欧州のアートフェアといえば、毎年6月にスイスで開催される『アート・バーゼル』がよく知られている。アート・バーゼルは、欧州以外でも香港、マイアミビーチで開催されてきた国際的なアートフェアであり、昨年からパリでも『Paris+, par Art Basel』という名のアートフェアが始まった。1970年に初開催された「老舗」のアートフェアに対し、ロンドンで開催される比較的新しいアートフェアが『フリーズ(Frieze)』だ。比較的新しいとは言え、今年20年目を迎えたフリーズ。今回の記事では、フリーズ開催と同時にロンドン各地がアートイベントで盛り上がる「フリーズ・ウィーク」の様子をお伝えする。

今年のフリーズ・ロンドンは「つまらなかった」のか?

フリーズは、現代アートに特化したフリーズ・ロンドンと、現代アートから過去の巨匠の作品までを扱うフリーズ・マスターという2つのイベントからなるアートフェアで、どちらもロンドンのリージェント・パーク内の仮設会場で開催される。今年のフリーズ・ロンドンには世界46ヶ国から160のギャラリーが参加。展示されているものは芸術作品だが、会場内は展示会ブースのように区切られており、くまなく見て回ろうとすると、とにかく端から歩き続けるということになる。一つ一つの作品じっくりと鑑賞しようとすると相当な時間が必要だ。

Frieze London 2023.
Photo Courtesy of Linda Nylind/Frieze.
11/10/2023.

今回20周年という記念の年を迎えたフリーズ。その成功を讃えるムードもありつつ、フリーズ・ロンドンに対してはいくつかの批判記事も見られた。例えば、ガーディアンで芸術関連の記事を執筆するジョナサン・ジョーンズは、フリーズ・ロンドンを「センスのない1%のための創造性の墓場だ」と酷評。一方、アート・ニュースペーパーは、今回のフリーズでは多くのギャラリーがリスクを取らず、すでに評価されている確実な作品やアーティストに注力していたと批評する。

筆者はアートの専門家ではなく、これまで参加したアートフェアもアフリカ系のアーティストに特化したような小規模なものだ。ゆえに、今年のフリーズ・ロンドンと過去のイベントを比較したり、他の大規模なアートフェアと比較したりするのは難しい。しかし、前述のジョーンズの意見と一つ同意できる部分があるとすれば、特にフリーズ・ロンドンにおいて(油絵などの)絵画作品が圧倒的に多かったという点だ。アート収集家にとって、絵画は人気な媒体であることは間違いない。しかし、芸術作品からインスピレーションを受け、驚きを得るという意味においては、芸術表現としての絵画だけでは物足りなさを感じる部分もある。

強い意志を持った人物描写

多くの絵画作品を鑑賞する中で、筆者の印象に強く残った作品は、どれもポートレートなど、人物を描いた作品だ。そのような作品は、どのようなわけか、女性作家や黒人作家のものが多かった。歴史の中で周辺化されてきた人々の創造性が、強いメッセージとして語りかけているのかもしれない。例えば、1981年生まれの米国人アーティストのダニエル・マッキニー(Danielle Mckinney)。彼女は今回、マリアンヌ・ブースキー・ギャラリー(Marianne Boesky Gallery)のブースで個展を展開していた。マッキニーの作品は、家の中で女性が1人で過ごしている瞬間を題材にしたダークトーンの人物描写だ。くつろいでタバコを吸ったりして、解放感に溢れる雰囲気が漂う。その描写は無造作だが美しい。

一方、1984年生まれの英国人アーティスト、ヴァネッサ・ロー(Vanessa Raw)は、エデンの園のような美しい自然の中でヌードの女性同士が親密に触れ合う、少し幻想的で官能的な絵画を展開する。彼女は、かつてトライアスロンの選手としてオリンピックを目指していたこともあるアスリートだが、現在はフルタイムのアーティストとして活動する。彼女の作品にも自由さや開放感が感じられる。ローは、男性目線で男性の快楽のためのヌードではなく、女性の快楽を描いた女性目線のヌードを描いていると語る。ローの作品も、比較的落ち着いた色使いのものが多く、鑑賞者に癒しを与えるような画風でもある。

Frieze Art Fair in Regents Park, London.
Photo courtesy of Linda Nylind/Frieze.
15/10/2023.

彼女は、ベテランアーティストの推薦によって若手が出展するという「アーティスト-To-アーティスト」というフリーズの特別企画を通じ、現代アーティストのトレーシー・エミン(Tracey Emin)の推薦により、今回フリーズの場で個展を開催した。ギャラリーではなく、アーティストの目線から若手に発表の機会が与えられるというのは、良い企画である。

もう1人、フリーズ・ウィークで存在感を放っていたのが、セルビア人のパフォーマンス・アーティストのマリーナ・アブラモビッチ(Marina Abramović)だ。彼女は自己の身体を表現手段にし、しばしば自らを命の危険に晒すような限界に挑戦するパフォーマンスを行ってきた。そのパフォーマンスの様子は、写真や動画で記録され、それがまた作品となって後に残されている。フリーズでは、彼女のパフォーマンスの様子を捉えた写真などが、アート作品として存在感を放っていた。

同時に、市内のロイヤル・アカデミーでは、アブラモビッチの回顧展が開催中。彼女の極限的なパフォーマンスの記録映像や画像と共に、アブラモビッチが設立したパフォーマンス・アートのスクールで学んだパフォーマーによるアブラモビッチ・スタイルのパフォーマンスが展開された。パフォーマンス・アートのいくつかは聴衆に参加させるスタイルで、例えば、展示会場において次の部屋に移動するための狭い通路に裸の男女が見つめあって静止しており、参加者はその間を通って次の部屋に移動するというような作品もあった。

簡単な言葉では表現できないが、生と死、人間の極限、そして極限を超えたところにある精神的な世界について、深く考えさせられる展示であった。アブラモビッチは、パフォーマンス・アートのジャンルを切り拓いた先駆者だ。この回顧展もさまざまなメディアで特集され、ロンドンの至る所でポスターが展開され、展示会場でもその人気が伺えた。

ロンドン随所で見られたインカ・ショニバレ作品

個人的には、絵画という手法にとらわれず、さまざまな媒体や表現方法で作品を展開するアフリカ系作家の作品に目を奪われた。中でも、今回のフリーズのイベント、さらにはロンドン市内のギャラリーなどにおいて、最も存在感を放っていたのが、1962年生まれのナイジェリア系英国人アーティストのインカ・ショニバレ(Yinka Shonibare)だ。彼は、カラフルなアフリカの布として広く知られるダッチワックスをモチーフにした、脱植民地主義的なメッセージ性を持った彫刻作品でよく知られている。

ダッチワックスは、元々はインドネシアの手染め布であるバティックにルーツを持つが、植民地時代にオランダの東インド会社の交易を通じて西アフリカにもたらされた。その後、ダッチワックスは時を経て、モチーフはローカル化され、アフリカ各地の地元の人々にとっても親しみ深い布となった。現在もダッチワックスの布を生産する会社はオランダに本社を持つ、ヴリスコという会社である。ダッチワックスは、植民地主義や文化のルーツやアイデンティティを考える上で、象徴的な存在であり、物議を醸す存在でもある。

彼の作品は、フリーズのいくつかのギャラリーで見られたほか、会場となったリージェント・パークで展開された一般公開の彫刻展「フリーズ・スカルプチャー」でも展開され、市内のギャラリーでも2箇所で個展が開催されていた。ショニバレの最新作品は、鳥をモチーフにしたもので、今までの脱植民地主義的なメッセージではなく、自然保護や気候変動を訴えるような作品だ。しかしながら、資本主義と密接に繋がっている植民地政策と、気候変動は表裏一体のテーマでもある。他にも、アフリカの面をモチーフにした彫刻作品もフリーズで注目を集めていた。アフリカのモダニズムと題された作品は、ピカソなどモダニズムを代表する巨匠たちがいかにアフリカの文化に影響を受けたかということを、間接的に提示する作品である。

 

エル・アナツイ作品の存在感

現代アフリカアートを代表する作家といえば、ガーナ出身のエル・アナツイ(El Anatsui)である。彼は、ウィスキーなどのボトルの口に付いているアルミキャップを素材として使った、大規模なタペストリー作品でよく知られている。今回、彼の作品はフリーズの会場でも目にすることができたが、最も圧巻だったのは、ロンドン市内のテート美術館の吹き抜け部分でお披露目された、巨大なタペストリーの三部作品だ。

入り口を入ると、まず「レッド・ムーン」と題された、帆船の帆の形をした作品に出迎えられる。テートの吹き抜け部分の形を船に見立て、さまざまなアイディアや人々の動きを表現した作品だ。船は、かつての奴隷貿易を象徴する存在でもある。そして、2つ目の作品は、人の形をしたいくつかのモビールパーツが重なりあって一つの球体のような彫刻作品をなす、「ザ・ワールド」という作品。これには、世界が一つの文化によって成り立つのではなく、多様な人々が寄り集まってできているというメッセージが込められている。

そして、吹き抜けのホールの一番奥の部分にあるのが、「ザ・ウォール」という黒く輝く巨大なタペストリーだ。この作品は、現在のトーゴの王が、民衆を閉じ込め、抑え付けるために建設した壁にまつわる物語に想起したもの。この黒のタペストリーの裏側は黄色を中心に、さまざまな色が使われている。作品解説には、「黒とテクニカラーの線と波が交錯するとき、それらはアナツイが作品を通して私たちに考えさせる、グローバルな文化とハイブリッドなアイデンティティの衝突と呼応する。」とある。

アフリカ系若手作家も活躍、周辺化されてきた人々の時代へ

若手のアフリカ系作家では1985年生まれ、ウガンダ出身のレイラ・バビリエ(Leilah Babirye)が存在感を放っていた。彼女はステファン・フリードマン・ギャラリーの特設ブースで、個展を開催。真っ赤に塗られた壁に囲まれたブース内で、彼女の絵画と彫刻がエネルギーを発していた。彼女の作品は、アフリカの伝統的な面をモチーフにしたような、インパクトのある彫刻作品が特徴的だ。彼女はレズビアンのアーティストで、LGBTQ+が違法であるウガンダにおいて、教師や家族のサポートを得ることができず、母国を逃れて現在は米国で活動する。

また、同じく彫刻作品では、1984年生まれのナイジェリア人作家、テミタヨ・オグンビイ(Temitayo Ogunbiyi)が、ナイジェリアでよく使われている金塊のような形をした砥石をモチーフにした作品を展開。砥石は同合金の蛇口を再活用した塗料で塗られており、金塊のようにも見える。彼女の作品は、「フリーズ・スカルプチャー」の展示作品の一つとして、公園内の公共の場所にも設置されていた。鑑賞者は、鑑賞するだけでなく、作品を触ってみることが奨励された。

フリーズと同時に、別会場では現代アフリカ美術に特化した1-54というアートフェアも開催。この会場では、現代アフリカアートに特化したギャラリーが世界各地から集まり、アフリカ系のさまざまな作品を展開していた。全体の印象として、フリーズと比べて、作品の媒体やスタイルに幅があり、ここにもまた周辺化されてきた人々の創造性を見ることができた。

これまで周辺化されてきた人々、つまりいわゆる白人男性以外の人々は、もはやマジョリティであり、主流なのだ。ロンドンのアートシーンからは、そうした多様性を持った「南半球」の作家たちがリードするこれからのグローバリゼーションのうねりを強く感じることができた。また、フリーズ・ウィークに参加して、ほんの数日の間に大量のアート作品を目にすることで、素晴らしいアート作品とは何か、そもそもアートは何であるのかという問いについても、改めて考えさせられた。


Photo by Maki Nakata

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383