観光地として知られるモロッコ。新型コロナウイルスのパンデミック前の数字で、観光産業はモロッコのGDPの約7%を占めていた。また日本人にとっても、モロッコは観光地として人気があるアフリカ大陸の国の一つだ。在モロッコ日本国大使館の情報によると、パンデミック前、日本から毎年3万人前後の観光客が訪れていたとのこと。

モロッコ建築に見られるタイル細工や柄の入った陶器、タジン鍋、アルガンオイルなど、同国の代表的なデザインや食は、日本や世界に比較的流通している。欧州大陸に隣接し、欧州主要都市からのアクセスがよく、ビザなしで訪問できるのも観光地として魅力的だ。今回は、モロッコの主要観光都市マラケシュのアートシーンの一部を紹介する。

Photos courtesy of 1-54 Contemporary African Art Fair / Sutton

モロッコ人が主催する現代アートフェア

筆者は今回、アフリカ現代美術のイベント「1-54 Contemporary African Art Fair(以下、1-54)」に参加するためにマラケシュを訪れた。1-54はロンドン、ニューヨーク、マラケシュ、パリのそれぞれの都市で毎年開催されるアートフェア。アフリカの現代美術を扱う世界各地のギャラリーが集結し、さまざまなアーティストの作品を展開する。

1-54はモロッコ人起業家のトゥーリア・エル・グラウィ(Touria El Glaoui)が2013年にロンドンでフェアを開催したのが始まり。その後、2015年にニューヨーク版、2018年にマラケシュ版をスタートさせた。筆者は2018年、初めてのマラケシュ版フェアにも参加している。エル・グラウィは、アフリカ大陸の国、かつ自身のルーツであるモロッコでの開催に一際思い入れを持っていたというのが当時の印象だ。

エル・グラウィ自身は、もともとアート界ではなく、米国や英国でファイナンスや事業開発といったビジネス界での仕事をしていた。一方、彼女の父親はモロッコ内外で知られた画家、ハサン・エル・グラウィ(Hassan El Glaoui)で、父親の存在は彼女がアート界転身する大きなきっかけとなったようだ。また、祖父はマラケシュのパシャ(総督)を務めた人物ということもあり、エル・グラウィ一家はモロッコ、マラケシュにおける有力家系だと言える。

モロッコ開催の1-54は、ロンドン版やニューヨーク版のアートフェアよりも参加ギャラリー数は少なく、メイン会場のイベントは小規模ではあるが、会期中は、街中に点在するギャラリーや美術館でのイベントが開催され、海外から来たアート関係者にとっては刺激的なイベントだ。

また、アートフェアのメイン会場は、マラケシュで最も格調高いホテルの一つであるラ・マムーニア内。同ホテルは、パリのピエール・エルメや高級ブランドがブティックを構えるようなラグジュアリー空間で、オレンジの樹木やサボテンが目をひく、モロッコ式の庭園も空間の魅力の一つだ。

今回のフェアでは20のギャラリーが参加。60名以上のアーティストの作品が展開され、1万人以上が訪問したとのこと。ラグジュアリーホテルでの開催だが、イベント自体の敷居はそれほど高くなく、気軽に見て回ることができる。それぞれのブースでは、ギャラリーオーナーだけでなくアーティストと直接対話することができる。ギャラリー、アーティスト、コレクター、それ以外の訪問者が、それぞれ近い距離で交わるのが特徴的だ。

 

マラケシュのアートシーン

マラケシュ旧市街では、陶器、金属のランプや雑貨、絨毯、カゴ、革製品、木工品などといったクラフト雑貨を目にするが、マラケシュではアートシーンも楽しむことができる。

旧市街の西側に位置するグエリズ(Guéliz)地区はとくにギャラリーが集結する。1-54のアートフェア開催中の木曜日はギャラリー・ナイトが開催。ギャラリーの多くは通常でも夜7時までオープンしているが、当日はいくつかのギャラリーが開館時間をさらに数時間延長し、フェア参加者がギャラリー・ホッピングを楽しめるようなイベントが設計されていた。ギャラリーナイトでは、企画展示のお披露目なども行われた。

グエリズ地区で今回注目したギャラリーの一つが、今回新たに拠点をオープンさせたマルフーン・アート・スペース(Malhoun Art Space)。マルフーンは、モロッコの新興アーティストのショーケースを行うとともに、海外のアーティストのレジデンシープログラムを実施するプラットフォームとして活動を行ってきたが、今回、リアルな空間としてのギャラリーをオープンさせた。

マルフーンは、ギャラリーといっても、よくあるような白い壁やガラスのショーウィンドーに包まれた空間ではなく、古びたアパートに存在する。それぞれの2-3部屋あるアパートの部屋の空間を活かしつつ、絵画、写真、彫刻などミックスメディアのさまざまなアート作品が展示されている。オープンエンドな問いや余白が感じられる実験的な空間だ。

マルフーンは1-54の開催に合わせて、ギャラリーをオープンさせたが、今後、さまざまな改装を加えて、発展させていく構想だ。ギャラリーの共同オーナーの一人であるフィリップ・ヴァン・デン・ボッシュ(Phillip Van den Bossche)によると、未来構想の一つはアートスペースを会員制し、さまざまなアーティストやコレクターが集う場所にするというものだという。現在は、手付かずの状態だが、今後は屋上スペースを会員のためのラウンジにしたいという考えもあるようだ。

ギャラリー以外でおすすめのアートスペースの一つが、マラケシュ中心部から車で15分ぐらいの場所にあるMACAAL(Museum of African Contemporary Art Al Maaden Marrakech、アルマーデン・アフリカ現代美術館)だ。MACAALはゴルフ場やリゾートヴィラがある郊外の一角にあり、美術館というよりは大きめのギャラリーといったような空間。

筆者が訪問した際は、マダガスカル出身のアーティスト、ジョエル・アンドリアノメアリソア(Joël Andrianomearisoa)による企画展が開催。アンドリアノメアリソアは、さまざまな媒体を使い、黒を多用した彫刻的な表現を得意とするアーティスト。MACAALで開催中の企画展は、マラケシュにおけるさまざまな工芸品やマテリアルにインスピレーションを受け、彼が解釈するモロッコの工芸文化を考察するという試みだ。ギャラリー空間に、彼のダイナミックかつグラフィカルな作品が映える展示であった。

マラケシュは、モロッコの中ではもっとも観光地化した都市で、場所によっては観光客やお土産物を売る店に圧倒されてしまうかもしれない。だからこそ、美術館やアートギャラリーを訪問し、モロッコやその他のアフリカ・アラブ地域のアーティストの作品に触れることは、新しい刺激と発見につながるのではないだろうか。

さらに、マラケシュ以外にも文化の魅力に溢れる都市が点在する。たとえばマラケシュから車で3時間半ほどの首都ラバトにも国立現代美術館(Museum Mohamed VI of Modern and Contemporary Art)やヴィラ式のギャラリー(Villa des Arts)など、魅力溢れるアート空間に出会うことができる。モロッコ訪問の際は、食やショッピングだけでなく、さまざまなアートスポットを訪問し、同国の新たな魅力を開拓してみてはいかがだろうか。


Photos courtesy of 1-54 Contemporary African Art Fair / Sutton
Photos by Maki Nakata

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383