パリにあるサンキャトル(LE CENTQUATRE 2008年設立)は、地域の人たちに愛されている複合文化センターだ。センターに一歩入ると、熱気が伝わってくる。ダンスやジャグリングの練習をする多数の若者たちに加え、会話を楽しむ人たち、食事やショッピングをする人たちもいて、この場所が以前は市営葬儀場だったとはとても思えない。年間プログラムは演劇、コンサート、アート展、有機食品市、太極拳やダンスのクラス、子ども向けのアートイベントと盛沢山だ。この施設のおかげで、文化面の振興が遅れていた周辺地区に活気がもたらされているというのもうなずける。

3月末、このセンターで、ヨーロッパの有望な若手写真家たちを紹介する写真展「サーキュレーション(ズ)」(Circulation(s) festival)が始まった。今年で13回目を迎えた同展は、ドキュメンタリー写真からフィクションに至るまで、様々なスタイルで「時代の今」に迫る若い写真家の才能を称えながら、写真とコンテンポラリーアートの垣根をなくすことを目指している。

写真のメッセージを、社会に循環させよう

 
サーキュレーション(ズ)は、毎年2か月間、公募から選考したアーティストとフェスティバル側が招待したアーティスト約30~50人の作品を披露する。サーキュレーション(ズ)という言葉が表すように、各写真のアイデアやメッセージを循環させて社会に新しい流れを生み出し、未来に向けて新しい道を切り開こうというエネルギッシュなイベントだ。

サーキュレーション(ズ)には、設立当初から「パリを始めフランスのほかの写真展とは一線を画す」というコンセプトがある。それに基づき各作品のテーマや形式は自由で、大胆さと革新性が重視されている。しかし、テーマは自由とはいえ、毎年、応募作品には社会のマクロな面とミクロな面の様相が映し出されるという。アーティストたちが時代の観察者となり、いわゆる今年のトレンドなるものを見える形にしてくれるのだ。

今回の作品全体には、困難にしなやかに対応する力を意味する「レジリエンス」(resilience)が反映されている。新型コロナウイルス感染症は落ち着いたものの、ウクライナでの戦争は続き、地球環境も課題が山積みで、個人的なレベルでも社会的なレベルでも不安定になりがちだ。若いアーティストたちは「今そして未来へ向けてどう生きるか」を見つめ直し、自分の経験をテーマにしたり社会の苦悩に焦点を当てた作品を作った。では、以下、作品を見ていただこう。

作品の多様性が面白い 27作家から10人を紹介

●「Brutalism」/ GRONOSTAY Jojo

キノコのような美しい彫刻の写真が並んでいる。微妙なフォームの違いを発見して楽しんでいたが、実は、拡大したヒール(靴の踵)だった。GRONOSTAYは、ガーナの首都アクラにある世界最大級の古着市でヒールの数々を見た。その形から、アフリカにあるブルータリズム建築(コンクリートや鉄などの素材の質感を強調した、粗野な印象の様式)を連想した。壊れたヒールも、ヨーロッパで生まれたブルータリズム建築の広がりも、アフリカ大陸と西欧諸国との経済的、政治的、植民地的、文化的な交わりについて考えさせてくれる。

●「Floating View」/ AMMANN Cynthia Mai

スイスに住むAMMANNは、母の故郷ベトナムのホーチミン市(サイゴン)の現況を、現地の若者を通して浮かび上がらせる。社会主義国ベトナムでは、1986年の経済の自由化(ドイモイ政策)により経済成長が続いている。人口が激増し、モダンな建築がひしめく巨大都市はユートピアのようにも見えるが、若者たちは発展に希望を抱きつつもベトナムらしさが失われつつあることに憂いを感じている。そんな、若い世代の揺れ動く心情を捉えている。

●「85」/ WRONA Kinga」

2021年秋、スペインのカナリア諸島の1つラ・パルマ島で起きた噴火は溶岩流が発生し、85日間続いた。農地が破壊され、多くの人が家を失った。島民は戻り復興は始まっているが、うつ病や不安症、不眠症に悩まされている人もいるという。自然現象がもたらす社会的悲劇を表現している。

●「La sal se come la piedra」/ ROSS Pascual

「塩が石を食べる」というタイトルの作品は、スペイン南部のカディス湾に住む、労働契約を持たずに海産物や塩を売って生活している男女を描いている。近年、環境の変化により、海の生き物が激減している。しかし、ほかの仕事を知らない彼らは海産物を必死に探すことしかできない。自分たちの存在が、社会の重荷になっていると感じ始めているという。撮影に乗り気でない人が多かったが、ROSSは個人的な付き合いを少しずつ深めていき、数年かけて本作を完成させた。

●「Ottantuno」/ EMILIANI Isacco

イタリア語の81をタイトルにした本作は、EMILIANIと81歳の祖父の共同プロジェクト。7年もの間、2人は闇夜の中で不思議な木々の写真を撮り続けた。木々への2人の愛情が詰まった作品だ。EMILIANIは野生動物、そして人間と自然との関係性について撮影を続けている。

●「We want to know the truth about the balls」/ TYMONOVA Viktoriia

ジャーナリズムを学んだTYMONOVAは、空を飛ぶ火の玉について虚構を作り、陰謀論を表現した。その内容とは:科学者たちは火の玉は錯覚や幻想だと言うが、火の玉が社会に悪影響を及ぼすという秘密をつかんだジャーナリストが亡くなった。科学者たちは金をもらい、秘密を隠しているのだ! 作品の火の玉は照明器具で作り、顔もフィクションだ。

●「THE LAST BREATH」/ DELIA Katel

暗い部屋に飾られた地中海のインスタレーションは、美しい。同時に、地中海は悲劇的な場所でもある。ヨーロッパでのより良い未来を求め、この海を渡ったアフリカの人たちが命を落としている。本作は、それらの人たちへのオマージュだ。DELIAは、地中海で行方不明になったり亡くなった人の数を示した地図から着想を得た。彼女自身、家族で何度も移住しなければならなかった経験をしている。

●「Seascapes」/ CHRISTOFOROU Aliki

DELIAと同様、CHRISTOFOROUは地中海をテーマに選んだ。地中海は時に赤くなる。それは、ヨーロッパに渡ろうとして亡くなったアフリカの移民・難民の血の色であり、都市部の過剰な排水によって引き起こされる赤潮(微細藻類の増殖)の色だ。CHRISTOFOROUは、写真プリントの顔料の替わりに人の血液を使った。私たちに、地中海を違う視点で見てみようと促す。

●「We love plastic」/ GARCIA Ivan Puñal

プラスチックをテーマにしたこの作品は、「環境パラドックス」の描写だ。世界は、緊急事態に至っている気候変動に対応する一方で、汚染を引き起こす革新的なテクノロジー開発にも夢中だからだ。本作はAI作品であり、GARCIAは、AI作品は真の芸術か、人間が手掛けたものとAI作品を区別できなくなったらどうなるのかといった将来のアートが抱えるジレンマについても問題を投げかける。GARCIAはマドリード工科大学で建築を学び、ドキュメンタリー写真の修士号を持つ写真家だ。

●「BODY COPY」/ MORENO Mitchell

様々な男性たちのセルフポートレートは、すべてMORENO自身だ(各自がシャッターを握っているのは、MORENOが自宅で、1人で撮影したため)。MORENOは、ゲイやクイアの出会い系サイトにある文字広告のタイトル(「勝ち組のゲイが、スポ根男子を求む」など)を選び、それらの希望にぴったり合うような人々を体現した。多くのゲイやクイアは人前で本当の自分を隠してきたため、自分を撮ることは以前からアイデンティティーを保つために重要だったというが、物質的、デジタル的な文化に流されている今、オンラインにあふれているクイア的な男らしさというものは見せかけばかりなのではないかと疑問視している。

クイアであるMORENOは、長年、身体醜形障害と摂食障害に苦しんでいた。自分自身の写真を撮られることが恐怖で、それらの葛藤に向きあおうと本プロジェクトを始めた。

実際に訪れると楽しい!

筆者は今回初めて同展を訪れた。期待はあまり高くなかったのだが、見事に裏切られた。普段関心を持っていなかったテーマや世界を目の当たりにして新規性に驚かされたり、自分が置かれている環境と比較したり。サーキュレーション(ズ)は、間違いなく、パリでお薦めの写真展だ。

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Circulation(s) festival
   
サーキュレーション(ズ)・フェスティバルは、特に若い世代の写真の教育にも役立てていこうと、学校からの団体訪問を多数受け入れたり、小さい子どもを対象にした鑑賞プログラムも設けている。一部の作品はパリの地下鉄駅や図書館にも展示しており、サンキャトル以外でも存在感をアピールして市民を刺激している。

LE CENTQUATRE-PARIS  

入場無料、イベントは一部有料。
Circulation(s) festivalの通常入場料:大人は6ユーロ。


Photos by Satomi Iwasawa

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/