パリのバスティーユ広場近くにあるMAIFソーシャルクラブは、ソーシャルインクルージョンとサステナビリティをコンセプトにした小さなコミュニティーセンター。子ども連れも1人暮らしの高齢者も、あらゆる人たちに芸術的なプログラムにふれてもらおうと、2016年にオープンした。アート展や劇、シンポジウムで取り上げるのは、環境問題、動物と人間との関係、現代の見えにくい暴力、差別の意識といった社会的な問題だ。それらをわかりやすい形で見せ、訪問者たちに一緒に社会を変えていこうとアピールする。エコフレンドリーな製品を扱うショップやカフェ、図書室やコワーキングスペースもあり、1日に約250人が訪れる。

現在開催中のアート展「森の歌 成長する世界の響き」( Le Chant des Forêts, l’écho d’un monde qui pousse)は、森がテーマ。展示作品は10数点と少なめながら森の多面性をうまく表現しており、緑、茶、青、黒といった落ち着いた配色の空間は、どこかの実在の森の中を歩いている気分になる。この展覧会は、COAL協会の共同設立者Lauranne Germondがキュレーションを担当した。

COAL協会は、15年前に設立したアート関連の組織だ。「気候変動は世界の人々の生活に影響を及ぼしており、地球は社会的、経済的な危機にさらされている。文化も危機的な状態にある。したがって、文化を気候変動の解決方法として活用しながら文化を救う」という理念を掲げている。フランス全国で数々のアート展を開催したり、世界中のアーティストを対象に賞金付きのアート賞「COAL賞」を授与したり、毎夏「ニュイ・デ・フォレ」という全国規模のフェスティバル(森をもっとよく知るためのイベントを各地の森で開催)を催すなど広範囲に活動している。

森の中の秘密

最初のエリアは、森が生きている様子だ。私たちは、森が大切だということは知っている。しかし、森について知らないことはまだまだあるのではないだろうか。

鮮やかな緑色は草の塊だ。森林のキャノピー(林冠)という部分を表現しているという。林冠と聞いて、どの部分かわかるだろうか。木々の枝葉全体の部分を指す樹冠ではない。林冠とは、高い木々の枝葉の上面部分のみを指す。直射日光を受ける林冠には多様な動植物が生きており、地上に降りてこない動物もいるため、特別な生態系と見なされることもある。この作品の素材はリサイクルした布だ。布を使った作品を作り続けているÉmilie Faïfは空からしかアクセスできない林冠を足元に置くことで、鑑賞者に空を歩いているようなチャンスを与えている。

森の中に茂っているように深緑色の草が壁を覆っている。そこに、黄色い筒を見つけた。覗いてみると植物のスケッチが見えた。映し出される様々なスケッチはどれも、根が詳細に描かれており、言わば透視した地下の世界だ。これらのスケッチは、オーストリア人研究者4人が作成した。約40年に渡ってヨーロッパの様々な森を訪れ、1000以上の植物の根を描き出した。

森には、数多くの鳥も隠れている。ここの空間には、それらの声が響いている。ポーランドとベラルーシにまたがるビャウォヴィェジャの森の鳥の歌だ。ビャウォヴィェジャの森はヨーロッパの最後の原生林と言われ、東京都23区の約2.5倍の面積を持つ。自然の音のサウンドライブラリーの制作に携わってきたFernand Deroussenは、本展のためにその広大な森に出かけ、鳥の声を録音した。ヤマシギ、ウタツグミ、モリムシクイ、クマゲラなど夜から夜まで丸1日に聞こえた鳴き声が楽しめる。

ここには、写真家Thierry Cohenが撮影したビャウォヴィェジャの森の写真も展示されている。

壁に留まっているのは、Florian Merminがモミの木をリサイクルして作ったクモ。フランスでは毎年クリスマス用に580万本のモミの木が伐採され、使用後は捨てられる(回収される)。Merminは街でモミの木を拾ってきたが、彼が伝えたいのはエコロジカルな姿勢だけではない。人間はモミの木を好んでクリスマスに使い、短期間のうちに価値がないものと見なして捨ててしまう。その無意識のように行っている極端な行為にも焦点を当てている。また、クモは害虫を駆除し、生態系の維持に欠かせない役割を果たしているにもかかわらず、その姿が恐怖を感じさせるために嫌われてしまう生き物だ。クモと人間の関係が切れてしまったかのような現状に、やはり、動植物に対する人間の見方や理解の仕方が身勝手なものではないかと問いかけている。

アーチ型の木の彫刻は、大木の幹にも小屋にも、また洞穴のようにも見える。これらの枝は、Tatiana Wolskaが森で見つけた。彼女は、常にリサイクル素材でオブジェを作るアーティストだ。このオブジェは、昔の人たちが野生動物の危険から身を守った場所、政治運動家たちが身を隠した場所を象徴しているという。森は、いつの時代も様々な人たちを受け入れるのだ。

メルヘンの森

次のエリアは一転して、暗い。謎に包まれた森の様子だ。森は童話や伝説の舞台となった場所で、追放者、魔女、オオカミ、霊など、人に嫌われたり恐れられたりするものも存在している。

ここにあるのは、人間のような動物のような不気味な雰囲気の手(ブロンズ製)と、グリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」に出てくるお菓子の家も想像させる、不吉が漂う家(粘土の焼き物)だ。この2つは、クモを作ったMerminの作品。現実と想像が入り混じっている作風だ。

もう1つはFélix Blumeによる映像作品だ。熱帯雨林は、類まれな生物の宝庫。そこに住む人たちが、ヘッドホンで森の鳥や動物たちの声を聴いている様子が流れている。住人たちは、その音声の中に、謎の生物「キュルピラ」の声も聞こえると言う。どこかに潜んでいるキュルピラに会った人は二度と戻ってこないと言われ、住人たちはキュルピラがどんな姿かを自由に想像する。

木々を守れ~地球の青さを強調

青い色が目立ったエリアも、印象的だった。青い色は自然の色、そして地球の色でもある。

子どもがコンクリートの床を壊し、大地にオリーブの木を植えている。環境問題のことを考えた未来のための行動だ。瞳には、この木の成長を誰にも邪魔させないという強い意思が表れている。青い皮膚は、ガラスのビーズ。ビーズは、アーティストのBeya Gille Gachaにとって非常に大切なもので、ほかの作品にも使っている。母親がカメルーン出身で、子どもの頃から、アフリカの伝統工芸のビーズ細工に囲まれて育った。青は高貴さ、精神性、永遠などを象徴する色で、人間の尊さを表現する意味で青を選んだ。この作品は、ブルキナファソの革命的な元大統領トマ・サンカラ(享年37歳)へのオマージュでもあるという。サンカラは、アフリカの砂漠化と森林破壊に立ち向かい、わずか4年で1000万本以上の植林を行った。

Romain Berniniの3枚の絵には、木の生命があふれている。Berniniは、人間が他の生物より優れているという上下関係の考え方を捨て、人間も自然もすべて大切にしていこう、木々は人間のように地球上で主役にもなると示唆している。

人間によって破壊される森

最後のエリアは、失われた森に対する悲しみと森への畏敬の念を表している。

Thierry Boutonnierが作ったチキンナゲットの山と鶏の羽は、鶏肉と鶏卵の大量消費に目を向けさせる。動物福祉を向上するにはバタリーケージでの飼育をやめ、環境を守るには餌となる大豆栽培のための森林伐採を減らさなければならない。自然環境と調和するため、人間は日々の食生活についてももっと真剣に考える時が来ている。

もう1つ、菌類(キノコ)を材料にした迷路のようなインスタレーションも破壊をテーマにしている。ペルーの熱帯雨林では、アブラヤシ(パーム油の原料)栽培のために大規模な開発が進んでいる。このインスタレーションは、その森林の地下に広がる菌糸と植物や木々の根のネットワークを強調している。人と人とが携帯電話、コンピュータ、テレビ、拡声器といった様々なコミュニケーションツールでつながっているように、森の生物同士もつながっている。ペルーの女性アーティストグループFIBRAが制作した。

MAIFソーシャルクラブのスタッフによると、本展はとても人気で、来訪者は後を絶たないとのこと。パリでも自然や環境保護への関心が高いことが改めてうかがえた。ふらりと立ち寄ったこの小さい展示は、心休まるひと時だった。


Photos by Satomi Iwasawa(一部提供)

Le Chant des Forêts, l’écho d’un monde qui pousse 

2023年7月22日まで 入場無料

■ COAL協会  


岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/