今春、パリのギャラリー、モール・シャルパンティエで開催された個展「ルクレシア(Lucrecia)」は、ダニエル・コレア・メヒア(Daniel Correa Mejía)の絵画と陶器に癒される空間だった。大小のカンバスに男性、女性、犬、そして自然が、赤と青をメインの色にして描かれている。男性の姿が多いのは、ダニエルが同性に対して性的魅力を感じている、つまりゲイだからだ。

イケムラレイコに感化された初期

ベルリンを拠点に活動しているダニエルは、1986年、コロンビアで生まれた。11歳の時に家族でブラジルに引っ越し、次にメキシコに移り住んだ。10代の多感な時期に次々環境が変わることは、ダニエルにとってはたやすいことではなかった。そのため、絵(線画)の世界に入り込み、授業中も絵ばかり描いていたという。

絵画を習いたいと思ったのは17歳の時。半年間、ドイツで交換留学をしていた間だった。メキシコに戻ると、ある女性アーティストから数年、絵を習った。その後、ミュンヘンでビジュアルコミュニケーションを専攻した後で、2010年にベルリンで就職した。自分のための制作はダニエルの生活の一部で、ミュンヘンでもベルリンでも時間があれば常に描いていたという。

芸術の町として知られるベルリンはダニエルに大きな刺激を与え、「自分はアーティストとして生きていくべきだ」という思いが日に日に強くなっていった。そこで、絵を描く時間を増やすために、フリーランスのデザイナーに転身した。

その頃、彼に強い影響を与えたのは、世界的に活躍する画家・彫刻家のイケムラレイコだったという。イケムラ氏(現在、女子美術大学大学院客員教授)は、当時ベルリン芸術大学で教鞭を取っており、ダニエルはアーティストとしての自分の作品に磨きをかけようと彼女の授業を受けた。彼女の生き方も作品も、アーティストとして純粋で神秘的なものを追求していこうとしていたダニエルの心を奮い立たせた。そして、徐々に作品を発表し、アーティストとしての道を築いてきた。 

「この世に存在する喜び」を表現

男性性が強く表現されているダニエルの作品は、彼自身の生い立ちや、これまでの彼の恋人たちとの関係にインスパイアされているように思える。しかし、そんな非常に個人的な心の状態が見て取れる作品からは安らぎやポジティブなエネルギーが漂い、絵との波長が合うと感じられる。それは、なぜか。おそらく、男性、女性、人間、動物、植物といったカテゴリーに関係なく、私たちが今の世に生き物として生きていること自体が不思議であり、喜ばしいことだと教えてくれるからではないだろうか。

ダニエルの作品はロマンティックで、エロティックで、フレッシュでありながら、メランコリックで孤独な雰囲気もある。そんな作品の多面性は人生の波と重なり「人生の意味とは何か」という哲学的な問いを、鑑賞者にダイレクトに投げかける。

©︎mor charpentier

特徴的なエレメントの数々

個展のタイトル、ルクレシアは女性の名前で、展示作品の1つ「Lucrecia」から来ている。ダニエルは女性も描き、それらの女性たちは母性、生と死のサイクル、家族の絆、慈しむ気持ちを想起させる。作品のルクレシアはイルカと一緒に水につかっている。腹部が丸みを帯びており、初期妊娠の女性を描いたようだ。ダニエルは、ルクレシアを女神のような人としてイメージしたらしい。

ダニエルの作品には、水がしばしば描かれる。彼にとって、水は癒したり落ち着かせてくれる不思議な存在だという。

ダニエルは二元性を描くのが好きだ。月を描くことで女性性を表現し、男性的なエネルギーの象徴として太陽も登場させる。また、月光と水とを一緒に描くことで、再生や繁殖力、進歩などを示唆している。山並みや木々といった自然も、彼にとっては重要な被写体だ。自然と人間という2つの違った存在を描きつつ、この2つは同等で互いに関連し合っており、自然、人間、宇宙までが一体であるという考えを反映している。彼の絵には、全体性や無限性を表す円もよく登場する。口から息を吐き出す様子を円で描いてわかり易く伝えることもあるし、日光や体液を暗示した円を描くこともある。ダニエルの絵では、円は人間同士をつないだり、人間と自然をつなげるメタファーになっている。

昔から人間の身近にいた犬も重要な存在で、作品によく登場する。犬を通し、ダニエルは霊的なものや人間の本能的な面も強調しているという。

色で遊び、色の意味を放つ

ダニエルの作品の特徴である、数色に抑えた色遣いもとても魅力的だ。アート雑誌のインタビューの中で、作品の中で何より目立つ赤は女性性、一方、青は男性性を意味していると話している。赤は絵を描き始めた時から大事な色で、赤以外の色をあまり使う気持ちになれずにいたのだという。ある時、ほぼ赤一色の絵にウルトラマリンブルー(鮮やかな青色)を置いてみたら、2つの色がしびれるように強く共鳴することに感動し、以来、赤と青を基本色に使うようになったそうだ。赤と青は、ダニエルの二元性のコンセプトと呼応している。

黄色はダニエルにとって、太陽の生命力に満ちたエネルギーを思い起こさせる。黄色は強烈な赤と青をいい案配で結び付け、作品のバランスを保つ役割を果たす。精神的なものや異次元空間の様相を高めるため、マゼンタ(鮮やかな赤紫)もアクセントカラーとして使っている。

何を描くか、何色で描くか。ダニエルは好きな色と戯れながら想像の世界に浸り、年齢も性別も国籍の枠も超えた地球人への愛と自然環境への愛を描き続けている。

©︎mor charpentier

ギャラリストに聞く、ダニエルの魅力

モール・シャルパンティエのマネージャー、オスカー・デザルト(Oscar Dusart)氏にダニエルについて質問してみた。ギャラリストがダニエルを高く評価する理由とは。

ダニエルとの出会いについて教えてください。展示会で知ったのですか? 知り合ってすぐ、彼をサポートすると決めたのですか?

ダニエルのことは、実はインスタグラムで発見したんですよ。一目惚れでしたね。それから、彼に直接会おうと彼のスタジオを訪れました。

作品のどういう点を評価しますか?
 
作品が放つものすべてですね。作品が映し出すもの、質感、色、そして、滲み出てくるものの力強さです。

どれも完璧と感じられる出来栄えです。制作において、ダニエルはどんなところに1番苦労していると思いますか?

ダニエルは、インスピレーションが湧かなくなるかもと時々不安になるそうです。でも、彼と知り合って以来ずっと見てきて、日々、どんどんインスピレーションが湧いているのがわかります。エネルギーを蓄えるために休みを取ったり旅行したりしても、彼は音楽を奏でたり線画を描いたりと、常に創作活動を続けています。

画家・彫刻家のイケムラレイコ氏が、彼がアーティストとしてのキャリアをスタートさせた時にとても重要な存在だったとのこと。今でも彼女の作品は参考にしているでしょうか?

彼女に関してのインスピレーションについては、聞いたことはないですね。でも、彼の周りで起きていることをとても注意深く観察していて感心します。ダニエルは美術史にも精通していて、本当にアートが大好きなんです。

作品は個人のほか、企業、たとえばホテルや銀行なども購入していますか?

ダニエルの作品は、美術館などが購入しています。彼の作品は現在、アメリカ、ヨーロッパ、アジアにおいて最も重要なコレクションの一部として評価されているのです。

LGBTQであるアーティストは、アート市場でまだマイノリティだと思います。LGBTQだと公表していない人もいるでしょう。LGBTQであることは、作品を販売する上でポジティブな影響を与えるでしょうか?
 
確かに、LGBTQのアーティストはアート市場では少数派ですね。私たちは企画の立て方を熟慮しています。当ギャラリーをフォローしてくれるコレクターたちのおかげもあって、LGBTQのアーティストたちの作品が社会でネガティブにとらえられないようサポートできていると思っています。


Photo courtesy:©︎mor charpentier

Daniel Correa Mejía 

■ パリでの個展「LUCRECIA
2013年4月15日~5月25日 
 
■ mor charpentier


岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/