菅原さやこさんは、様々な写真工程を使って作品を作るアーティストだ。どの作品も透明感があり、美しい。菅原さんが作品で表現したいのは「過ぎ去った時間や記憶、記憶と想像の間」。確かに、どの作品を見ても、タイムマシンに乗って過去のどこかを訪れ、ゆっくり時間が流れることを再体験しているような気分になる。どんな出来事や思い出と結び付くかは、鑑賞者次第という開放感も魅力的だ。

菅原さんは10代前半までイタリアに住み、多感な時期を日本で過ごして美大・大学院で日本画を専攻し、その後はイギリス・ロンドンを拠点にしている。写真はロンドンで学んだ。様々な場所で時を過ごしてきた菅原さんに会い、作品の背景について解説していただいた。

どこかで作品を見てくれた人から、依頼が続く

被写体は自然やオブジェですね。人物は撮らないのですか?

私のウェブサイトには載せていませんが、1番始めのプロジェクトは12歳をテーマに撮影した作品でした。ロンドンで写真学の修士課程にいたとき、長男が12歳だったんです。私はイタリアから日本に帰ったのが12歳で、日本で受けたカルチャーショックは12歳という思春期では一際強いものでした。「この子が、大人と子どもの狭間のあの歳になるんだ」と思って、成長過程としてのその年齢にも興味があって、息子とその友人たちの肖像を撮影しました。

人物には興味はあるのですが、人を撮影することをどうしても難しく感じてしまって。長男がファッションフォトグラファーになって人物をたくさん撮っているので、人物は彼に任せようと思っています。

いつもテーマを決めて作品を作っているのですか? 

こういうテーマで進めていこうかなということもありますし、場所や物、出来事など、偶然出合ったことから記憶と想起のプロセスを通して作品ができあがることもあります。後者のほうだと、本当に、予期しなかった場所を知ったり自分の前に舞い込んできた物を見て、ああ面白いなと思って観察したり、リサーチしたり、イメージを組み合わせたりというプロセスを経ていると、形になるんです。できあがると、こんな作品になった!と初めて気付いて。

ギャラリーから展示用に何かを作ってほしいと依頼があったり、イギリスの経済新聞フィナンシャル・タイムズがテムズ川をテーマにした作品を掲載するから作品を作ってと声をかけてくれたり、どこかで私の作品を見て気に入って、ぜひ何かをと言っていただくことが多くて。普段から撮りためていますが、そういった知らない方々からの依頼も偶然の出来事ですし、私はプロジェクトごとに実験的に作り上げることが好きですね。

青写真で、物に宿るスピリットを表現

2022年の個展「Undercurrents(底に流れるもの)」で発表した、青地に花が咲いたような作品「Metal Apparitions (金属の妖怪)/ Flow (流れ)」はほかの作品と趣向が違い、華やかな雰囲気です。作り方は?

展覧会Undercurrentより:(左から)Flow 3,4,5

青写真(サイアノタイプ)という方法を使いました。青写真はカメラを使いません。紫外線で印画します。青写真の薬品であらかじめコーティングした紙や布にモチーフを固定して、日光か紫外線露光機に照らして焼き付け、紙や布を水洗いすることによってモチーフが現像されます。これを洗って乾かすと完成です。仕上がりは、暗室と印画紙を利用して作るフォトグラムっぽいですね。昔、建築用の青写真(建築図面の複製、青地に線や文字が白抜きで出る)てありましたね。あれも、この技法です。青写真は、1842年にイギリスで発明されました。当時はコピー機さえなくて、研究した記録を安く複製しようというのがきっかけだったらしいです。

割合と安全性が高いし簡単なプロセスなので、こちらでは人気があってギャラリーや学校などのワークショップで幅広く実践されていますね。日本のインスタグラムを見ると青写真は結構出てきて、素敵な作品を作っている作家さんもいらっしゃいますし、日本でも流行りつつあると思います。

「Metal Apparitions」は、ある大学でのレジデンシー(アーティストが一定期間ある場所に滞在して、制作活動を行うプログラム)のときにできました。レジデンシーではこういうことをしようかなと事前に計画しても、しばしば、その場所に着いてしばらくすると何かが私の元にやってくるんです。私はそれらを《贈り物》と呼んでいますけれど。

そのときのレジデンシーでの《贈り物》は、彫刻科のアシスタントが運んできました。何かがいっぱいに詰まった箱を捨てようとしていたので、捨てるのなら私にくださいって気軽に言って、その箱をもらいました。中身は、少し厚みがある円型の布を多数重ねてできたデイスクでした。

それは、研磨機に取り付けて使うコットン製のバフという部品(磨きをかける金属に接触する部分)だったんです。新品もあり、古いバフは磨いた金属の色が残って黒くなっていました。最初は、バフを積んだり並べたりして。そのあと、パフを解体してみようかなと思ってバラバラにしたら、1枚1枚がとても薄い布でできていて、透けて光が通るくらいになりました。

それと並行して、いろいろな情報を集めました。バフのラベルに書いてあった製造元を調べたら、1770年ごろに創業されたバーミンガムの会社と、イギリス中部の別の会社でした。それらはイギリスの産業革命を支えた会社の一部で、そのころから複雑な機械が作られて大量生産が始まったんだなとか、バーミンガムとロンドンを結ぶ運河が建設されて物資が運ばれたんだなと思いを馳せたり。その歴史の重み、かつての名のある産業がほぼ一切無くなってしまった現在のイギリスのこと、人にはもう見向きもされず捨てるしかなくなったそれらのバフでも、まだちゃんと存在しているんだよ、背後にはスピリットや豊かな世界、歴史があるよということとかをつなげて、紙や布にプリントして制作してみたら、面白いものができました。

今はサステナブルの時代で、捨ててきた数々の物に価値を見出していますね。

人間には不要になった物や古い物たちの記憶に興味があると自覚したのは、ロンドンで、写真で表現するアーティストとして本格的に活動を始めたときのレジデンシーでした。シリーズ「SLOFO(Secret Life of the Forgotten Objects)(忘れられた物の秘密の生活)」を制作したときです。

(左から)SLFO #1,#2,#3

暗室作業関係の道具類が少し時代遅れになって放置されていて、それらが、私への初めての《贈り物》になりました。要らなくなった道具類にも実はスピリットが宿っていて、人がいない夜、暗室で秘密の生活を繰り広げているのではないかと想像が膨らみました。

ガラスのプレートも使う。偶然の出来事が作品の魅力に

カメラを使わずに作った作品は、ほかにもありますね。

ごく最近だと、2021年に出した写真集の『The Schwarze Mönch (黒いメンヒ山(スイスにある山)』です。これも《贈り物》から始まりました。写真学校の暗室で作品を作り始めようというとき、新聞紙に包まれた塊を見つけました。捨てられることになっていたのですが、見てみたら、ガラス乾板とか使い古したいろんな物が出てきて面白いなと思って。

ガラス乾板(ガラスネガ)は、匿名の写真家が撮ったイギリスの田園の人や風景でした。ガラス乾板は無色透明のガラス板に写真感光材を塗布した部品で、写真のフィルムが普及する前に使われていました。

マジック・ランタン用のガラスのプレート(スライド)もありました。1880年代後半に撮影されたスイス・アルプスでした。昔、ヨーロッパでマジック・ランタンという、今でいうプロジェクターの原型の装置が流行って、ガラスのプレートに描かれた写真や絵を投影してたくさんの人が楽しんでいたそうです。日本でも江戸時代と明治時代に2度普及し「錦絵「写し絵」「幻燈」と呼ばれていたようです。当時のエンターテーメントの一部だったんですね。今みたいにネットフリックスとかはなかったので。

最初は、イギリスのビクトリア朝の写真家グレイストーン・バード(1862-1943)がそのアルプスを撮ったと思ったのです。でも、よく見るとそのアルプスのスライドには全部、「コピー」と書いてあって。リサーチして、彼がとくに海外に撮影旅行したという情報はどこにも見つからなくて、写真史の専門家にも問い合わせたところ、その時代には、いわゆる名所スポットの写真を撮影複写して普及させる方法が取られていたということがわかりました。ですから、バードが撮ったのは実際のアルプスではなく、写真のアルプスでした。

そういったガラス板のことを調べていくうちに、画像自体の芸術的な面を味わうことから、ガラスに残った指紋や傷、カビが生えた痕跡に興味が湧いてきて。つまり、歴史のキャリヤーとしてのガラス板に興味を持つようになったんです。ガラスに歴史を見出して、これらのガラスの忘れ去られた物語を表現してみようと思いました。

傷やカビにも意味を見出したんですね。

はい。それらを暗室でプリントしていたのですが、レジデンシー期間が終わってしまい暗室が使えなくなってしまって、どのように制作を進めていこうかと悩んでいたら、近くの図書館のコピー機が使えるとひらめいて。それで、拡大縮小しながらコピーしたり、そのコピーした写真を撮り直したりとかしました。

コピー機には、ほかの人たちが使ったときの小さいゴミが残っていたり、性能があまりよくないコピー機だと紙が出てくるときに紙にしわみたいな跡がついてしまったりして、そういう偶然の出来事も全部取り込みました。だから、写真家が撮った元の景色をたどりつつ、私が作った多層的な時間も含む全体的に抽象的な、新たな風景が生まれました。写真集には、ガラスのスライドのみ使いました。

撮影は第一段階で、そこから連想して作品へ

実際の景色を撮影した作品も素敵です。沼の作品「Pond」もありふれた光景のようで、でも、さやこさんでないと、きっと生まれなかった写真ですね。

物、影、シミを見て、そこから連想しいてくのが好きです。私にとっては、自分の連想とそれらの物体とがぴったり合って独特の世界観が出る瞬間を見つけることが大事です。

陸上のレースでいうと、シャッターを切ることはスタート前のことで、撮った写真に手を加えて作品にするプロセスがスタートからゴールまでの本番です。「Pond」は、以前毎日通りかかった沼で、時間を変えてその沼を撮りためていたことが、いわば準備期間だったわけです。たまった写真を眺めてみたら、同じ場所なのに、本当にこれって同じ場所なの?というくらい違う画像もあって、想像が始まりました。最終的に、撮影した時点の画像とは違う、心象風景を表した画像にたどり着きました。

Pond より:(左から)Pink Full Moon, Cloud Pond, Golden Leafy Way

写真はデジタルがいい、いや、やっぱりアナログだ、という見方の違いがあります。それは、どう思われますか?

私は基本的に何でも使います。アナログだから良いとかデジタルだから悪いといった技術的なこだわりはありません。唯一のこだわりは、自分の手で最終的なプリントを仕上げることです。そういった意味でアナログ技法は好きですね。日本では、暗室をなくしてアナログ写真を教えない大学も出てきたそうで驚いています。

でも、アナログが絶対、またはデジタルが絶対といっても、みんな、本当に写真を識別できるのかなと思って、モノクロの「portal(入り口・玄関)」という作品は、実験的に、全部iPhoneで撮りました。ごく普通にプリンターでプリントして、コラージュを作って、それをまたiPhoneで撮って。今度はそれを業者にフィルム化してもらって、使用期限が切れた印画紙に自分で焼きました。コントラストがほとんどないすごく暗い画像になって、画像が見えるようにするために漂白技術でさらに処理しました。

思った通り、アナログかデジタルかというのは、ほとんどの人には見分けが付きませんでした。ということは、大事なことは方法ではなく、できあがったイメージですよね。ですから、私は何でも組み合わせるという姿勢です。今の時代、本当にありとあらゆる技術があるので、使えるならば試してみないと、斬新な作品は生まれないような気がしますね。

「portal」のテーマは?

「portal」は、2つの場所を併置したシリーズです。違和感というか緊張感があって、非日常的な雰囲気になっていると思います。

やっぱり記憶というコンセプトとつながるのですが、自分のiPhoneの旅行のアルバムを見ていたら、私の場合はイギリスと日本のように、私たちは想像上で離れた場所にいつでも行けるんだと思ったんです。それで、スマホを心象風景を探る旅への玄関口と見なして、どこか2つの地点の記憶を幻想的に表現してみました。スマホという機械自体にかかわる記憶も浮かんできました。今、生活の中でスマホが必要不可欠という人は多いですよね。スマホがなかった時代は、みんな、お財布に銀行のカードや身分証明書、家族の写真も入れていて。大切な物を持ち歩く入れ物がお財布からスマホに変わるという現象が、たぶん無意識的に起きたことは面白いと改めて感じました。

カメラレス写真ワークショップで、可能性を広げる体験を提供

青写真とケミグラムのワークショップを定期開催しているのは、なぜですか?

だいたい月1回ロンドンで開いています。環境保全の点から、よりサステナブルな植物現像液を使用し、より多くの人に自分の知識をシェアしたいのと、実験的なことをやってみると楽しいよというのをほかの人たちに経験してほしいからです。写真の初心者というより、人物を撮るプロの写真家、大学院で写真の研究をしている人、普段は「こういう画像にしたい」と完璧に近いイメージを描きながら写真を撮っている人がそのようなアプローチから脱するきっかけを求めて参加してくれています。

青写真もケミグラムも、観察をしながらの実験的な方法なので、作品ができると、みんな、自分がこんな素敵なものを作ったなんて意外だ、信じられない!と言うんですね。各自の可能性を広げるきっかけになっているかと思います。そういった驚きを私も目の当たりにするのが嬉しいし、同じ工程なのに各参加者の作品が全然違うのを見るのも楽しくて、続けています。

今後の作品は?

写真はたくさん撮っていて、インスタグラムに載せています。空間全体を使ったインスタレーション的な作品もいいなと思っていますが、今、久々に新しいシリーズが形を成しつつあるところです。引き続き、植物現像液を使うサステナブルな暗室作業の研究も続けていきます。それによって、草木染めのような仕上がりにもできるので、また新しい質感の作品をお披露目できたらと思います。


菅原さやこ|Sayako Sugawara
Instagram:Sayako Sugawara

ミラノ生まれ。ロンドン在住。
12歳で日本に帰国し、多摩美術大学および同大大学院で日本画を専攻。大学在学中にオランダに1年間留学。大学院修了後、オランダ・ユトレヒトやロンドンで作品を発表し始める。2013年、ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション(世界有数の芸術大学の「ロンドン芸術大学」を構成する6つの大学(カレッジ)のうちの1つ)の写真学・修士課程を修了。
2021年、テムズ川をテーマにした作品3点が、英経済新聞フィナンシャル・タイムズの週末版付属冊子『FTウィークエンド・マガジン』の定期企画<フォトグラフィー特集>に掲載され、注目を集めた。ほかにも制作依頼を受け、独自路線で追求し続けている「アートとしての写真」は静かな人気を誇っている。

Photos by Sayako Sugawara
Portrait ©Stanley Sugawara (IG: @stanleysugawara

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/