2月、ドイツのミュンヘンで、花をテーマにした祭典「フラワーパワーフェスティバル・ミュンヘン 2023」が始まった。10月までの8か月間、市内の至る所で展示やワークショップなど多数のイベントが繰り広げられる。
年間約30万人の入場者数を誇る美術館、クンストハレ・ミュンヘン(Kunsthalle München)は、フェスティバルのメインイベント会場の1つ。開催中の「花は永遠に(Flowers Forever. Blumen in Kunst und Kultur)」展は、アート、デザイン、ファッション、自然科学など、様々な分野から集めた、花に関するオブジェ約170点を展示している。本展のために特別に作ったインスタレーションもある。花は古代から現在まで、時には象徴や芸術作品の題材として、また時には商品として扱われてきた。そういった花の芸術・文化史を鑑賞しながら、花の多面性や重要性を改めて知ることができる。
市民が20万本のドライフラワーを提供
「花は永遠に」展の作品の中で、天井から吊るされたドライフラワーのインスタレーション「Calyx(花のがく…花弁の外側の部分)」は特に印象深い。イギリスのアーティスト、レベッカ・ルイーズ・ロー氏(Rebecca Louise Law 1980年生まれ)が、市民から集めたドライフラワーで制作した。
クンストハレ・ミュンヘンが、ドライフラワーの寄付を呼びかけ、市民たちは、飾っていた切り花や自宅の庭に咲いた花などをドライフラワーにし、同館に届けた。昨秋までに、予想をはるかに超えた、20万本以上のドライフラワーが集まった。
ロー氏は、「クンストハレ・ミュンヘンのスタッフたちと会ったとき、ミュンヘンで花を集めることができます!と言ってくれて。私は、ただオーケーと言ったのですが、本当に集まって、すごく驚きましたね。コミュニティーで花を収集して作品を作るプロジェクトで、こんなに大成功したことはなかったです」とドイツのテレビ番組で嬉しそうに語っていた。
作品作りにも市民が参加~共同が楽しい
市民の参加は、ドライフラワーの寄付だけではなかった。集まった花を銅製のワイヤーで結ぶ作業もボランティアを募集した。作業は、ミュンヘンの元屋内プールで、ロー氏と一緒に行われた。会場からは、普段なら捨ててしまう枯れた花をじっくり見てみたら、1つ1つの花が芸術的に感じられたという声が聞かれた(上記テレビ番組)。
花は1年がかりで集められた。ロー氏は自身の公式サイトに「この作品は、四季を表現しています」と書いている。バラやアジサイ、ホオズキなどお馴染みの花から、野に咲いていた花まである。これだけの花が市民から集められたのを目の当たりにすると、誰がどんな時にその花を見ていたのか(使っていたのか)、寄付されるまでの花のストーリーを想像してしまう。
ロー氏は、各々の花の持つストーリーを大切にしつつ、コミュニティーの人たちが集まって作品作りを手伝ってくれたことも貴重だと感じている。
「私はエリートたちのために作品を作るのではありません。みんなのために作るのです。自分の才能をほかの人と分かち合うことが、人生で1番大切なことだと両親に言われて育ちました。人と人をつなぐことが大好きで、みんなで1つの作品に取り組むことが楽しい。集まった誰もが、これは自分の作品だというふうに感じてくれたら嬉しいです。たくさんの人の手で作る光景も素敵で、大好きです」(花募集の際の動画 München im Blütenrausch より)
環境破壊を懸念しつつ、作り続ける
ロー氏は、自然の素材、とくにドライフラワーのインスタレーションを手掛けるアーティストとして知られている。人間と自然との関係への関心やサステナブルの意識は、若い時から強かった。アーティスト活動を始めた頃のインスタレーションでは、生花を、乾燥するまで展示していたという。見る人たちに、枯れていく花の表情を眺めてもらい、その美しさにも気づいてもらうのを意図した。展示が短期間のときは、展示から持ち帰った生花をアトリエで乾燥させて、次の作品に使っていた。鑑賞者が新作を見る度に、新しい体験ができるようにしたのだ。
こうして、20年以上に渡ってためた素材は膨大だ。それらを使い、ヨーロッパだけでなく、アメリカ、アジア、オーストラリアでインスタレーションを発表している。新しい花が必要な時は、家に近い場所でのインスタレーションでは英国ウェールズの山間部やフランス北部の小さい家族農園で育った花を使い、「Calyx」のように、離れた場所でのインスタレーションの場合は現地で調達する。
ロー氏のインスタレーションには、文学や名画、自然素材の治癒力や子宮、人生などのテーマがあり、花をカーテンやライトのように天井から吊るしたり、彫刻のように床に置いたり、ガラスケースに詰めて壁に飾ったりとスタイルは様々だが、どれもまったく見飽きない。枯れた花なのに、こんなにも生き生きしているように表現できるのは、まさに彼女の力量の成せる業。ロー氏は、作品を絵画として考え、各花を絵具に見立てている。
現在、ハワイでは別のインスタレーション「Awakening」が展示されている(昨秋から1年間展示の予定)。この作品には、全体の雰囲気に影響が出ない程度に、ハワイの海岸で拾ったプラごみも入れた。実際にゴミ拾いをして、海の汚染の状況に目を背けることができなかったからだという。制作ビデオでは、「私が作ってきたインスタレーションがいつか標本になって、昔はこんな草花があったよねと言うようになるのは絶対に嫌なのです。人間はお互いに助け合いつつ、地球を守っていく必要があります」とメッセージを送っている。
日本では、ロスフラワー(まだ使えるのに廃棄される生花)やドライフラワーへの関心が高まっており、それらを購入する動きが広まっている。枯れた花を使って作品を作るアーティストも増えている。ロー氏の作品も、「人間の生活に欠かせない花、そして自然全体を、もっと価値あるものとして扱わなくては。そのために、何をしなくてはいけないのか」と、私たちに静かに、しかし強く訴えている。
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■Die Kunsthalle München
「Flowers Forever. Blumen in Kunst und Kultur」
2023年2月3日~8月27日
■ 「Flowers Forever. Blumen in Kunst und Kultur」展の様子
(第2ドイツテレビZDF)
■Rebecca Louise Law
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Photos by die Kunsthalle München
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岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/