若手テキスタイルアーティストのヴァネッサ(Vanessa Barragão 1992年生まれ)は、生まれ育ったポルトガル南部の海岸地域で毛糸や布の作品を制作している。作品のサイズ、色使い、模様、技術とどれをとっても素晴らしい。彼女のタペストリーを初めて目にした時、作品に込められたメッセージは知らず、その美しさに、ただ見とれてしまった。「作品の材料は工場から集めた廃棄される予定の繊維」「汚染や温暖化が原因で減少しているサンゴ礁がモチーフ」という背景を知り、この人にインタビューしたいとますます思った。

サステナビリティの意識が加わった彼女のアートのファンは増えている。いつか日本に行ってみたいと言うヴァネッサが、アーティストになった経緯や作品に込めている思いをアトリエで語ってくれた。

CORAL GARDEN (2021) Photo by Pedro Sadio

子ども時代の工芸の趣味が、芸術へ

アトリエに制作中の作品がありますね。展示用ですか?

今年は夏に展示があることが決まっていますが、今、作っているのは受注品ですね。大企業や高級ホテルも含めて、個人の方からも、すごくたくさん注文をいただいているんです。こういった雰囲気の作品がほしいというご希望に沿いつつ、私からのメッセージも込めて制作しています。

装飾のテクニックは、小さいときにご家族から習ったそうですね。

祖母2人と母は編み物などをし、祖父は木で、父は木や石を素材に工芸作品を作っていました。私も妹も、小さいときから編み物をしていました。ハンドクラフトが身近にある環境の中で育ち、自然に工芸が好きになっていきました。

CORAL GARDEN (2021) Photo by Pedro Sadio

リスボン大学(学部と修士課程)では、ファッションデザインが専攻でした。「洋服をデザインする仕事」を目指したのですか?

自分の人形用に洋服をたくさん作っていて、洋服のデザインをしたいなと思うようになってファッションデザインを選びました。ファッションデザインは分野が広くて、勉強していくうちに特にデザインと布地(繊維)に惹かれて。でも、アパレル業界でファッションデザインをするのは気が向かなかった。繊維や生地を自分で作ったりしていたので自分の好きなことをとにかく全部組み合わせてみようと思って、今の作品のようなものを作ってみたらうまくいって。工芸品を、視覚的な美しさをアピールするアート作品にできるとわかりました。

祖母たちは、今の時代、編み物は趣味にしかならないと思っていたんですが、私は自分のメインの仕事にしたくて試行錯誤しました。その甲斐があって、工芸の技術に新鮮なイメージを与えて、工芸って素晴らしいんだと工芸の価値を伝えられるようになり、アーティストとして仕事を続けることができました。自分なりの道を見つけることができて本当によかったです。

今はデジタルの時代で、手を使って作ることに関心が薄い人も多いです。

工芸を時代遅れのようにするのは、もったいないと思うんです。工芸の良さは、何かを作る過程がメディテーションのようで、心を落ち着かせることができる点ですね。技術を学ぶこと自体が、心身の健康にもつながりますし。近頃は、自分の手を使って素材から作品を作ることをしない人も大勢いますが、「自分は一から何かを生み出せる!」という経験をするのは大切ではないでしょうか。

CORAL GARDEN (2021) Photo by Pedro Sadio

最初は、働きながら作品を作っていた

 
    
最初のアトリエは、ポルトガル第2の都市ポルトにあったと聞きました。

そうです。アトリエを持つ前は、ポルトの自宅のガレージでいろいろ作っていました。

工場で働いた経験もあるのですか?

はい。洋服とか家具とか、あらゆる物の製造工場が集まった地区がポルトガル北部にあって、ラグ(床に敷く敷物)の工場で、テキスタイルデザイナーとしてしばらく働きました。大学ではたくさん学んだけれど、実際の仕事がどうやって流れていくのかを、ビジネスの現場で身に付けたかったんです。とてもプラスになりましたね。

工場では、大量の残布・残糸が出ることを目の当たりにしました。それらはお金を払って処分されるんです。繊維製品の生産は、水を大量に使う点でも環境に影響を与えています。環境問題のことを考えたら、余った布や糸を利用したいと思うようになりました。それで、いろいろもらってきて作品の材料にし始めたら、材料がガレージに収まり切らなくなってしまって。アトリエを借りたのはそういうわけです。

これまで、いろいろな工場から集めたウールで作品を作ってきましたが、もう、20トン以上は使ったはずです。それらの廃棄を防げてよかったです。私の作品を見た人たちが、私が残糸をアップサイクルしていることに刺激を受けて、身近なことからエコ活動をするようになってほしいです。

育った場所にアトリエを移したのは、なぜですか?

企業からの制作依頼や、個人からの注文が次から次へと入ってくるようになって、仕事が増えました。ネットが発達してきて、どこにいても作品の受注や販売ができるし、大都市にいるより、ここの方が生活の質も高くて、制作にもっと適していると思ったからです。いい決断でしたね。勉強を終えた妹も一緒に働いてくれることになって、ここに移った頃は祖母たちも手伝いに来てくれました(笑) 今はスタッフも増えて、チームで働いています。

サンゴ礁の危機について、知らない人が多い

  

サンゴ礁がモチーフというのは、海辺で育った影響ですか?

ポルトガル南部の海には魚はたくさんいますが、サンゴはあまり見当たらないんです。でも、子どものとき、家族で、サンゴ礁がある海へよく旅行に行ったことが強く印象に残っています。潜って海の中を見ると、本当に感動しますよ。

色使いにも意味があるのですよね?

サンゴ礁の作品は、カラフルな部分は健康な状態のサンゴで、白は温暖化などのせいで白化したサンゴの様子を表しています。びっくりするかもしれませんが、少なくともポルトガルでは多くの人たちが、サンゴは白いと思っているんですよ。健康的なサンゴを実際に見たことがないので、私の作品を見て、「え、サンゴって白っぽいんじゃないの?」と言う方がたくさんいました。

みんな、海の環境の悪化が進んでいることを知らないんです。サンゴ礁が破壊されたら、人間の生活にも影響が出ます。地球環境の将来を守るためにも、実際に起きている問題についてもっと伝えなくてはと強く感じるようになりました。

LIVING CORAL IV INSPIRED BY A BEAUTIFUL, UNSPOILED, SANDY CORAL CAY (2021) 5m × 2.7m

サンゴ礁のほかに花や草の作品もありますが、動物も入れて作ろうと思いませんか?

動物はほとんどなくて、作るといえばサンゴですね(サンゴは植物に見えるが、実は動物)。植物に惹かれるので、植物全体がテーマです。最近は、サンゴ以外もたくさん作っています。

インスピレーションは、どんな時にわきますか? 散歩中とか?

散歩だと、作品のことをつい考えてしまうので、旅行が1番ですね。訪れた先に身を置いて、特に自然に耳を澄ませるとインスピレーションがわいてきます。色も形も、自然のすべてが刺激になります。コロナ禍でなかなか遠出ができなかったのですが、今年はまずノルウェーに行くことにしました。初めての国でとても楽しみで、オーロラが見られたらと期待しています。

あとはデジタルアートやアニメーションが好きなので、よく見ます。ファッションデザインとテキスタイルデザインの流れも、継続して追っています。でも、このアーティストのようになりたいという人はいないです。私にとっては、やっぱり自然が最大の創造の源です。

UNTITLED (2022) 2.8m × 1.9m

自分で気付いていなかった何かが、形になる

  

作品のためにスケッチを描かないそうですが。

特定のデザインを依頼された場合は、もちろんスケッチを描きます。でも、自分のために作るときは、スケッチはしません。1つの作品は出来上がるまで時間がかかります。日々の気分で使いたい色が変わることがあるし、次の週になって違う見方を思いつくこともあります。そうやって、自分の中から何がわきあがってくるかわからない状態で、自分の潜在意識と対話するようにして作っていきます。そうすると、たとえば、私の中にある疑問とか悩みとかの答えが見えてきて、それが作品に反映される。とても貴重なプロセスです。作品が出来上がって初めて、ああこんなものができたんだって思ったり、全然想像もしていなかったクリエーションになって、自分自身でびっくりすることもあるくらい。

ALGARVENSIS

作品はいつも屋内用ですね。でも、地元の依頼で、ジオパーク(大地の公園)内にあるローマ時代の石橋(Ponte Medieval de Paderne)に2021年に屋外インスタレーションを展示しましたね。何か違いを感じましたか?

橋のインスタレーションは、3か月間飾りました。ほかに、1週間でしたが、フェスティバル用にも屋外作品を作ったことがあります。

テキスタイル作品を屋外に展示するのは、とても難しいです。日光、雨、風のことを考慮しなくてはいけなかったので、作品の構造はいつもとは全然違うものにしました。繊維がダメージを受けないように、樹脂コーティングも行いました。いろいろリサーチしてやってみて自分の作品の可能性を広げることができて、すごく刺激を受けました。

また屋外作品の依頼があれば、手掛けたいですか?

はい、是非とも! リサーチは、いまも続けています。屋外のプロジェクトでは新しいことを発見できるし、新しいインスピレーションを得ることもできます。いつもの作品作りはクリエイティブですが、まったく別の方向性を切り開くとしたら屋外のプロジェクトは最適ですね。

PICOS DE EUROPA III PRIVATE COLLECTION (2022)


Vanessa Barragão

公式サイト:vanessabarragao.com
インスタグラム:@vanessabarragao_work
Facebook:@vanessabarragaoartist

Photos by Studio Vanessa Barragão
CORAL GARDEN (2021) Photo by Pedro Sadio

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/