コロナ禍において打撃を受けた芸術・文化分野への支援を、早急かつ手軽な申請方法で取り入れたドイツ。国内で多くのフリーランスやアーティストが集まるベルリンには、そうした支援の対象でもある美術館やギャラリー、クラブが多く並ぶ。支援のおかげか、世界的に有名なクラブとして知られる〈ベルクハイン〉ではコロナ禍での営業が困難な代わりに、アートイベントを開催できる場として活用した例は大きなニュースに。今回、残念ながら久しぶりのヨーロッパ旅行の時差ボケで〈ベルクハイン〉に辿り着くことはできなかったが、ギャラリーや美術館を紹介しよう。

※5月時点で開催された展示を紹介しています。現在の展示内容については、各ウェブサイトにてご確認下さい。

Werkbundarchiv – Museum der Dinge
(Museum of Things)

1907年に、イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動の影響を受けて、ドイツで設立された団体「ドイツ工作連盟(Deutsche Werkbund)」。〈Museum der Dinge (Museum of Things)〉では同団体が活動していた、20世紀から21世紀にかけて収集された工業製品を展示している。

イギリスのアーツ・アンド・クラフツでは、かつて産業生産によって生み出された劣悪な大量生産製品に対する運動として中世の手仕事に返り、モノの価値を見つめなおす姿勢があった。一方「ドイツ工作連盟(Deutsche Werkbund)」では、イギリスの動きに感化されながらも、機械・工業生産の可能性に注目して職人や芸術家、企業家を巻き込む形で、量産製品の良質化を目指したのだそう。デザイン史としても、モダンデザインの始まりとして知られていることから、日常品、フィギュア、マネキン、家具、切手、携帯、テレビなどさまざまな種類のモノから技術進化に加えて、デザインの変化を感じることができる。

クスッと笑ってしまうようなユーモアの効いたデザインから、ミース・ファンデル・ローエの「MR10アームチェア」やヴェルナー・パントンの「パントンチェア」など現代でも普及し続けているデザインのオリジナルまで辿れる貴重な空間。美術館自体はそんなに大きくはないので、周辺のお店に寄るついでに行くのが良いかもしれない。

筆者が近くで回った場所は、「She said」というLGBTQ+の書店。小説やジャーナリズムから絵本まで数多くの書籍を取り扱っているほか、奥ではカフェスペースもあり、実際に店舗に滞在中には家族づれで訪れている風景も。同性婚認定の国ということもあり、そうした家族のかたちを見るのは新鮮かつ、日本でも起きるといいなと強く思わせてくれた場所だ。

Neue Nationalgalerie

1968年に開館後、2015年から6年間の休館を経て、2021年8月にリニューアルオープンした「新ナショナルギャラリー(Neue Nationalgalerie)」。地上階に見える一面ガラス張りのソリッドな建築は、ミース・ファン・デア・ローエによるもの。入り口を入ってすぐの1階では通常展示を行なっているようだが、筆者が訪れたタイミングでは残念ながら展示替えの最中だった。地下に行くと広大な展示室が大きく分けて3箇所あり、企画展が2本、コレクション展が一番広い部屋での開催をしていた。

新ナショナルギャラリー(Neue Nationalgalerie) Mo Photography Berlin

クロークやお手洗いなど随所に感じられる美意識。なかでもラウンジスペース、展示スペースにミース・ファン・デア・ローエの代表的な「バルセロナ・チェア」が至る所に置いてあることに毎回感激してしまう。コレクション展で飾られている作品の数々は、第二次世界大戦やベルリンの壁崩壊などドイツの歴史の中で失ってしまったり、収集し直したもの。ドイツの歴史を語る上で象徴的な作品を国内最多で保持しているそう。

コレクション展が開催している部屋の奥に進むと、ヘンリー・ムーアやジョージ・リッキー、エドゥアルド・チリダ、ロバート・インディアナなどによる彫刻の屋外展示が並ぶ。じっと佇む彫刻作品に囲まれ、スカッとした青空と澄んだ空気が気持ちよくて思わずベンチに横になってしまう人も多数。

Ausstellungsansicht „Gerhard Richter. 100 Werke für Berlin“, Staatliche Museen zu Berlin, Neue Nationalgalerie, 1. April 2023 bis 2026
© Gerhard Richter 2023 (31032023) (Foto: David von Becker)

企画展では東京国立近代美術館でも昨年開催していたゲルハルト・リヒターの個展に人々が賑わっていた。お手洗いとクロークに挟まれた位置にある小部屋での企画展が、意外とふらっと帰りに寄ったにも関わらず、かなり強烈。そこには、1950年、台湾生まれのアーティスト・Tehching Hsiehによるインスタレーション「One Year Performance 1980-1981 (Time Clock Piece)」が展示してあった。

Tehching Hsieh, One Year Performance 1980 –1981
Still image form 16mm film Copyright © 1981 Tehching Hsieh

Courtesy the artist, Dia Art Foundation New York

彼の代表作とも言える本作品では、1970年後半〜1980年代前半にかけて1年以上に渡り、1時間ごとにタイムカードを打ち込む自身の姿を撮影。時刻に嘘をつかないタイムカードの通り、実際に1年間睡眠不足のなか、カメラの前から出ることもできない、ある種の錯乱状態を引き起こしているコマをフィルムの記録から感じ取れる。

Ausstellungsansicht „Tehching Hsieh. One Year Performance 1980-1981 (Time Clock Piece)“, Neue Nationalgalerie, 1. April– 30. Juli 2023 © der Künstler / Foto: Florian Lampersberger | Near Future

1970年代にNYに渡ってから、「One Year Performance 1980-1981 (Time Clock Piece)」実施に至るまで、ビルの2階から飛び降りて両足を折るなど過激なパフォーマンスを繰り返していた彼だが、本作を発表した当時はオープンビューイングデーを設けても全く人々が観にくることはなかったそう。時代背景として、当時まだまだ彼の存在は移民として欧米のアートシーンから排除される存在だったが、価値観が変わる現代に近づくにつれ、彼の体当たりなメッセージは徐々にアートシーンからの反響を呼んだ作品だ。

コレクション展、企画展どちらも国は違えど、過去に描かれた政治や社会に対する批評的な表現を感じられる内容だった。

KÖNIG GALERIE

2002年にヨハン・ケーニッヒによってオープンした「KÖNIG GALERIE」。コロナ禍でクローズしたようだが、2019年にアジア初のスペースとして東京にもオープンしていたことは記憶に新しい方もいるかもしれない。

本拠点のベルリンのサイズ感は全然東京の比ではないと聞いていたが、入ってすぐに見上げる天上の高さには思わず、しばらくぼーっとしてしてしまった。

Robert Janitz, Sphinx, KÖNIG GALERIE, 2023, Courtesy of the artist & KÖNIG GALERIE_Photo Roman März

4月末に実施されていた「Gallery Weekend Berlin 2023」に合わせて、55ヶ所のギャラリーが展示を開催し、KÖNIG GALERIEもその一貫として展示を公開。

Robert Janitz, Sphinx, KÖNIG GALERIE, 2023, Courtesy of the artist & KÖNIG GALERIE_Photo Roman März

訪れた時には、Robert Janitz個展「SPHINX」が開催。ワックスと小麦粉を組み合わせた油彩を用いて大胆なストロークを描く彼のペインティングは、今回個展のタイトル通り、スフィンクスの存在に着目。かといって、スフィンクスの肖像画が描かれているわけではなく、むしろその人間の頭とライオンの体を持つ生きものが我々に問いかける視覚的な神秘性をこの展示空間全体で表現しているそう。奥の鏡張りは、本展のために設置されたもので、近づかないとわからないくらい永遠に空間も絵画も続いているような錯覚を覚える。そしてRobertが描くスフィンクスの抽象的な肖像画をみている間も、どこに居ても反射した自身の姿から逃れられない空間は、まさに自分の存在にすらも問いかけ、見つめ直すような神秘的な体験を再現していた。

Robert Janitz, Sphinx, KÖNIG GALERIE, 2023, Courtesy of the artist & KÖNIG GALERIE_Photo Roman März

ベルリンには、他にも数多くのギャラリーがひしめきあい、その間に広々とした公園があることで散歩と休憩を繰り返しながらアートを楽しむことができた。街中には、ロンドンと比べても多いと感じるほどのグラフィティが高層ビルの上からトラックにまで描かれていて、街全体で視覚的な楽しみを味わえる。

Yoshiko Kurata
アーティストコーディネーター / ファッションライター
Instagram | yoshiko_kurata

国内外のファッションデザイナー、アーティストなどを幅広い分野で特集・取材。2019年3月にはアダチプレス出版によるVirgil Abloh書籍『“複雑なタイトルをここに” 』の共同翻訳・編集を行う。2023年から継続的に「LOEWE FANZINE」の翻訳に携わっている。
2022年には「Gucci Bamboo 1947」にて日本人アーティスト・nico itoをコーディネーションする。2023年には「KAMO HEAD ‐加茂克也展 KATSUYA KAMO WORKS 1996-2020‐」の共同企画制作に携わる。