foto: Veikko Somerpuro

Katie Patersonの「To Burn, Forest, Fire」は香りで生物多様性を表現している。2本の線香「ファースト・フォレスト」と「ラスト・フォレスト」は名前通り、果実、動物、昆虫がまだ存在しなかった「地球最古の森の香」と気候危機の時代の「地球最後の森の香」を放つ。最初の森の香は、ニューヨーク州カイロで発見された3 億 8500 万年前の森の化石にちなみ、腐植土や粘土、シダなどの香り。最後の森の香は、エクアドルのアマゾンの熱帯雨林にあるヤスニ生物圏保護区の甘い果物、藻、コケ、ナツメグ、樹脂などのブレンドだ。線香の制作には科学者たちの助けを借りた。

DEU, Hamburg, 2020, Jeewi Lee: RE-, Ausstellung im Kunstverein Hamburg, Copyright photo: Fred Dott

Jeewi Lee の「Ashes to Ashes」は、340 個の石鹸の彫刻を並べたインスタレーション。黒やグレーは、イタリアで発生した森林火災の時の灰を使っているため。1個1個の表面に焦げた木の皮を型押しした。火災は悲劇である一方で、火災後の土壌は栄養分がとりわけ豊富になり、再成長する植物にエネルギーを与えることができる。本作は森への別れを表すと同時に、森の浄化(森の新たな出発)も意味しているという。

DEU, Hamburg, 2020, Jeewi Lee: RE-, Ausstellung im Kunstverein Hamburg, Copyright photo: Fred Dott

鉄道跡地が、生き生きした展示場に変身

もう1つのフェスティバルの大きな会場は、市街地から公共交通機関で30分ほど離れた所にある旧鉄道駅「北西駅」跡地。ここの常設展は「Songs for the Changing Seasons(移り変わる季節の歌)」だ。ここにも面白い作品が並んでいる。

© eSeLat Joanna Pianka

Ausstellungsansicht Songs for the Changing Seasons ©eSeLat_JoannaPianka-1085

ニューヨークを拠点に活動するアーティストJoan Jonasの「they come to us without a word II」は、大きい魚の群れの絵だ。これらは、現代美術センターCCA北九州(2021年閉館)での展示用に制作した。当時、古本屋で見つけた『原色 日本魚類図鑑』(1955年刊)にインスピレーションを得て描いた魚は100匹以上。紙に描いたことで魚が弱い存在であることを表し、世界的に魚が過剰消費されていることへの懸念も作品に込めたという。魚という生物を称えるとともに、海の危機を訴えている。

Festivalareal 1 ©Claudius Schulze

バルセロナ生まれのEva Fàbregasは、ボールを布で包んだ生物のような彫刻を作った。人間の臓器を象徴しているという。作品名の「Exudates」は、傷や炎症のある組織からにじみ出る液や、植物・木や昆虫から染み出す液体という意味。気候変動の影響を受けている自然や人間が細胞レベルで傷ついたり変化しているということを表現しているように思える。

Ausstellungsansicht Songs for the Changing Seasons ©eSeLat_JoannaPianka-1199

水色の山のような塔に映える人や動物はパンでできている。Natalia Montoyaはウィーンに滞在し、市内のパン屋でこれらを制作した。このパンは、南米アンデス高地で行われる死者の儀式で使うパン、タンタ・ワワの再現だ。Montoyaは、その高地に住む先住民、アイマラ族の出身。Montoyaは、古代の高原地域の伝統と現代のウィーンのパン作りを組み合わせることで、2国の文化や環境をつなげようと考えたのだという。それは、かつてスペインの侵入の影響を受けたアイマラ族の文化交差の歴史やアイデンティティーを広く知ってもらおうという試みでもある。

環境問題にアプローチするアートは、これまでもいろいろと鑑賞してきたが、今回のフェスティバルの多種多様な作品も新鮮味にあふれている。訪問者たちの環境問題にコミットする意識が高まったことは、間違いないのではないか。次回の気候ビエンナーレでも、「気候+アート」の充実した空間が作り出されることだろう。


Klima Biennale Wien 
2024年4月5日~7月14日

KUNST HAUS WIEN

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/