ミュージシャンと漆作家の両方で活躍し、独自の世界を追求する人物、宮田岳のユニークな視点を探求するインタビュー。宮田岳さんは、10代の頃からロックバンド『黒猫チェルシー』のベーシストとして活躍しながらバンド活動と並行して筑波大学で漆と木工を学び、同大学・大学院を修了している異色の経歴の持ち主だ。バンド活動を経てソロ活動を開始してからは、『頭脳警察』、『Jagatara2020』をはじめさまざまなバンドへのサポートや、自作曲の弾き語り、劇版制作を行なうなど、時代とジャンルにとらわれず音楽の幅を広げ精力的に活動している。
先日、3月に公開された映画「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」のオリジナルサウンドトラックを手がけ、自身の2ndアルバムを発売した。ソロアーティストして2作目となる本アルバムは、1stアルバム『ゆりかご』以来、約2年ぶり。インタビューでは、映画音楽の制作過程や、同世代のミュージシャンたちとの交流、本アルバムに影響を与えたアーティストたち、そして音楽のみならず漆作家としても活躍する宮田さんの芸術活動の原点について語ってもらった。
本作『青春ジャック 止められるか、俺たちを2 オリジナルサウンドトラック』(2024)についてお聞きしたいです。映画音楽を手がけるきっかけから、こんなアルバムにしたいといった構想はあったのでしょうか。
僕がお世話になってる長野のロックバー「CULT」の石田さんが井上淳一監督と繋がりがあり、僕を推薦してくれたと、昨年3月頃に連絡をいただきました。井上監督は、僕の1st アルバム『ゆりかご』を聴いて依頼してくれたようです。最初のオファーは、いわゆる劇版(BGM)数曲だけだったのですが、監督から映画をまず観てほしいと言われ、セリフだけの映画を観にいきました。そこから色々なやりとりをするなかで、あれよあれよと音楽の挿入シーンが増え(笑)いつの間にか主題歌も含め、 最終的に15曲を制作しました。
映画音楽をやることになって最初に考えたこと……僕がやりたかったことは、1曲1曲をライブでも聴かせられるような楽曲を作ろうと決めていました。映画の中では半分しか使われていない曲も、アルバムには全てフル尺で入ってます。
2曲めの「待つわ」(岡村孝子さん作詞)以外、全て宮田さんが書かれていますが、楽曲制作はどのようなプロセスで進めたのですか?インスピレーションはありましたか?
曲作りは、大きく分けて3つ屋台骨となる曲を作り、そこから派生させていくというものでした。映画音楽ではよく使われる手法らしいのですが、一つのテーマからアレンジして、映画の物語の流れを一貫して作っていくというやり方です。
この映画は監督の自伝物語でもあるので、まず主人公である井上監督の少年時代をメインテーマの対象、アルバムの4曲目に入っている『ママどこ』は東出昌大さんが演じる映画館の支配人、そして5曲目の『レレレレ』を芋生悠さん演じるヒロインのテーマとなるように作りました。映画と映画館に吸い寄せられた登場人物たちがそれぞれ葛藤しながらその時代を走り抜けていくという青春ストーリーなのですが、曲づくりの段階では、まず最初はどんな顔だったかな…この人物のテーマはこんなんかな……と、ギターを鳴らしながら、ときにはメロディを鼻歌で歌いながら作っていきました。制作の1ヶ月間は普段の生活やライブ、リハーサルの合間や車の中などありとあらゆる場所でギターを持って考えていました。曲の骨格ができたら、映像とあわせてみて楽器をチョイスし、完成にもってくというやり方でした。なので今回のインスピレーションは、いわば役者さんの表情・演技、に尽きます。
曲づくりは、ひらめきと、それをカタチにする技術どちらも大事だと僕は思っています。
監督からのフィードバックはありましたか?
監督からはデモの段階で、「涙が出ました……本当にかっこいいんで好きにやってください。宮田さんにお任せします!」と言ってもらい、全て一発OKでした。
本作には、中野ミホさん、竹内理恵さん、木村祐介さんといった音楽家たちが参加されていますね。宮田さんも様々な楽器を演奏されていますが、楽曲作りのプロセスや今回のメンバーと一緒に制作した背景について教えてください。
今回、映画の内容とリンクさせる気持ちで、同世代でやろうと決めていたんです。僕はいつもそうですが、依頼した段階でもう気持ちのOKをだしていて、中身はあなたが思うようにやってくださいというスタンスです。譜面を渡す曲、イメージだけ伝えてセッションする曲、様々ありました。
監督から「ボーカルは女性で」というリクエストと、主題歌もお願いしたいと言われたので、僕の既存の曲『まだみぬ果ては』を、中野ミホさんに歌ってもらいました。ミホちゃんとはもう10年以上前からの付き合いで、今までバンドのゲストVOに招いたり、舞台の劇伴の仕事を一緒にしたり、事ある毎に彼女の歌声を頼りにしています。ミホちゃんは映画の連載を持っているくらいの映画好きで、今回快く参加してくれました。
こんぶちゃん(竹内理恵さんの愛称)とは普段からレレレレというデュオなど色々一緒にやってるんですが、同世代で僕と音楽上で遊んでくれる数少ないミュージシャンの一人です。
5曲目の『レレレレ』は竹内理恵さんとのユニット名でもありますね。
そうですね。『レレレレ』ができたのは、ちょうどこんぶちゃんとのライブの日だったんです。空き時間に、住宅街の端っこの幹線道路の間の空き地でウッドベースを弾きながら作ってできたんです。これはこんぶちゃんと演奏したら絶対いい感じになるだろうと思って『レレレレ』になりました。このサントラの中で一番気に入っている曲かもしれません。やりたいことが一番できたなっていう感じですね。
木村祐介さんとは、僕と同じ歳の片岡フグリというシンガーソングライターのレコーディングで出会いました。その時に木村さんが、なんというか、すごく感情のない、機械がやったんじゃないかっていうようなドラムの音を出してて。ドラマーって自分のキャラがはっきりした人が多いイメージなんですけど、木村さんはなんと言うか、ドラムを叩き出した瞬間に、ゾッとするところがあって。それがすごく新鮮で、ロックバンドの人でこんな人いるか?と思って。そのレコーディングの時に気になって一緒に何かやりたいと思い、今作でお願いしました。今回はジャズみたいなこととか、無茶な注文をして悪かったなと思うところもあるんですが、本人はとても楽しんでやってくれました。
レコーディングスタジオで録音したのでしょうか?
今回録音したのは、公民館の練習室と、つくば市にあるaNTENA(アンテナ)というライブハウス。一斉に録れる素材は一斉に録ってます。これはちょっとしたこだわりなのですが、僕の楽曲はほとんどそういう作りです。
実際、ミスしたりもしてますけど(笑)レコーディングブースで何度も録り直されたものより、今ここに集まって出た音でいいんじゃない?って思うんです。それは昔から思っていて。僕が好きなミュージシャンのレコードもやはり同じことをやっているんですね。それをやるにはやっぱり技術もいるし、難しいことだと思うんですけど。
主題歌『まだみぬ果ては』の曲に込められた想いとエピソードを聞かせてください。
この曲は、僕が2022年に出した1stアルバム『ゆりかご』のツアーファイナルの日にどうしても新曲を演奏したいと思って作った曲です。1stアルバムの発表は、バンド活動を経てソロになった自分にとって大きな転機でした。ちょうどそんな時期だったので、いつのまにか30歳をすぎて、もう音楽から離れてしまった昔の仲間のことなんかを、ぐるぐると考えていたんです。ある日ふと、僕の好きなThe Bandのピアノボーカルであるリチャード・マニュエルのことを思い出しました。彼がデビューの頃、70年代初期のライブ映像をみると神がかって素晴らしいのですが、僕の主観ではそこをピークに、彼の輝きは解散まで衰退の一途を辿りました。バンドの成功とともに大金を手にし、アルコールと薬物中毒になって、のちに自殺をしてしまうんです。もしかしたら人は、自分では気づけないかもしれないけど、「輝く瞬間」というのはすごく短いもので、それはもしかしたら後になってからしかわからないもの、刹那的なものなんじゃないのかって思ったんです。音楽から離れてしまった仲間がその当時、僕の目の前で確かに生き生きと輝いていた姿を思い出したりしながら、そんなことを曲にしてみようと思いました。
『まだみぬ果ては』Music Video
最近の話ですが、僕が2019年から参加している頭脳警察のメインボーカルであるPANTAさんが去年の夏に亡くなったんです。PANTAさんが亡くなる3週間前の6月のライブが最後のライブになりました。僕はPANTAさんの若い頃を知らないので、知る限りでいうと、PANTAさんがこれまでで一番輝いていたライブでした。どのライブでも毎回必ずやる『さようなら世界夫人よ』で、その日この曲を歌うPANTAさんは「もう俺はこれが最後」と思ってると、後ろで演奏しながら感じたんです。それほど清々しく、凄まじかった。この人はこの曲を50年やりきったんだ、と思うとこっそり涙が出てしまい。あの時のライブで歌っている時の晴々しい姿は、僕の中ではもしかしたらPANTAさんにとって一番輝いていた時。それが現れるのは、はじまりとも最後ともきっと誰にも分からない……。この曲ができた後の話だから後付けですけどね。そんなこともあるんだなぁと言う話です。
間近でそれを体現したというのはとても貴重な経験ですね。長年「頭脳警察」の活動を行なってきたPANTAさんと演奏する機会があったということだけでも貴重な経験だと思います。
PANTAさんと何年も一緒にいるうちにあの時ああいうことを言ってたんだ、あの歌詞の意味はそういう意味だったんだとだんだんわかってきて、今はとても尊敬しています。
今回の音楽に影響を与えたアルバムはありますか?また、どのような部分に影響を受けたかについても教えてください。
1枚目は、エリス・レジーナ “essa mulher(或る女)”(1979)。「酔っ払いと綱渡り芸人」という曲にノックアウトされました。これを超える曲ってあるのかな?ってぐらい。世の中の管理側(支配者)に対して、民衆の気持ちを代弁するアーティストは、どんなに苦しくてもその歩みを止めない、自分たちでいたいという内容を、いろんな比喩を使って歌っている曲です。いまの自分のテーマソングなんじゃないかと、そんな風に思った曲でした。
2枚目は、キンクス“Lola versus Powerman and the Moneygoround, Part One”(1970)。今回のアルバムを作ってるときにどハマりしてました。キンクスはデイヴィス兄弟によって結成されたバンドですが、歌詞を作っている兄のレイ・デイヴィスがとんでもなくひねくれている。彼は自分のライブパフォーマンスも全部演じているようなタイプの人なんですよ。すごく好きになって、そういうアティチュードを参考にしていた部分がありました。
3枚目は、アメリカのジャズピアニスト、ジャッキー・バイアードの “Sunshine Of My Soul”(1967)。ちょっとキンクスに近くて、なんというかひょうきんなんですよ。ブルージ且つ独創的な演奏がすごくパワーもあるんですけど、どこか抜けてる……この人ひょうきんなんだろうなって性格がみえてくるようなピアノで、どこか理想としてます。去年アルバム単位で言うと一番聴きました。
本作『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』(2024) をどのような人に聴いて欲しいと思いますか?
自分が高校生の時に聞きたかった音楽を作ろうというのもテーマの一つでした。高校生や大学生とか、自分は何者になるんだろう、自分は何が好きなんだろうと思っているような人たちが聴いて、なんなんだこいつは…!って思ってくれたら嬉しいです。
時代とジャンルに縛られない宮田さんの音楽はどうやって培われてきたのでしょうか。影響を受けたのはどんなミュージシャンですか?
青春時代の2大アイドルが、ゆらゆら帝国の坂本慎太郎さんと、町田町蔵という名前で「INU」をやっていた町田康さんです。高校生の頃はレンタル屋でCDを借りてきて学校も行かずに小説読んだり音楽を聴いている、いわゆるアングラな学生でした。高校一年生の頃から黒猫チェルシーというバンドをやっていたんですが、同級生たちが一生懸命部活をしている時に、ライブハウスに行ったりチャリンコで海辺や怪しい雑居ビルの隙間なんかをCDを聴きながら徘徊しているような……。その時期に自分が形成されたと思います(笑)坂本慎太郎さんもアートをやってますし、町田さんも小説と音楽をやってるというのは、憧れの点でもありました。僕も結果的にはそうなってますね。
漆作家としても活躍されている宮田さんですが、自身の表現や興味を持つ対象に共通点があるとしたらどのようなことでしょうか。
遡れば、子供の頃から古代人の暮らしに興味があって、それが原点なのかもしれないです。歴史漫画の石器時代と縄文時代をひたすら繰り返し読んでいるような、変な子供だったんです(笑)読み進めるうちに古墳時代に入って、統率者が現れて争いが始まると、また古代のマンモスの肉をみんなで切り分けるページに戻る、みたいな。
究極を言えば、人間が好きなことやいいなって思うことはもっとシンプルだってことを言いたいのかもしれません。どうせ社会の固定概念やシステムに順応できないなら、0から自分の頭で考えたい。だから漆や木を触るのが好きだし……最終的には縄文時代の人たちはどんな音楽を鳴らしていたんだろうって方向に向かうかもしれないですね(笑)
最後に、2024年の目標はありますか?
美術と音楽をどっちもやっているというところからのちょっとした構想なんですが、漆の作品と音楽表現を組み合わせた発表の場が実現できたらいいなと考えています。録音できる環境が家に欲しいと思っていたのもあり、自宅の敷地内の倉庫を改装して、漆や木工の製作も音楽も録音できるアトリエを作っています。例えば漆の作品と音楽表現を組み合わせたライブは、僕にしかできないんじゃないか?と。歌詞の内容も漆の作品も、そこに行かないと体験できない総合的な表現をできたらと思っています。
もうひとつは、新しい作品をまた作りたいなと思っています。今回は映画のためにできることを一生懸命やり切ったと思ってますが、これを経て逆にもっと危険なことや誰も聴いたことのないような音楽を作りたくてしょうがなくて。曲はいっぱい出来てます。ライブでも特に主題歌は飽きないうちはやります。再現ライブはやらないです。
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Photo by Misa Nakagaki
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宮田岳
1991年兵庫県神戸市出身。2009年黒猫チェルシーのベースでデビュー。2018年頃からソロ活動を開始、自作曲の弾き語りや劇伴制作を行う。2022年初のソロアルバム「ゆりかご」を発表。
近年主に頭脳警察、Jagatara2020、フロレンシア・ルイス&公開車庫、Duo Ensemble レレレレ、イマイアキノブ・カルテットなどの参加。ベースサポートとして鈴木茂、汝、我が民に非ズなど。都内を中心に精力的に活動中。
また美術作家としてNHK Eテレ「シャキーン!」ものづくりコーナーに通年出演。
その才能とセンス故に、多方面から注目を集めるマルチアーティスト。
2024.2.28 Release
青春ジャック 止められるか、俺たちを2
オリジナル・サウンドトラック
CD紙ジャケット式 全15曲 ¥3,000(tax-in)
ETYN.JAPAN.
販売先:
EAST BASE
各映画館、ライブ会場 他