日本でもよく知られている芸術家、フェルナンド・ボテロ(Fernando Botero)。コロンビアの首都ボゴタとメデジンでは、メデジン出身である彼の彫刻作品や絵画作品を存分に楽しめる場所がいくつかある。今回の記事では、ボテロ作品を贅沢に味わうことができる空間と、ボゴタやメデジンのアートスポットを紹介する。

巨匠たちのアートがまとまった贅沢な空間

まず紹介したいのが、首都のボゴタにあるボテロ美術館。この美術館は、コロンビアの中央銀行にあたるコロンビア共和国銀行が行う文化財保存と普及を行う事業の一貫として、同銀行が管理しており、123のボテロ作品を含む208作品が常設展示として一般に無料公開されている。銀行はボテロ美術館のほかに、金の美術館やコロンビア各地の図書館も管理しており、所有するコレクションは全てオンラインで公開されている。

ボテロ美術館のコレクションは、ボテロ自身が2000年に寄付したものである。館内に入ると、まずボテロの大きな手の彫刻作品に迎え入れられる。そして、館内のギャラリーを進んでいくと、ダリやピカソ、ルノワール、そしてウォーホールなど誰でもその名を知るような巨匠たちの作品に迎えられ、そのコレクションの幅に驚きと感動を覚える。ボテロ自身の作品が、さまざまな巨匠たちの作品に影響されているような面も、垣間見ることができ、絵画を見る楽しみが倍増する。

ボテロ作品は、よく知られているように全て膨らみがある描写が特徴的だ。人間の描写にはどこか滑稽なところがあり、果物などの静物画の作品に関しては、ふんわりとした世界観に引き込まれてしまうような魅力がある。膨らみがあるだけでなく、絵画のスケールが大きいため、より描写の立体感が際立つような感じもある。しかしながら、色使いはやさしく、圧迫感はない。

ボテロ美術館の建築も開放感ある魅力的な空間だ。2階建ての建物の真ん中には中庭があり、中庭を通じて、隣接する他の小さめの美術館と貨幣美術館を訪問することができる。美術館のサイズは、こぢんまりとしているため、ゆっくりと鑑賞することができる。巨匠の絵画が集まっている美術館は世界中に数多く存在してはいるが、ボテロ美術館については小規模な空間に集結しているというのが一番の魅力だ。それはボテロのプライベートコレクションを鑑賞するという、特別な体験でもある。

ボテロに出会う、もう一つの場所

ボテロの魅力を存分に味わうことができるもう一つの空間が、メデジンにあるボテロ広場と、その広場にあるアンティオキア美術館。アンティオキア(Antioquia)とはメデジンが位置する県の名前だ。ボテオ広場にはボテロの彫刻作品が19体もあり、美術館内にも4体の作品が置かれており、それぞれ独特の存在感を放っている。広場にあるものは、馬、犬、猫などの動物や、男女の像、寝そべった人の像など、たくさんの造形を楽しむことができる。どの彫刻作品も魅力的で、思わず写真を撮りたくなってしまう。英雄の銅像などとは違って、権威的なものはなく、ブロンズ作品でありながら、やはりふんわりとした雰囲気があるからこそ、公共の場に置かれるアートとしての相応しさがある。

アンティキオ美術館は3階建てになっており、3階のギャラリーはボテロ作品で占められている。ボゴタの美術館に貯蔵されている作品とはまた違い、暗めのトーンの絵画や小さなキャンバスに描かれた作品も展示されている。早い段階で自分のスタイルを確立させつつも、次々と新たな作品を創造し続けているボテロのクリエイティビティに圧倒される。彼がコロンビアのアートシーンに与えた影響は大きい。

「記憶」を受け継ぐアート

アンティキオ美術館では、コンテンポラリー作品も豊富に展示されていた。過去に開催されたビエンナーレでの出展作品など、時代や作風も異なるさまざまな作品があり、自分のテイストにあった作品を見つけながら歩くという楽しみ方もできる。筆者が訪問した平日には、地元の学生やシニアの団体のツアーにも遭遇した。

作品のキュレーションにおいては、「記憶(memory)」というキーワードが印象に残った。現在は「停戦中」という形で平和な状態が保たれてはいるが、コロンビアは1964年に内戦が勃発し、50年以上も続いた紛争において、多くの市民が死傷し、難民化したという歴史を抱えている。内戦は過去であり、現在でもあり、未来でもあるという点において、「記憶」は一つのキーワードとなっているのだ。

また、アートの美術館ではないが、メデジンには「記憶」を受け継ぐためのミュージアムとして「メモリーハウス」という空間も存在する。メモリーハウスの建築の正面には、大きな壁画が描かれている。壁画は定期的に書き換えられているようだ。

メモリーハウスは市民に無料で公開されており、記憶の場であると共に、学びの場として活用されているようだ。残念ながら、多くの説明書きがスペイン語のみとなっており、展示物についてその場で深く理解することができなかったが、オーディオガイドや英語のツアーなども提供されているようだ。

しかしながら、メモリーハウスには、写真や音、アート、インスタレーションを通じて非言語的に「記憶」を辿るための仕掛けもあるのが特徴的であった。コロンビアの人々の記憶に思いを馳せる場所として、コロンビアの歴史に興味を持つきっかけを得る場所として、訪問の価値がある空間である。

一方、紛争の記憶をテーマにした展示は、メデジン現代美術館でも見ることができた。たとえば、グアテマラ出身のナウフス・ラミレス・フィグエロア(Naufus Ramirez-Figueroa)は、自分の体を媒体として、自分のアイデンティティ、自然との関係性、政治的・社会的なメッセージを表現するパフォーマンス・アーティストだ。彼の表現は抽象的なものが多いが、グアテマラの内戦を受け、家族でカナダに亡命せざるを得なかったという過去の記憶が、彼の作品に大きく影響している。コロンビアとグアテマラで国は異なるが、暴力の記憶をいかに表現し、いかに伝えるかという点において考えさせられるものがあった。

人間の生々しくも美しい記録と記憶

メデジン現代美術館で、もう一つ印象的だったのがニューヨーク生まれのコロンビア系アメリカ人アーティストのカレン・ラマッソーネ(Karen Lamassonne)の個展だ。1954年生まれの彼女は、コロンビア人の女性アーティストの先駆け的存在。彼女はニューヨークとボゴタを行き来して育ち、アーティストとしてキャリアを築き始めた初期のころは、ボゴタを拠点に活動した。

ピンクに塗られたギャラリーの壁に展示された彼女の作品は、バスルームにおける女性の描写、自身がモデルとなった写真作品、モデルの写真をベースに描かれた官能的な絵画など、飾らない生々しさと計算された芸術的な美しさが共存するようなものが多かった。1980年代ごろの作品ではあるが、どこか現代の自撮りやSNSの世界における、女性たちの自己表現や自己肯定(否定)につながるような部分もあり、人類学的な考察として興味深い。

個展は、彼女のより最近の作品も展示されていた。それは、過去に送られたポストカードをコラージュした作品だ。表現は初期の作品と異なるものではあるが、そこには同じような生々しい親密さのようなものが感じられて、観る人を惹きつけるものがあった。

コロンビアのカルチャーシーン

ボゴタやメデジンでは、さまざまなストリートアートを目にすることができる。ビジュアルアートには、街並みに明るさや楽しさを与えるという効果があるが、負の記憶を塗り替える力もある。たとえば、「コミューン13」という場所は、高速道路を通じた外国へのアクセスが良いことから、80-90年代は麻薬取引の巣窟となり非常に危険な場所であった。しかし地元の一般住民の努力と政府の介入により、徐々に状況が改善し、現在はメデジンで人気の観光スポットの一つになっている。コミューン13のあちこちに色とりどりの壁画が描かれている。急勾配の地形に作られた町には、住人の移動を簡便化するために屋外エスカレーターが設置された。今はそのエスカレーター自体が観光名所となっている。

コロンビアは、いわゆるクリエイティブ経済のことをさす「オレンジ経済」に力をいれ、その枠組みを経済発展の柱の一つに据えている。2018年にはコロンビア貿易銀行(Bancoldex)が、クリエイティブ業界の投資に特化したオレンジ債を導入した。当時、コロンビアに経済においてクリエイティブ業界は3.3%程度の貢献であったが、これを少なくとも10%にまで引き上げるということが目標に掲げられた。2020年の報告書によると、コロンビア貿易銀行はオレンジ経済関連の45,800名の起業家に何らかの資金提供を行なったとのことだ。今後、このオレンジ経済への投資がどのように結実するのかが気になるところだが、カルチャーシーンがさらに活発化することに期待している。コロンビアのクリエイターやアーティストが、自国の過去、現在、未来を記録し続けることは、同国の歴史と文化を記憶し続けることであり、負の歴史を繰り返さないために不可欠なものだ。


Photo by Maki Nakata

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383