海外在住の日本人女性のなかには、着物の良さをファッションを通して伝えるため、着物を普段着としている人がいる。パリに住む福西園(ふくにし その)さんも、日常の装いは着物だ。「着物姿でパリの街を歩くのはまったく抵抗ありません。むしろ着物姿のほうが、いい意味で注目を浴びますね」と言う園さんは、3年前にパリで着物の総合店「Comptoir de Kimono(着物のカウンター)」を立ち上げた。店内には、新・中古着物が所狭しと並ぶ。それらを販売したり、現地の人たちが着物を着て記念写真を撮りたいという希望に応じたり、撮影で使う着物を提供したりと毎日忙しい。
園さんはフランスのテレビ番組にも出演して着物にまつわる話をすることもあり、まさに着物の民間アンバサダーだ。なぜ起業したのか、ヨーロッパの人たちが着物をどう受け入れているのかなど、園さんにいろいろ聞いてみようとお店を訪ねた。
フランスは、日本文化への関心が高い
以前フランスのテレビ番組に出演されていたのを見て、園さんを知りました。今年3月にも、日本でロケをしたものが放映(TF1のルポタージュ番組)されましたね。とても積極的ですね。
人前で話すのは実は好きではないんですけど、そのスキルはあると思います。本当は裏方で支えていたいのだけど、表舞台に出る人が誰もいない状況で。だから自分で前に出て、テレビ局から出演してくださいと声がかかったら、有難く出演させていただいているんです。
お店は立地がいいですね。観光客も立ち寄ると思いますが、みなさん、どんなものを購入しますか?
観光客もいらしています。羽織がよく売れますね。羽織は合わせやすく、お洒落として気軽に着物を取り入れたい人は羽織を購入されます。センスを磨いてファッションに関心があると、羽織を着ることに抵抗がないんです。羽織派にはもう1タイプあって、漫画やアニメで着物姿を見慣れて着物に憧れを抱いている人たちです。昨今、世界的にヒットした漫画の数々では、登場人物が結構着物を着ているんですよ。それで、和の文化にあまり興味のなかった海外の人たちは自然と日本に惹かれるのかなと。そういう人たちって、民族衣装を着る気恥ずかしさというのは、まったくないですね。
着物を丈が長い部屋着(たとえばバスローブ)だと考える人も多いので、部屋着として着物を着たい場合は、浴衣やシルク製の着物をお求めになります。こちらの人たちは柔道着も着物のカテゴリーに入れているので、時々ですけど、柔道着を探しに来る人もいます(笑)知識量がそれぞれ違うので、まれに「この着物は日本の着物?それとも中国の着物?」と尋ねる人もいて。中国の伝統衣装は着物と言わないのに(笑)
茶道や日本舞踊を習っているフランス人もいらっしゃいます。着物をよく着る人たちは、クリップとか着物の便利グッズを探しに来るんですよ。うちでは、足袋とか着付け小物も売っていますので。
お店には、大島紬も置いてありますね。
2021年に奄美大島が世界自然遺産に登録されたこと、大島紬が世界三大織物の1つとされていることは、フランスではあまり知られていないです。大島紬は、1970年代の生産量を100%とすると、現在7%くらいまでになっているんです。今後10年間何もしなかったら、製造が終了してしまうかもしれません。紬は礼装ではなくてカジュアルウエアで、大島紬は工程が複雑なためにすごく値が張るため、いわば高級ジーンズです。一般的な外国人がイメージする着物とは違うのですが、大島紬の素晴らしさを知ってほしいと思ってご紹介しています。
ヨーロッパでは、着物への関心があまりない国もあります。
国の背景次第ですよね。フランスは、1800年代後半のパリ万博を舞台に開花したジャポニズム(日本美術への関心)があって、ジャパニーズビューティーはすごいと称えた時代があったので、あの時代からフランス人は着物も版画も、基本的に日本の芸術全般が好きですよ。
フランスと日本に共通点があることも関係していると思います。生地への愛着が深くて、職人への尊敬度が高いんです。フランスではゴブラン織り(つづれ織り)とかカレー市のレースとかですが、そういう伝統を守っていくべきだ、という感覚が当たり前にある。それが、ジャポニズムの流れのおかげで、今もみんな、なんとなく「日本の芸術は素敵!」と思っている(笑)
コロナ禍の真っ只中に開店
お店のオープンは2020年春で、コロナ禍が始まったころでしたね。
2020年3月2日に店舗の契約を結び、3月16日から最初のロックダウン(フランスではロックダウンが計3回あった)が始まりました。内装業者が休業して、待っていても見通しは立たないので、1人でペンキを塗り簡単な家具を付けて。電気工事はなんとか間に合って、約2か月後に一応開店したけど、まだまだという状態でした。
ロックダウンが解除になっても、お客さんは少なかったです。夕方早めに閉店とか入店人数制限とか規制がたくさんあったし、買い物は食品購入でスーパーに行くくらいでショッピングを楽しむことができない時期がほぼ2年も続きました。
いつか終わる、という思いで過ごしていたのですか?
そうですね、このお店の経営はライフワークだと思っています。お店という形態じゃなくてもいいのかもしれないと思いつつ、実店舗だと試着できるし、何よりも、お店に気軽に入って着物ってこういうものだというのを目で見て知ってほしくて。普段着から婚礼衣装まで品揃えを充実させているので、こちらの人たちが想像しないような、いろいろな種類の着物もあることがわかってもらえると思います。
着物は一着100年着られて、超サステナブル
着物を広めていこうと思って、勉強したのですか?
最初は自分のためでしたね。着物は元々自分で着ていて、愛好家でした。ファッションデザインの勉強のためにパリに来て、いろいろな仕事をするようになって、展示会などの仕事もしました。2011年、東日本大震災の時に、日本人が集まって着物姿で寄付金を集めてパリから日本をサポートするNPO法人「パリ小町」を設立して、副会長を務めました。それで、ただ着るだけではなくて資格があったほうがいいと感じて、調べたら、きもの文化検定(全日本きもの振興会が実施)があることを知りました。着物の作り方、柄の意味、着付けなど着物文化全般についてのその検定を取りました。
NPOの活動をして、フランス人の反応を見ていくうちに、「着物っていいな」って改めて強く思ったんです。今は少し落ち着きましたが、そのころはファストファッションが台頭していて、様々な影響が出て。環境負担はもちろん、ファストファッションばかりが求められてハイブランドが売れにくくなり、売れ筋ばかりを作ろうとして若いデザイナーが育ちにくくなり。
一方、着物はものすごくサステナブルです。生地を無駄なく使う直線裁断で、ほどくと、どのパーツも長方形です。だから、寸法替えしたり簡単な帯を作ったりできてリサイクルしやすいんです。手縫いなので生地が傷まず、基本的に、着物は親子三代で80年から100年くらいは着られるし、着古したあとの生地も50年は使えます。一反の耐久性はおよそ150年なんですよ。
着物の袖がポケットの機能を果たしていることを伝えると、この独特な形がただの飾りではないのだと、みんな、その機能性にとても感動します。
そうやって非常によく考えられていて形が変わらないから、生地自体に工夫を凝らすわけです。反物の素材もデザインも素晴らしいですよね。民族衣装のなかで、世界中で憧れの的になっているのは、着物くらいではないでしょうか。
ファッションのエグゼクティブMBA取得 ~ エルメス社長にプレゼンする授業も
ファッションのMBAコースを修了したのは、それからですか?
そうです。着物は職人さんの手仕事が素晴らしいし、身に付けると楽しい気分になるし、サステナビリティも高い。着物の優れた点をきちんと伝える活動をしている人がいなかったので、私がやろうと思って。でも、日本とフランスの文化を両方わかっているとはいえ、私は、フランスのファッション界での経営についてはよく知らなかったので、世界有数のラグジュアリーマーケティング学校として有名なフランス・モード研究所(Institut Français de la Mode = IFM)(イヴ・サンローランの夫であるピエール・ヴェルジェが創設)のエグゼクティブMBA(ラグジュアリーグループの経営者を育てる厳しいコース)に挑戦しました。着物を広めるためには、絶対にこのコースだと思って。
受験の面接では「どうしてこのコースに受け入れてもらえると思うのですか、あなたにその価値はありますか?」と聞かれました。すごくびっくりしましたが、「もちろん、その能力はあります。着物をパリで広めたいという変わり者は後にも先にも私だけなので、私を入学させた方がよいですよ」と強気で返答しました(笑)
具体的にはどういうことを学んだのですか?
財務、マーケティング分析、発表の仕方など、総括的に学びました。発表の仕方では大統領などに教えている専門家が来て、聴衆に合わせたスピード感にするとか緊張したらどうするかとかを講義しました。実践重視のコースだったので、エルメスの社長に向けて、エルメスの顧客管理の改善案を発表するといった時間もありました。そういったハイレベルな内容で、在学中にくじけそうになったことはありましたけど、無事終了しました。
学校の生涯メンバーなので、毎年パーティーで卒業生を含めてオートクチュール協会の会長などのエグゼクティブと関われたり、卒業生たちが開くイベントに招待してもらえたり、卒業してもずっとそのネットワークがあるのはいいですね。着物を広めるという点でも役立っています。
MBAを取得してよかったですね。
生活様式がまったく違う外国で日本の伝統文化を広めようと思ったら、マーケティングや市場分析スキルは最低限必要なものです。外国の人は日本が好きだという印象だけで、闇雲に売ろうとしても上手くいくケースは少ないと思います。顧客層や価格帯など、しっかりと市場調査をして、販売ルートなども考えなければなりません。そういった意味で、実際のラグジュアリーの現場で使える経営学をきちんと学べたことはとても役に立っています。
パリで広がる夢
今後の夢は?
日本の職人さんたちの作品、基本的には着物関連を展示して、たくさんの人たちに素晴らしい職人技を見てもらおうと思って、店内にギャラリースペースを設けています。開店当時に構想していたんですが、コロナ禍でできていなかったのが、今、ようやく流れに乗ってきました。こちらの人たちに着物の基本も知ってもらって、着物のことをきちんと伝えていくのは、起業時からの目標です。展示は、これからも続けていきます。展示と同時に顧客アンケートなども実施してマーケティングリサーチもすることが可能なので、展示しただけで終わらず、職人さんたちにはその後の展開も提示することができます。
あとは、着物と通じる部分が多い風呂敷も日本の文化なので、オリジナルの風呂敷を作りたいですね。もう1つは、オリジナルの着物を作りたいです。生地を無駄にしたくないのと、日本の職人さんたちと一緒に仕事をしたいという思いがあって。
販売と展示とレンタルを基軸に、着物を世界に広めるために、そして着物の背後にいる多くの方々とももっと繋がりたくて経営者としての舵取りをしている最中です(笑)
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Comptoir de Kimono
21 Boulevard Saint-Martin, 75003 Paris
営業時間:火曜日~土曜日 14時~19時30分
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Photos by Satomi Iwasawa
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岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/