世界最大規模の現代アートフェアー、アート・バーゼルの開催が迫っている。開催地スイスのバーゼルは美術館が充実しており、アート・バーゼルの会場から少し離れた私立美術館「バイエラー財団」も国内外から高い人気を誇る。画商のバイエラー夫妻が建てたこの美術館は、1997年にオープンした。

門を抜けると現れるのは、くつろげる庭。縦長の展示館は世界的な建築家レンゾ・ピアノによる設計で、ガラス屋根、巨大な窓、茶系の斑岩製の外壁は緑の景観と見事に調和している。その洗練さは、一目見ただけで忘れられないほど強い印象を与えると言っても言い過ぎではないだろう。

THE FONDATION BEYELER, DESIGNED BY RENZO PIANO
Photo: Mark Niedermann

同館では5月下旬から、開館から四半世紀を経て初めて、庭にも特別なアート作品を置いた夏のグループ展が始まっている。本展のキュレーターは、同館のサム・ケラー館長(アート・バーゼル・マイアミ・ビーチの創設者)、パリに拠点を置くキュレーターのムーナ・メクアール、国際的に活躍するイサベラ・モラ、著書の日本語版もあり日本でも知られているハンス・ウルリッヒ・オブリスト、岡山芸術交流2022に出展したプレシャス・オコヨモン、アジアで個展が開催中のフィリップ・パレーノ、作品の記録を残さないアーティストのティノ・セーガルといった顔ぶれ。後者3人は、本展の参加アーティストでもある。

屋外の動く作品群

今回のグループ展は「展示全体が変化する生命体」というコンセプトだ。新作はもちろん、既存の作品に手を加えた絵画、彫刻、映像、インスタレーション、パフォーマンスに浸れる。財団のコレクションも本展の一部となっており、主に展示館内に飾られている。本展タイトルは「魔物たちとのダンス(DANCE WITH DAEMONS)」。しかし、これは初回のタイトルで、コンセプトの“変化”にちなみ、最後のタイトル「夏は終わった(SOMMER IS OVER)」まで15回変更になる。

敷地内の至る所にある、複雑で多様性に富んだこれらの作品の数々は静的に見せるのではなく、躍動感が強調され、自由な雰囲気にあふれている。クスッと笑いを誘う作品もある。見る人たちは、ダイナミックな演劇が上演されている場にいるようにも感じるかもしれない。

「実験的な空間にしたため、鑑賞者が各作品を思うままに受け止めていいのです」との説明通り、一流アートとの対話を気軽に、そして好きなように楽しめるのがいい。作品をいくつか紹介しよう。

屋外の作品は、どれもスケールが大きい。展示館の手前にそびえたつのは「メンブレイン(細胞膜)2」という10mを越える黒いタワー(フィリップ・パレーノ作)。メタルと、環境に配慮したセメントの代替材料であるジオポリマーで作ってある。タワーには温度や風速、地面の微振動など周囲の様々な環境データを感知するセンサーが備わっている。2つの透明なリングは、これらの環境要因に合わせて上下にゆっくり動く。プログラミングされてないのが面白い。もう1つの仕掛けは、よく理解できない声だ。韓国の女優の肉声が人工知能を使用した音声に変換されて流れている。

タワー全体が声を放つ1つの生命体のようでもあるし、人体内の細胞の1つを拡大して見ていて、声を体内(細胞の側)から聞いたら、そんなふうに聞こえるのかもしれないとも思った。

タワーのリングの動きをしばし眺めていたら、突如、背後から人工的な霧が吹き出してきた。もくもくと立ち上がって展示館を隠し、タワーを包んだ。風がある日だったので、霧は風の流れによって瞬時に形を変えていった。そして本展タイトル通り、あたかも、魔物たちが一緒に現れて踊っているイメージが湧いてきた。この霧は、霧の彫刻家と呼ばれる中谷芙二子(なかや・ふじこ 91歳)の作品だ。

温室の作品も意表を突かれた。詩人・アーティストのプレシャス・オコヨモンが草花に満ちたこの温室で描いたのは「不均衡」。ある植物は成長し、他の植物はその生涯を終え、蝶は生活し繁殖し死んでいく。美しい生物にも終わりがあり、自然は生と死が絡み合った世界だということを、こんなふうにも表せるとは。

奥には、白いリボンと白い下着を着けた大きなロボットの熊が横たわり、眠ったり目を覚ましたりを繰り返す。熊の凶暴な性質と愛らしさのギャップを視覚的に示しているのか。子どもの純真さと残酷性を象徴しているのか。熊が目を覚ますと叫び声を上げ、温室に流れるクラシックミュージックとのアンバランスを耳で感じた。 

不思議なエネルギーが伝わってくる作品

展示館内にも、大型の作品がある。哲学の専門家フェデリコ・カンパーニャと建築家フリーダ・エスコベドの2人が作ったのは、円型の図書室だ。出入り口と短い通路が4箇所あり、赤黒緑白の4色が配色されている。白を基調とした室内には本棚が4つあり、そられにも同じ4色が塗られている。4色は生命のサイクルである四季を意味している(赤=春、黒=夏、緑=秋、白=冬)という。春夏秋冬が集まるこの場所は全体性も表している。カンパーニャが選んだ色は、筆者がイメージする季節の色はと違うなと思いながら、本を手に取ってみた。

FEDERICO CAMPAGNA AND FRIDA ESCOBEDO
A library as big as a world, 2023
Courtesy of the artists

ループ(円や輪)も四季も周期性があるが、この図書室自体も壊した後は循環する。建材に種が入った紙を使っているため、コンポスト化すると花々が咲くことになるそうだ。

彫刻家アドリアン・ヴィジール・ロハスの2作品「ザ・エンド・オブ・イマジネーション(想像力の終焉)6と7)」は、まさしく魔物だ。2体は、2年かけて自作したソフトウェア「タイムエンジン」を使って生み出した。洗濯機、そしてテレビや電子レンジが詰まっている冷蔵庫に寄生虫や生命感のないメタルが張り付いている。ありふれた家電をアート作品に変える点、テクノロジーと生物を組み合わせる点が斬新だ。2体とも生きているように感じられ、2体の過去の物語を空想してしまった。2体は、テクノロジーと人間との関係について再考してごらんと語りかけているのか。

DOZIE KANU, CLOAK-ROOM, 2024
Mixed media
Courtesy of the artist

小さめの作品もいろいろあった。中には、ディスプレイの仕方がシンプルで、場に非常に馴染んでおり、今回の企画展とは無関係かもと一瞬思ったものもある。たとえばこの2作品だ。ロッカールーム内に飾られたドージー・カヌーの作品と、壁に立てかけられたウェイド・ガイドンの二組に分けた26枚の抽象的な絵。鑑賞者を惑わせるようなこんな飾り方も、今回の「実験的」という趣旨にぴったりだ。

INSTALLATION VIEW
Wade Guyton, Untitled, 2023-24,
Twenty-six paintings, all Epson UltraChrome HDX inkjet on linen
Each painting: 213.4 x 175.3 cm
Installation view
photo: Courtesy der Künstler

財団コレクションは、期間中に入れ替わる

バイエラー財団のコレクションも堪能できた。作品の配置もチャレンジ精神にあふれている。ある部屋では、ゴッホの麦畑がフェルディナント・ホドラーの山と湖につながり、そこに空と月と水を描いたマックス・エルンストのペルー海流(フンボルト海流)が並び、次にターナー賞を受賞した写真家ヴォルフガング・ティルマンスの星の作品2つが天井へ向かって伸びている。全体の色の変化や、地上から空への視点の移動を楽しめた。

別の部屋には、モネの睡蓮(1916-1919作)とゲルハルト・リヒターの雲(1976年作)が並置してあった。鑑賞者が、水辺の睡蓮と空の雲の構成的な類似性を見つけたり、制作の時代は違うが、睡蓮の頭上にはこんな空があったかもしれないと関連性を想像できるようにしたのだろうか。アンディ・ウォーホルの花と両脇の絵にも、キュレーターのそんな意図を感じた。

彫刻の数々は一対にして飾られていて、ユーモアに富んでいる。ルイーズ・ブルジョワ、ピカソ、ゲルハルト・リヒターに学んだトーマス・シュッテ、ハンス・アルプ(ジャン・アルプ)、といった有名な作家の作品をこんなふうに並べてよいのか、ととても新鮮だった。また、アルベルト・ジャコメッティの女性像2体が他のアーティストの作品を眺めている配置も遊び心があり、笑顔になってしまった。

あまりに楽しくて、気付いたら4時間経っていた。まだ余韻が尽きない。展示されたコレクションは本展コンセプトの「変化する生命体」を体現するため、期間中に随時入れ替わる。次回訪れる時、展示全体はどんな生命体になっているだろうか。


Fondation Beyeler

「Summer Group Show」 
2024年5月19日~8月11日

*期間中はタイトルが継続的に変わる。初回は「Dance With Daemons」だった。

*期間中、カーステン・ヘラーとアダム・ハール作の「ドリーム・ベッド(夢のベッド)」で眠ることができるという風変わりなオプションもある。2タイプあり、1つは開館時間内1人60分利用で入館時に申し込み、もう1つは金曜夜から土曜朝までの1泊(予約制、別料金)。ベッドは、眠っている人の睡眠段階によって動く仕組みになっている。

*年中無休(美術館としては珍しく、月曜日も開館)


取材協力:スイス政府観光局 

Photos other than press images: by Satomi Iwasawa with permission of Fondation Beyeler

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/