サウジアラビアの第2の都市であるジッダ(Jeddah)にて、イスラミック・アーツ・ビエンナーレ(Islamic Arts Biennale)2023が開催中。今年の1月23日に開幕したビエンナーレはイスラム美術に特化した世界初の取り組みである。

サウジアラビアを核としたイスラム芸術の世界

サウジ文化省が設立した団体で、ビエンナーレを主催するディルイーヤ・ビエンナーレ財団(Diriyah Biennale Foundation)の最高経営責任者(CEO)は、初回開催においては自国の才能を育て、プラットフォームを提供することに特別な重点を置いていると同時に、ビエンナーレは国内外のアートコミュニティが、イスラム芸術の多様性について新鮮で示唆に富む視点から刺激を受ける舞台であるとコメントする。

40名以上の参加アーティストの約半分がサウジアラビア出身、約4分の1がモロッコ、チュニジア、エジプト、タンザニア、南アフリカなどのアフリカ地域出身、残りがパレスチナ、クウェート、バーレーン、レバノン、パキスタン、バングラディッシュなど中東アジア地域出身という構成。アーティストの作品のほかに、サウジアラビアの関連機関が保管する200以上の工芸品が展示されている。

ビエンナーレの開催地はキング・アブドゥルアズィーズ国際空港の西ハッジ・ターミナル。ジッダは、イスラム教徒の巡礼地であるメッカの最寄り空港で、巡礼客を最大8万人収容できる専用ターミナルがハッジ・ターミナルである。ビエンナーレ開催にあたって約12万平米、5つの展示室、2つのパビリオン、そして一つの大きなキャノピー(天蓋)からなる会場が設営された。

ビエンナーレのテーマは、アラビア語で最初の家を意味する「Awwal Bait」。巡礼客が最初に足を踏み入れるハッジ・ターミナルを使用した展示会場が持つ意義と、初開催のイスラム芸術ビエンナーレのテーマが意図的に関連づけられている。

アートを通じて学ぶイスラム教の世界

会場内の主な構成は、「Qiblah(聖なる目標)」と「Hijrah(移動)」と呼ばれる2つのセクションからなる。Qiblahは、イスラム教徒の行い及び、それらの行いが個人及びコミュニティの形成においてどのような役割を持つかという点を探求する「内向の旅」だ。一方、Hijahはイスラム圏における移動とつながりに関するさまざまな解釈を探る「外向の旅」だという。

Sun Path, Rajab to Shawwal 1444, Civil Architecture
(Ali Karimi and Hamed Bukhamseen

Qiblahのセクションにある展示室では、イスラム教徒の行いを表現するような現代アートやインスタレーションを目にすることができる。そして、メッカから貸し出された貴重な工芸品も展示されている。そしてハッジ・ターミナルを象徴する大きな天蓋の中に広がるHijahnセクションにおいては、訪問者は自由に歩き回って世界各地に広がるイスラム教のネットワークを体感することができる。

Parts of a Quran manuscript with portions of the text of the Holy Qur’an from chapter 5 Al-Ma’ida to chap

会期中は117のワークショップや25以上のパネルディスカッションなど、さまざまなイベントが開催。アートコミュニティだけではなく、一般客から子どもまで楽しめるような設計となっている。

アフリカ系アーティストの活躍

ビエンナーレのキュレーターチームはサウジアラビアの研究者及び考古学者のサード・アルラシェド(Saad Alrashed)、イスラム芸術と建築を専門とする建築家兼歴史学者のオムニヤ・アブデル・バー(Omniya Abdel Barr)、米国スミソニアン・インスティテュートの国立アジア美術館名誉会長を務めるジュリアン・レイビー(Julian Raby)、そして本ビエンナーレのアーティスティック・ディレクター、ロンドン大学(University College London:UCL)の建築学部(通称バートレット)の名誉教授であるスマヤー・ヴァリー(Sumayya Vally)だ。ヴァリーは、南アフリカのヨハネスブルグを拠点におく建築事務所、カウンタースペース(Counterspace)の代表でもあり、彼女はアフリカ及びイスラム圏におけるデザイン、研究、教育実習の分野で活躍する。

ヴァリーは、カンヴァセーションのインタビューで、1800年代に欧州によって定義され、イスラム教の信仰の外の世界で構築されてきたイスラム芸術の領域だが、今回のビエンナーレはイスラム圏における日常に敬意を表すとともに、現在として未来に向けたイスラム哲学に焦点をあてるという試みだと述べた。同時に、イスラム教やイスラム慣習や伝統がクリエイティブ領域において世界に貢献するという点も重要だと彼女はいう。また、アフリカ系アーティストの参加に関しては、イスラムの多様なあり方について貢献する役割を果たしていると彼女は考える。

Key to Kabah II (2020) – Adel Al Quraishi

中でも印象的な作品『Amongst Men』は、南アフリカ出身のアーティストハルーン・ガン・サリー(Haroon Gunn-Salie)のものだ。彼の名前は南アフリカのイマーム、アブドゥラ・ハロン(Abdullah Haron)に由来する。彼は、アパルトヘイトの批判家であった彼は、1969年警察留置所で殺害された。彼の葬儀には4万人もの人が参列。アパルトヘイト政権に屈しないという意思表示を示したものだ。ガン・サリーの作品は、ハロンの家族の協力のもと、その葬儀の光景を再現するような作品で、アフリカや南アジアなどでイスラム教の男性が着用するクフィという名前のつばのない円筒形の帽子が媒体だ。1000個の白いクフィがそれぞれ天井から吊り下げられて空中に浮遊している様子は、ハロンが埋葬された墓場のシーンを想起させるものだ。

同じく南アフリカ出身のイグシャーン・アダムス(Igshaan Adams)による、ケープタウンのイスラム教徒が祈りの際に使っていたラグをタペストリー作品や、タンザニア出身のルブナ・チャウダリー(Lubna Chowdhary)による、無限大に拡張できる低い食卓という表現によって、イスラムの寛大さやホスピタリティを表現した作品も注目だ。

Salat al-jama‘ah – Igshaan Adams

会期スタートからの2週間だけで10万人以上の来場客を記録したというビエンナーレ。当初4月23日閉幕予定だったが、つい先日、その会期が1ヶ月延長され、5月23日までの開催となった。今回の成功が、2年後、4年後へとつながり、イスラム芸術の世界がさらに伝播していくという未来に期待したい。

Tazaamun – Digital Arts Lab (DAL) Lama bint Mansour and Mohammad Jastaniah


Photos courtesy Islamic Arts Biennale

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383