つくづく、コレクションとは面白いものだと思う。そこには一貫したテーマと美意識が必ず存在し、また必ず「残しておきたい」という収集主の強い思いが反映されているからだ。自分だけの密やかな楽しみのため、そして時に、まだ見ぬ誰かの未来のために。

『日本橋髙島屋開店90年記念 ていねいに美しく暮らす 北欧デザイン展』は、まさにその極致と言えるだろう。なんといっても、コレクションの主は、椅子研究家である織田憲嗣(のりつぐ)氏。「後世に残すべきもの」という学術的な視点と、その地の人々へのリスペクトと憧憬が、これほど見事に調和している展覧会も珍しい。

トイッカの鳥 オイバ・トイッカ フィンランド 1989~2011年 イッタラ/ヌータヤルヴィ

歴史と価値を伝える、ユニークな視点

まず学術的な視点は、言わずもがな。織田氏が長い年月をかけ(若いころは生活費まで犠牲にし)収集してきた約8000点から厳選された約300点が並ぶ会場には、「え、こんなものまで集めたの?」と驚くものも少なくない。

例えば歴史的な名作、デンマークデザイン界の巨匠であるハンス J・ウェグナーが手がけた「ザ・チェア」。名前からして正統派の威風堂々たる自信が伝わってくるこの椅子が選ばれるのは当然だが、なんと展示品の1つは世界に2つしかないプロトタイプだという。なめらかな曲線を描くこの椅子は、ほかにも籐張りや籐巻きなどのデザイン違いも展示され、展示点数からもいかにデザイン史にとって革命的だったかが伝わってくる。

さらにアルヴァ・アアルトの今も人気の傑作、「サヴォイベース」のガラス成形時に使われる、特大の木製吹き込み型まで登場。横に置かれたのは、これもまた使い込まれた木製のハンマーやサンダル(!)で、いったいどんな交渉をして手に入れたのか、その時相手は「なぜこんなものを?」と驚き呆れただろうか……。想像するだけでくすりと笑ってしまう。

もちろん、「レアもの」だけではない。北欧自慢のデザインのマエストロたち ―アアルトやウェグナー、ケアホルムにコッペル、カイ・フランクやヴィルカラまで― 総勢10名を一人一人丁寧に紹介している点からも、彼らの創造性を讃えているのがよく分かる。

また織田氏はもっと展示したかったと言うが、展示されている点数だけでも圧巻の、ずらっと整列する椅子たちもそうだ。織田氏による名作の5条件 ―優れた機能性、丈夫な構造、吟味された素材、最低25年のロングセラー、美しさ― をクリアした椅子たちは、一つ一つにしっかりと説明のキャプションがつけられ、「伝えたい」という持ち主の姿勢まで届けているよう。

ボーレ タピオ・ヴィルカラ フィンランド 1967年 ヴェニーニ

共感という、最高のオマージュを捧げて

そして、客観的な価値を語ると同時に、伝わってくるのが織田氏のパーソナルな「北欧の暮らし」への共感だろう。会場の最後で待っているのは、北欧の柔らかく繊細な光を、移り変わるライティングで表現したダイニングルームとリビングルーム。

夏の終わりに太陽と別れなければいけない北欧では、暗く長い冬に灯す光は、精神安定剤とほぼ同義語だ。光が直接目に入らないようデザインされた照明器具たちは、まるで心細いときに見るキャンドルの灯のような、安らぎを与えるもの。その下では、織田氏が実際に直近まで使っていたというテーブルを中心に、生活に溶け込むようにコレクションピースたちが展示されている。

会場にあるのは、億万長者の豪邸で祀られるようなオブジェではなく、生活になじみつつ華を添える展示ピースたち。それらに囲まれていると、織田氏が北欧のデザインの先になにを見たのか、おぼろげな輪郭が表れてくるよう。きっと、夕方には仕事を切り上げ、家族で囲むテーブル。性別や障害の有無も関係なく、いきいきと活躍できる社会。子供も一人の個人として尊重する視点。自然を尊び、日常でも取り入れたいと願う感覚。北欧デザインの先には、北欧の人々の生き方があるのだと、織田氏のこの言葉でも気づかされる。

「いいものは、私たちの振る舞いを決定づけます。つまり、ものは生き方を決定づけるのです」

美しい暮らしの、幕があがるとき

展覧会のタイトルにもあるように、1日1日を「ていねいに美しく暮らす」こと。それはきっと、美しい生き方につながる。慌ただしく過ぎる日々のなかでそんなのは理想論だと、一蹴しそうになるかもしれない。けれどやはり身体は正直で、あなたも展覧会会場のあちこちで、足が止まるはずだ。飴色の光沢を放つ椅子が、自分のダイニングルームにあったらどんなに素敵だろうと、頬が緩む。きっとそこには、草花を彷彿とさせる色合いの、あのボウルも映えるだろう。注いだスープからふわりと立ち上る湯気が、柔らかな北欧の朝のような照明の下で浮かび上がるはずだ……。

ここで、はたと気付く。この展覧会を訪れただけで、心に秘めていた理想の暮らしへの第一歩を、もう踏み出しているのではないかと。たかが「物」だが、されど「物」。人が思い描き、作りだし、使い込んだ物たちが今織田マジックにかかり、私たちへ「一緒に美しく暮らそう」と語りかけてくる。


Photos by 上原未嗣
(一部提供)

日本橋髙島屋開店90年記念
ていねいに美しく暮らす 北欧デザイン展

2023年3月1日(水)〜 21日(火・祝)
日本橋髙島屋S.C. 本館8階ホール
ご入場時間:午前10時30分〜午後7時(午後7時30分閉場)
※最終日3月21日(火・祝)は午後5時30分まで(午後6時閉場)

2023年4月20日(木)〜 5月7日(日)
ジェイアール名古屋タカシマヤ 10階特設会場

2023年8月9日(水)〜 20日(日)
大阪髙島屋 7階グランドホール