メタバースやVRなどデジタル世界での異空間体験が注目される中、現実世界でリアルに体感できる没入体験の価値も人気だ。例えば、アーティスト草間彌生のインフィニティー・ミラー・ルーム、チームラボによるチームラボプラネッツ、最近ラスベガスに新しくオープンしたドーム型のエンターテインメント施設「スフィア」など、リアルの場での没入体験はやはり特別な存在のようだ。今回の記事では、格別な没入感が体験できる南フランスにある『キャリエール・ドゥ・ルミエール』を紹介する。
石切り場がエンターテインメント施設に
キャリエール・ドゥ・ルミエールは、南フランスの都市アヴィニヨンから車で30分ほど南下した場所にあるレ・ボー・ド・プロヴァンスという小さな村の外れにある、プロジェクションマッピングを使ったアートを展開するエンターテインメント施設だ。キャリエール・ドゥ・ルミエール(Carrières des Lumières)という名前は、直訳すると「光(ルミエール)の採石場(キャリエール)」という意味のフランス語だ。この地域は石灰石(ライムストーン)が豊富な場所で、中世時代の村の建築物にも、この石灰石が使われてきた。そして19世紀以降の産業化に伴い、石灰石の需要が拡大し、大規模な採石場が開業した。この施設は、第一次世界大戦後の1935年まで稼働していた採石場の跡地を活用している。
採石場が稼働を停止してからは、さまざまなクリエイターたちに創作のインスピレーションを与えてきたこの場所。例えば、作曲家のシャルル・グノーはオペラ作品ミレイユを作曲し、詩人・劇作家のジャン・コクトーが、『オルフェの遺言』の撮影地として選んだ場所だ。そして、2012年に現在のキャリエール・ドゥ・ルミエールとしてオープンし、以来、毎年さまざまなアーティストのデジタルコンテンツをプロジェクションマッピングという形で展開している。
誰もが知る巨匠たちのアート
今回、筆者がキャリエール・ドゥ・ルミエールを訪問した際は、オランダの偉大な芸術家フェルメールとヴァン・ゴッホの絵画を題材にした映像作品と、同じく、オランダ出身のピート・モンドリアンのアートをモチーフにした映像作品が上映されていた。『フェルメールからゴッホへ』と題された映像作品は、採石場の薄暗い雰囲気にマッチしたフェルメールのさまざまな肖像画や風景画が、クラシック音楽のBGMと共に展開され、厳かな雰囲気で始まり、終盤はゴッホ作品である『星月夜』などの有名作品が、黒人のジャズ歌手の巨匠であるニーナ・シモンの歌声とともに展開されるというダイナミックな仕掛けであった。
一方、モンドリアンを題材にした映像作品は、彼のグラフィカルでおしゃれな作風にマッチした、ポップでリズミカルなものだ。赤、黄色、青、白といった原色のパネルが音楽に合わせて、自在に移動し、都市の高層ビルの風景と重なりあったような映像が印象的。彼の絵画自体がポップなものではあるが、音楽と共に映像化されることで、モンドリアン作品の魅力がさらに引き出されていた。
同日午後は、ベルギー発の人気漫画『タンタン』の映像が展開されていたようだが、過去の映像作品の多くは、絵画の巨匠たちの作品をテーマにしたものだ。例えば、2016年はシャガール、2018年はピカソ、2019年はゴッホ、2020年はダリなど、多くの人がその名前と代表作を知っているような人物ばかりだ。子どもから大人まで、誰でも身近にアートに浸ることができる場所。普通の美術館やギャラリーにはない良さがある。
石切り場ならではと言える没入感
キャリエール・ドゥ・ルミエールは、山の岩肌の一体化したような形で存在しており、入り口からして不思議な存在感がある。中に入ると巨大な洞窟に入ったようなひんやりとした空間で、神秘的な空間でもある。内部は、採掘場跡がそのまま残っており、壁面を見ると、大きな石のブロックを切り出した跡がそのまま残っている。作品と作品の合間で映像が流れていない瞬間に目にすることができる、薄暗い採石場の姿は神秘的でもあり圧倒される。
キャリエール・ドゥ・ルミエールの内部は、高低差があるいくつかのスペースで構成されており、さまざまな角度から没入体験を楽しむことができる。歩きながら作品を楽しむことで、絵画の中を浮遊しているような感覚を得ることができる一方、岩の壁面にもたれかかって、岩の感触を感じながら、じっくりと映像に浸ることもできる。自然の石のパワーと、映像音楽のパワーがお互いにシナジーを生み出し、聴衆を惹きつける。都会の中で体験するプロジェクションマッピングとは、全く違う没入体験を味わえる空間だ。360度広がる異空間に思わず写真やビデオを撮り続けたくなってしまう空間ではあるが、たまには携帯やカメラをしまって、リアルな体験に浸るのがおすすめだ。
田舎の村ならではの贅沢なアート体験
キャリエール・ドゥ・ルミエールがある場所は、村の中心部からも少し離れていて、この施設を訪れる人々は、ここでのショーを目指してやってくる。入場を待って列をなす人を見る限り、まずまずの集客があるようだ。施設の外を一方でれば、自然の景色が広がっているような場所だからこそ、施設内での映像体験の迫力が増すという効果もあるのかもしれない。
プロジェクションマッピングのテクノロジー自体は、もしかしたら最先端ではないかもしれないが、画像の解像度の荒さが、採石場の荒々しさとうまく融合しており、この場所ならではの特別な体験に思えた。キャリエール・ドゥ・ルミエールは、巨匠たちのアートに子どもから大人までが皆、興奮してしまえるような唯一無二の贅沢な空間である。南フランスのアヴィニヨンやアルルなどに訪問の際には、ぜひ立ち寄りたいアート・スポットだ。
—
Photo by Maki Nakata
—
Maki Nakata
Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383