今春から9月上旬まで、パリのロマン主義(ロマンティシズム)美術館で、新作アート40点以上を飾った企画展「愛する。断つ」が開催中だ。アーティストは、フランス出身のフランソワーズ・ペトロヴィッチ(1964年生まれ)。絵画、彫刻、ビデオ、パフォーマンスのセット(ダンスや舞台の背景画、衣装のデザイン)など、幅広い方法で独特な世界を築き、人々を魅了している。

ペトロヴィッチは、2020年に同美術館のグループ展に出展した。今回の展覧会は、ぜひ個展をという美術館からの声掛けに応じて実現した。

「愛する。断つ」展の作品はインク画や油彩など、絵画が中心だ。訪問して、とても感激した。事前に本展の情報について読んだときは、シックな空間のレストランや現代的な洋風の家に合う絵だなという穏やかな印象だった。しかし、実際はそれ以上だった。ロマン主義美術館の優雅な雰囲気と、彼女の作品の繊細な色彩や、にじみ出てくる物語は非常に魅力的だった。周囲に誰もいなくなり、自分だけが作品と深く向き合っている気分になった。

ロマン主義は、自分の内面や感受性に従って自由に表現することを重視した芸術運動だった。ロマン主義美術館は、元々は、画家アリ・シェフェールの邸宅とアトリエだ。シェフェールはロマン主義を代表する画家だった。1830年から住み始めたこの家では定期的にサロン(社交的な集まり)が開かれ、芸術家や作家などが集まった。ショパンやリストといった作曲家もやってきて、ピアノを弾いたという。1830年のフランス7月革命をテーマにした有名な「民衆を導く自由の女神」を描いたドラクロワ、『レ・ミゼラブル』を書いたユーゴーもロマン主義の芸術家だ。ドラクロワもサロンの常連だった。

邸宅とアトリエは、パリ市の管理により、1987年にロマン主義美術館として開館した。

作品の「曖昧さ」に刺激される

「愛する。断つ」展の意図は、「ロマン主義のコンセプトをコンテンポラリーアートとして探求し、ロマン主義に迫ってみよう」というもの。ペトロヴィッチは不思議な、しかし親しみのある雰囲気の作品を多数発表している。彼女の作品は、芸術で不安や精神的な苦しみも表現するロマン主義と一脈通じるものがある。

Françoise Pétrovitch dans son atelier à Verneuil.
Photo Hervé Plumet, © Adapg, Paris, 2023

Françoise Pétrovitch au musée de la Vie romantique.
Photo Hervé Plumet © Adapg, Paris, 2023

ペトロヴィッチは今回、子どもと大人、人間と動物、存在と不在の境界線を行ったり来たりしながら、「二重」「断片」「親密」というテーマで作品を作った。タイトルの「愛する。断つ」は、多面的で矛盾することが多い人間の「感情の曖昧さ」と、ペトロヴィッチの芸術哲学である「中間」を強調している。

本展は、順路に沿って鑑賞するスタイルだ。

【始まり……若者】

住居だった建物(常設展エリア)の向かい側に、シェフェールがアトリエとして使った建物が2つある。その1つが個展のスタートだ。日光が差し込む大きい部屋で、ピアノがあり、現在、クラシックコンサートが定期的に開かれている。ここに、犬を抱いた10代の女性の油絵が1枚ある。

女の子は冷静を保っているようだが、本当は親、友だち、社会、そして自分について、日々、様々なことに心を揺らす、典型的なティーンエイジャーなのではないかと感じられた。ピンク色で統一しているのは、ピンクが、夢のような世界を描くロマン主義を象徴する色だからだろう。部屋の隣では、ペトロヴィッチのインタビュー映像が流れている。この建物を出て、もう1つのアトリエへ行こう。

【風景と人物】

この建物は、上下の部屋が室内の螺旋階段でつながっている。まずは下の部屋へ。ここは緑色のスペースになっている(カーペットも、ペトロヴィッチによるデザイン)。壁の15枚は、すべてインクウォッシュ(インクと水で絵を描く技法)の絵だ。高さが均一の各絵をつなぐようにして並べてあり、全体として美しい1枚のパノラマ画を形成している。

15枚は、風景画と人物画を組み合わせてある。風景画は、ペトロヴィッチの想像上の場所。ペトロヴィッチは、ロマン主義の画家たちが謎めいた風景画を描いてある種の憂鬱を反映させていたように、風景画に屈折した感情を染み込ませた。

人物画は孤独で物思いにふける女性、体が絡み合ったカップルなど。インクウォッシュによる曖昧なタッチの効果で、皆、夢の中にいるかのよう。風景画と一緒に人物画を眺めていると、自然の中に人間が溶け込んでいる感じを受ける。

【若者と、女性や手】

螺旋階段を上がった上階には、今どきの若者の姿が並ぶ。ファッショナブルな髪型と服装が特徴的。ペトロヴィッチはとりわけ思春期に強い興味を持っており、子ども時代と大人時代、情熱と懐疑、外見と内面の「2つの間に存在するもの」を探求している。

1人でタバコを吸っていたり、体にふれて、または距離を置いて一緒にいる2人は、鑑賞者に視線を向けていない。これらの若者たちは一体何を考えているのだろうかと、鑑賞者の想像がかきたてられる。それぞれの仕草から、ここに描かれている若者たちは人間関係に深入りしたくない人なのではと感じた。案の定、ペトロヴィッチは、甘い絆や親密な関わりではなく、不安定な感情と孤独感を描いたそうだ。

窓辺の小さい作品は、謎めいた女性や手がモチーフだ。ペトロヴィッチは、豊かな色彩が作り出す温かさや美しさと、影から連想される混乱を並置したかったという。このシリーズは、人の一生に浮き沈みがあることを描写しているようにも思われた。

【女性像】

常設展の建物は、ペトロヴィッチのピンク色の世界だ。年代を感じるロマン主義にかかわる常設展示品の間に、彼女の作品が突出している。一瞬、違和感を抱くかもしれないが、ロマン主義との接点がわかると、とても興味深い。

ペトロヴィッチは、ロマン主義で頻繁に描かれた動物をモチーフにしたり、ロマン主義の作品に見られるダンドリッド手法(神経細胞の樹状突起のようなタッチで風景を描き、生き生きした自然界を強調する手法)で女性の髪を描き、その髪を滝のように見せたり、大型の若い女性像で、自分の内面をじっくりと見つめることの大切さを表現している。

【終わり……女性の彫刻】

個展は、冒頭の写真にある女性の彫刻で幕を閉じる。ここでお茶を飲みながら、見てきたばかりのペトロヴィッチの作品を思い起こし、ロマン主義の精神にそって、自分のことを振り返ってみた。

「人間は、何歳であっても、不安定で曖昧な部分を持ち合わせている。それらを抱えながら、どう生きるかを自分で見つけていくのだ」という言葉が聞こえた気がした。「愛する。断つ」展に刺激され、ロマンティックなアートにさらにふれたくなった。


FRANÇOISE PÉTROVITCH 

■「FRANÇOISE PÉTROVITCH AIMER. ROMPRE」
2023年4月5日~9月10日
Le musée de la Vie romantique にて。月曜日や祝日は休館。


Photos other than press images: by Satomi Iwasawa with permission of Le musée de la Vie romantique.

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/