車業界の主戦場がEVに意向しても、「マセラティ」の車とともに、遥かな風を追い求める喜びは変わらない───。同社CEOであるダヴィデ・グラッソ氏が語る1914年創業ブランドの今までと、現在と、これからには、人生を堪能するヒントが詰まっている。

仏ローヌ川から海に向かって吹き抜ける強い北風、またはサハラ砂漠が起こす乾いた熱風、あるいは穏やかな地中海で荒々しく変身する東風……。車の記事だからエンジンやモーターなどの機構から入ると期待していたら、肩透かしだろう。けれどこれらの風はすべて、2024年に創業110周年を迎えるラグジュアリーカーブランド、「マセラティ」の車の名として抜擢されたもの。それぞれ「ミストラル」、「ギブリ」、「レヴァンテ」と名付けられた車たちは(もちろん他にも仲間は多数)、風のなかを疾走する喜びを知る、作り手の喜びが込められているようだ。

風の名を冠する車なんてとびきりロマンティックだと、「マセラティ」CEOのダヴィデ・グラッソ氏に伝えてみる。すると明晰で柔軟な頭脳の持ち主である彼は、チャーミングな笑顔を咲かせ話し出してくれた。

「風の名はクリエイティビティと情熱を、大切にしてきた証。それらが『マセラティ』のイノベーションを起こし、世界観を確立してきたんだ。ほかにも象徴的な名はあって、例えば私たちのシグニチャーである『グラントゥーリズモ』。(通常2ドアの)クーペは速いけれど1時間も乗れば疲れてしまうのが常識だったときに、スピードと敏捷さはそのままに4ドアのような快適さを与えた独自のクーペだ。ミラノからローマ、ローマからアマルフィの海岸まで、まるで身軽にグランドツアーに出られるような自由さを体現している。三叉の銛(もり)、“トライデント”がモチーフになった私たちのエンブレムが表すように、エレガンス、ラグジュアリー、パフォーマンスが一体となった世界観は、東京のストリートでも美しく映えるはずだよ」

ダヴィデ・グラッソ/「ナイキ」や「コンバース」でその実力を証明し、2019年にマセラティのCEOに就任。ファッションビジネスに精通したキャリアをいかし、伝統をさらに前進させる多彩なコラボレーションでも話題を呼んでいる。

チャレンジこそ、実力の見せどころ

しかしそんな物語性をデザインとして昇華し、さらに時代と歩幅を合わせ、技術もメンタリティも進化することがいかに大変か……。いわば、口だけでなく実行し、さらに1世紀以上も支持を得続けること。どの業界でも途方もない道のりに感じるが、革新と進化、ひいては様々な経営上の困難と改変に向き合ってきた「マセラティ」には、「逆に創造性を高めてくれるチャンス」だと言う。実際に、時代を切り拓く力は他のどのラグジュアリーカーブランドよりも逞しい。2030年までに全モデルをBEV(Battery Electric Vehicle=バッテリーに蓄えた電気のみで走るエンジンのない電気自動車)にシフトすると発表するなど、先陣を切っている。

マセラティ初のフルBEV

「自動車の黎明期から今日にいたるまで、『マセラティ』は常にチャレンジングなメーカーだったと忘れてはいけないね。たとえば20世紀はじめの創業当時、マセラティ兄弟は1930年代にスーパーチャージャーを採用したグランプリカーを生み出している。常識を覆す新しい技術を取り入れた高性能車を開発することで、ブランドの地位を確立してきたんだ。つまり電動化などの新しい技術に積極的にチャレンジすることは、実にマセラティらしい姿勢だと言えるよ」

ただエンジンの重みや唸りを楽しむラグジュアリーカーと、そもそもエンジンすら搭載しないEVでは全くの別物になってしまうのでは? よくぞ聞いてくれたとばかりに、グラッソが自信たっぷりに答えてくれる。

「『マセラティ』を唯一無二にしていることの一つが、サーキットで得た技術や経験を、市販モデルの開発にいかしてきた歴史。現在、私たちが参戦しているフォーミュラEで得た知見も、最大限BEVに反映させているよ。ただその上で重要なのは、普遍的な『マセラティ』らしさとのバランス。デザインを変えることが挑戦なのではなく、『いかに変えないまま進化するか』が挑戦と言えるね」

「例えばバッテリー式電動車であるBEVのバッテリーは、通常のガソリン車のエンジンよりも重く、多く搭載する必要があり、重心が高くなってしまう特徴があったんだ。けれど『マセラティ』はバッテリーの搭載方法を工夫し、従来のガソリン車と変わらず重心を低く保つことに成功。けれど、卓越した技術力をもつ私たちにとっても、これは本当に大変な作業でね。エンジニアたちが長い間試行錯誤を繰り返して、やっと最適なバランスに辿り着いたんだ。『グラントゥーリズモ』がエンジン車もBEVも同じパフォーマンスを発揮するには、そうした努力は欠かせなかったよ」

2023年の「ミラノ・デザインウィーク」で完全電動の「グラントゥーリズモ」コラボモデル3台と生誕75周年記念モデルを発表。プリズマ(左)と光を意味するルーチェ(右)。

長年親交のある藤原ヒロシ氏がデザインした「グラントゥーリズモ One Off Ouroboros(ウロボロス)」。古代より死と再生を象徴する存在として崇められてきた蛇をモチーフにした、新型EVの仮想コンセプトカー。50~60年代の「マセラティ」のデザインがインスピレーションに。

未来を作るルーツの街、モデナ

進化の先にある伝統を支える舞台として、全世界へ名を轟かせるラグジュアリーカーの聖地、モデナの存在は欠かせないだろう。美食で名高いエミリア・ロマーニャ州に位置し、古代に起源をもつほど由緒正しい歴史をもつ街が、「マセラティ」や「フェラーリ」が本拠地を置くハイテクな顔ももっているとは、いかにもイタリアらしい。

モデナにあるマセラティ本社。モデナは、時計界におけるジュネーヴと同じように、ラグジュアリーカーの世界では信頼と歴史、知名度を誇る。

「是非来てほしいよ!」と、この日一番の笑みを見せた後、真剣な表情を取り戻してグラッソ氏がモデナの魅力を説明してくれる。

「ファッションでも時計でも車でも100年を超えるラグジュアリーブランドに不可欠なのはやはり、そのルーツ。ブランドとして確立するには、高い品質を維持し、絶えずルーツを振り返ることが大切だと思っている。『マセラティ』においては私たちが根付いている場所、モデナだ。イタリアの車産業の中心地で、他の車のブランドだけでなく、素材やブレーキ、電気系統のシステムなど、革新的なサプライヤーたちも多く集まっているんだよ。イノベーションが身近にある環境に身を置くことが、伝統を未来に伝えるためには欠かせないんだ」

インタビュー当日の、ダヴィデ・グラッソ氏の足もと。鮮烈な赤を差し色にする小粋さが、まさにイタリアの美意識を体現しているよう!

「まずモデナにある本社に足を踏み入れたときは、すごくエモーショナルだった。そこにいた皆、本当に一人一人の情熱と誇り、献身に圧倒されたんだ。これほど高い技術をもった人々をずっと抱えてきた歴史、また『マセラティ』を再建するために投資されたテクノロジーの量にも感銘を受けたよ。さらに街の他のエリアにある、大勢のエンジニアがいる工場では、先に話したような技術的なソリューションを生み出している。確固たるルーツをもち、『マセラティ』の未来を創造する人々がいることは、ブランドとして本当に幸運なことだね」

さてインタビューの帰り道、グラッソ氏を真似して「マセラティ」をイタリア語風に「マゼラーティ」と、そっと口にしてみる。それだけで、この美しく聡明で頼りがいのあるパートナーと疾走する、イタリアの風を感じる旅へ出たくなる。運転という行為を越えた、「マセラティ」という美しき人生を体験する世界。こんなにも魅力的で、やみつきになるのは当然だろう。


マセラティ ジャパン

Photo by Mitsuru Nishimura
(一部提供写真)

Makiko Oji

イギリスの大学で社会人類学を学んだ後、『VOGUE JAPAN』編集部でキャリアをスタート。独立後はファッションからアートまで、カルチャー全般で撮影や記事執筆を担当。読書と登山、美味しいものと宮崎駿作品が好き。