ロンドンで、一般市民を対象に陶芸教室があちこちで開かれるようになっている。今年初めまで、イギリス初の、常識にとらわれない陶芸の大規模なグループ展「ストレンジ・クレイ:コンテンポラリーアートにおける陶芸」もロンドンで開かれ、ちょっとびっくりするような陶芸作品の数々が話題を集めた(日本からは桑田卓郎も出展)。

陶芸が人気を呼ぶそんなロンドンで、長年、磁器作りに励んでいる日本人女性がいる。イワモト・イクコさんの手から生まれる実用品(食器や花瓶)やアート作品は、1つ1つが生きていて、動き出しそうな錯覚を抱かせる。

彼女の個性的な作品はイギリスで何度も受賞し、2019年には、現代工芸の賞として有名なヤングマスターズ・メイリス・グランド陶芸賞(Young Masters Maylis Grand Ceramic Prize 現代工芸への関心の高まりを受け、新進アーティストたちを支援し称えるため、2014年に創設)に輝いた。よく知られている陶芸アーティストたちも多数応募したというから、イクコさんの作品が非常に高い評価を受けていることがうかがえる。彼女の作品は、デザインを主題にした著名なV&A(ヴィクトリア&アルバート博物館)のコレクションにも加わっている。

日本での陶芸活動を経て渡英したイクコさんは、どんなふうに作品作りに向き合っているのか。詳しい話をぜひ聞こうと、ロンドンのスタジオを訪ねた。

イギリスで出合った「スリップキャスティング」技法

陶芸の手法は、手びねり、ろくろ成形、タタラ作り(土を板状にして成形する技法。初心者向き)、鋳込み成形と4つあるそうですね。イクコさんは、あまり一般的ではない鋳込み成形で作っていらっしゃいますが、いろいろ学ばれたのですか?

私が通った日本の大学には、ろくろと立体芸術の2つのコースがあって、私は基本的なことを学びたかったのでろくろの方に入りました。ですから材料は粘土で、手びねりとろくろ成形で作っていました。ロンドンで大学と大学院に行き、違う技法と違う材料について学びたかったので、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの修士課程でセラミック&ガラスコースに入り、初めて磁器(ポーセリン)を作り始めました。磁器は、石を砕いて土のようにしたものが材料です。手びねりはあまり適していないので、ろくろ成形か鋳込み成形になります。私は鋳込み成形で作っています。鋳込み成形は、英語でスリップキャスティング*といいます。

(*クリーム状の化粧土で装飾した陶器類「スリップウェア」とは違う)

置物や食器、トイレや洗面台などの衛生陶器でよく使われる方法ですね。

まず、最終的に作りたい形を石膏の塊(市販の石膏彫刻材)でデザインします(イクコさんは通常、粘土で原型を作らない)。そのモデル(原型)を囲って、石膏を流して石膏鋳込み型を作ります。コップとか、シンプルな形では半分ずつ石膏を流すと2分割の型になります。分割数が増えると難易度も上がって、私は、10分割する時もあります。

石膏が固まったら、モデルを取り出し、乾燥させます。完全に石膏鋳込み型が乾燥したら、この型の中に液体粘土を注ぎ込みます。何分か待つと、液体粘土の水分が鋳込み型に吸い取られて、中に土のレイヤーが残るんですね。小さいものなら5分、大きい作品は20分~30分くらい待ちます。長く待てば待つほどレイヤーに厚みが出ます。そして液体粘土が完全に固まる前に流し出して型を外すと、作りたい形ができるわけです。そこに装飾を加えたりして完成させます。

中が空洞の立体チョコレートってありますよね、あのような感じです。私の作品も、中は空洞なんです。

© IKUKO Iwamoto

イクコさんのYouTubeチャンネルを拝見しました。とても手の込んだプロセスで、驚きました。

モデルから鋳込み型を作る時が、1番大変です。きちんと分割しないと、モデルから外れないんです。鋳込み型から液体粘土を流し出す時も気を遣います。

YouTubeではスリップキャスティングについて大部分を解説していて、細かい部分もよくわかるように編集しています。ろくろ成形の動画は多いですが、スリップキャスティングについては少ないですし、私はパンの作り方も含めて何かにつけてYouTubeで情報を得ているので、陶芸に興味を持っている誰かのために自分も貢献しようと、2018年に始めました。今はプロジェクトが目白押しなので、少し休憩中です。

石膏鋳込み型の作業で、失敗はないのですか?

石膏を流し込んで鋳込み型を作る時や、液体粘土を鋳込み型に流し込む時も液体粘土が流れ出してしまったりして、失敗することがあります。鋳込み型から中の作品(レイヤー)を出す時も、タイミングが悪いと、うまく出てこない時もあります。

失敗した石膏は再利用できませんが、切り取って不要になった土や、うまく鋳込み成形ができなかった素材は全て再利用しています。

色を付けない白い作品が多いですね。

そうですね。テーブルウェアでフレンドリーな雰囲気を出すために、陶芸用着色材を混ぜたものでドット柄を描きますが、基本的に色のある釉薬には興味はありません。釉薬は1、2種類しか使っていません(多くの陶磁器は、釉薬をかけて仕上げてある)。ろくろでの成形はすごく楽しいですが、スリップキャスティングは形の自由度が高くて3Dの焼き物なら何でも作れるという点が魅力的です。磁器の素材自体は1色ですが、形を多様にすることによって1つの作品の中に明るさと彩度の差が生まれるので、そのモノトーンの色の変化、グラデーションが好きです。

作品のデザインは、スケッチしますか?

だいたい頭の中でまとめるので、スケッチはすごく簡単に描くだけです。寝る前と朝目覚めた直後の時間を1番大事にしていて、寝る前にいろいろ考えておくと、朝はいい言葉やいいアイデアが頭の中に降りてくることが多いので、それを日記に書き残しています。目覚めた時は、絶対に思考が研ぎ澄まされていると思うんです。

© IKUKO Iwamoto

ミクロな世界への興味

イクコさんの作品は、細胞のような直接見えないものを表現しているようです。

私の人生の初めての転機が、一緒に住んでいた曾祖母が幼稚園の時に亡くなったことでした。人間も死ぬんだということを実感しました。

死ぬことは生きることですよね。なんで人間は生きているんだろうって考え出したら、気持ちが世界の根源や宇宙に向いて、なんで宇宙は存在するんだろうって思ったのです。そのことに、ずっと思いを巡らせていました。特に寝る前は、「眠っている間、自分の意識は体から離れて宇宙とつながり溶けてしまうような感覚」に陥って、いつも怖かったです。

そうやってマクロの世界が気になり出したら、今度はミクロの世界にも興味がわいて、目に見えない世界に1番好奇心をそそられるようになりました。絵や写真で細胞のパターンなどを見て感動するので、作品もミクロの世界にインスパイアされていますね。最近、顕微鏡を買ったので、植物観察もしています。今とても興味があるのは素粒子(物資の1番小さい単位)です。素粒子の性質がわかれば宇宙がどう構成されているかがわかるそうで、私の小さい時の疑問が解けるかもと思うと鳥肌が立ってきます。

最近悟ったのは、マクロの世界とミクロの世界がつながっているように、小さい頃の大きい疑問だった「なんで人間は生きているのか、なぜ私はここにいるんだろう」ということが、自分にしかできないものを作って残すというアーティストとしての自分の存在価値とつながっているということです(笑) ろくろを初めてさわった時、やっと土(陶芸)に出合えたと感じました。自分のダークサイドを陶芸に昇華させてきたとずっと思っています。アートは私の一部ですね。

© IKUKO Iwamoto

イクコさんの作品は、実用品もアート作品も触れてみたくなる感じがします。

ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで「インクルーシブ・デザイン」というプロジェクトに参加しました。作品のサンプルを目が不自由な方や高齢者の方(握力が弱い方)に使ってもらって、意見を聞くというものでした。すごく貴重な体験でした。その方たちのアドバイスを受けて、さわって楽しめるテーブルウェアを作ってみたら、幸い、授賞させていただきました。それで、手ざわりを大事にしているんです。アート作品だとさわれないのですが、さわり心地が目で伝わるように表現することを大切にしています。

ヤングマスターズ・メイリス・グランド陶芸賞の受賞作「ダウンズパークの三日月(A Crescent in Downs Park)」(75 x 92 x 18 cm)も細胞のようで、とても神秘的です。

ダウンズパークは自宅とスタジオの間にある公園で、いつも園内を通ります。公園に積まれていた丸太が、ある日の夕方に見かけたら日中の姿とは全然違っていて、それにインスパイアされました。

ヤングマスターズ・メイリス・グランド陶芸賞の受賞作「ダウンズパークの三日月(A Crescent in Downs Park)」(75 x 92 x 18 cm)© IKUKO Iwamoto

フレームの中に、磁器、歯ブラシ、コイル状ケーブル、医療用注射針などいろいろな要素を取り混ぜて、1枚の抽象画として楽しめるように作りました。かなり複雑で内臓のようにも見えますね。公園の遊び場のようでもありますね。セロテープカッターは自転車をイメージさせるかもしれないですが、歯ブラシはアクセントとして使っているだけですし、公園の雰囲気から発展したイメージを形にしたので、三日月以外は特定のものを表しているわけではないです。私はパウル・クレーやヴィクター・パスモアといった抽象画家の作品にも強く惹かれるので、受賞作も含めた「フレームシリーズ」は抽象画の構成で作っています。

受賞作の注射針は緊張感のためです。鋭利なエッジを持つものは、驚くような緊張を与えます。作品の中にその緊張感があるのが好きなので、1つ1つ成形した磁器のスパイクをよく使うのですが、ほかの素材で似たようなものを探していました。磁器に鮮やかな色を塗ることはあまり好きではなく、この注射針の半透明な色は作品の雰囲気によく合っていると思いました。

コイル状ケーブルは、細胞内の螺旋状のものやミクロの世界の生き物のようなものを彷彿させます。コイル状ケーブルは個性が強いのですが、磁器と不思議と調和するので常用しています。

© IKUKO Iwamoto

かんな(木材を削るための工具)や木製道具箱と磁器のスパイクを組み合わせた「アンティークシリーズ」も、命があるように感じます。なぜ、木と磁器を組み合わせたのですか?

フレームシリーズで、拾ってきた木をたくさん並べた作品があります。木の自然なダークブラウン色と磁器の色がすごくしっくりして。先ほども言いましたが、磁器の白い色は実はモノトーンではなくて、光の当たり方によってグラデーションができるんです。古い木と白い磁器の組み合わせは、その照らされた部分と影の現れ方に限りなく近くて、フレームなしの作品でも作ってみたらきっと面白いのではと思っていた時に、ちょうど日本の実家に帰ったんです。それで、父の道具部屋でほしい道具を選んで、許可を得てもらってきました(笑)

道具を買うこともありましたが、父はとても器用で、道具をよく自分で作っていました。私の最初のアンテーク作品は、父の手作りの道具を使っています。父から価値あるものを受け継いでいると実感するメモリアルな作品となりました。

© IKUKO Iwamoto

自由に鑑賞してもらうことから、作家の主張が強く伝わる作品へシフト

イギリスに来て、材料と技法のほかに、日本との違いは感じましたか?

日本では、大学卒業と同時に坪井明日香先生(昨年、他界)に弟子入りしました。坪井先生は、男性の世界だった陶芸界で女性陶芸家の道を切り開いた方で、師匠が作られた女流陶芸展(公募展)に出品したりしていました。師匠の陶芸教室で、講師も務めていました。

イギリスに来たのは師匠の勧めです。私ではなく、まず両親に話をしてくださって。両親は賛成で、慌てて英語を勉強して2001年にロンドンに来ました。

日本との差は、カンバーウェル・カレッジ・オブ・アート大学(陶芸専攻)で、すぐに感じました。日本では、現在では変化しているかもしれませんが、当時は「作品の最終的なクオリティー重視なので、そのビジョンにできる限り近付ける方法を研究する」「作家のコンセプトが強調されるのではなくて、鑑賞者が作品を自由に感じたり理解したりという鑑賞の仕方が主流」でした。イギリスではコンセプト重視です。最終的な作品にたどり着くまでに、作家が、物とか歴史とか、ほかのアーティストや作品などからどういうインスピレーションを得て、どういうドローイングをして…と順序立てて、ロジック、コンセプト、テーマを説明しないと、鑑賞者の心には刺さらないという考え方です。

カンバーウェルの陶芸科が、工芸(応用芸術)よりもファインアート(純粋芸術)を重視する学校だったということもあるんですけど。でも、ほかにデザイン系の大学も進学候補だったのですが、そちらを選んでいたとしてもコンセプト重視だったはずです。たとえばテーブルウェア作品がたとえ完璧に仕上がらなかったとしても、そこに至った道筋について説明できないとダメだったでしょうね。

イギリスで、鍛えられたのですね!

すごく上手に説明できているかは、わからないですけど(笑) 言葉にするのは大事ですね。先日、コレクト・アート・フェアという展示会開催中にアーティストトークをやってと声をかけられて、自分の陶芸活動についておぼろげにわかっていたことを、きちんと言葉にしてみて再発見がありました。

私は、日本にいた頃、師匠に「イクコは、コンセプトを重視し過ぎている」と言われたことがありました。イギリスに来たことは、自分に合っていたのだと思います。

© IKUKO Iwamoto

作品によって、環境問題への関心も高めたい

今後の抱負をお聞かせください。

環境問題をテーマに作品を作っていきたいです。私の実家はミカン農家で、自然と共に育ちました。小さい頃、すでにソーラーパネルを使って、お湯を沸かしていました。野菜やお米も自作で、鶏を飼っていて卵も自給自足していました。魚は釣りに行って捕っていました。生ごみは全部畑の肥やしにして。近年注目のサステナビリティを、前からずっと続けてきた家族の生き方にはすごく影響を受けています。

アンティークシリーズの最新作の魚の作品は、環境問題を提起しています。「海からの幽霊(Ghosts from the sea)」と名付けました。日本では漁獲量が減っていて、底引き網漁が海底の生態系によくない影響を与えたり、食用の小魚を捕り過ぎたり、プラスチックごみによる海の汚染も原因だと聞きます。いつか、魚が食べられなくなるのではと心配になります。そういった環境問題について知っている人は多いと思うのですが、私の作品が、鑑賞した人たちの人生の中で1つの点として印象に残ってくれたらいいなと思います。

もう1つは活動の範囲に関してです。これまでは、ほとんどがイギリスでの展示なので、アメリカ、オーストラリア、香港などで国際的なアートフェアに参加したいですね。作品が売れないと活動を続けるのが難しくなりますし、国際的に活躍したいなと思って渡英したので。アートは努力が必ず報われる世界ではないですが、今やるしかないという気持ちですね。オプティミスティックに考えて、とにかく作り続けていこうと思っています。

© IKUKO Iwamoto


イワモト イクコ | 岩本幾久子  

YouTube チャンネル「IKUKO 100」では、すべて違う形の花瓶を鋳込み成形で100個作るプロジェクトを放映。現在、50個完成。鋳込み成形を解説していて、制作は非常に手が込んでいることがよくわかる。動画には、お子さんたちも劇をして出演している。


Photos by Satomi Iwasawa(一部提供 ©IKUKO Iwamoto)

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/