遺跡の町ギリシャ・アテネの中心部から電車で20分ほど離れると、真っ青な海にたどり着く。人口16万人の、ギリシャ最大の港町ピレウス(Piraeus)だ。大型船が集まる広大な水辺は、国鉄や地下鉄のピレウス駅のすぐそば。駅を出た場所から見るだけでも、大型船のスケールの大きさに驚かされる。最近発表された統計によると、EU内の港の乗降者数ランキング(2021年)で、ピレウスは堂々の第3位だった。物資の輸送量も膨大で、世界の港の中で上位29位に入っている。

レジャーはアテネ内で事足りるため、アテネ市民がピレウスに行くのは、南方の海に浮かぶクレタ島など近郊の島々を目指して船に乗るときくらいだという。アテネ経由でそれらの島々を船で訪れる国外観光客にとっても、ピレウスは単なる通過点になりがちだ。しかし、灯台下暗しで、この港町にも見所はたくさんある。

電車の駅から海辺へ

最初のおすすめスポットは2つの地下鉄駅だ。1つは150年前に蒸気機関車鉄道として歴史を刻み始め、発展を続けてきた地下鉄M1のピレウス駅(地上駅)。1920年代に作られた黒いメタルとガラスのエレガントな建築様式は、まさに1枚の絵だ。アテネから来る電車用とアテネへ向かう電車用の2車線のみの小さい駅だが、しばらく自分がそのレトロな空間の一部になっていたくなる。一方、昨年10月にオープンした別の地下鉄のピレウス駅(同駅を含む3駅が完成し、ピレウスとアテネ国際空港が直通になった)は最新の設備が整っていて、真新しい雰囲気に満ちている。

海をのんびり眺めて楽しむには、駅周辺からバスやトラム(路面電車)に乗って東側へ行こう。小さい円型の2つの湾、ゼア(Zea 以前はPasalimaniと呼ばれた)とミクロリーマノ(Mikrolimano)が徒歩10数分の間隔で並んでいる。

ゼアは700近く、ミクロリーマノは1000も停泊場があるといい、小型船や漁船が連なり、プロメナードをゆっくり歩ける。レストランやカフェ、バーも揃っているから、朝でも昼でも夕方でもここで一息つくことができる。

ずらっと並ぶ船と海のセットではなく、海そのものをもっと見たいなら、ゼア湾の端からつながるペイライキ(Peiraiki)地区の海岸沿いを歩くのもいいだろう(片道約40分の散歩道)。このエリアにも評判のいいレストランやカフェがいろいろある。

ピレウスで、王道のシーフードを

ピレウスで食事といえば、誰もがシーフード料理を思い浮かべる。ここは何世代にも渡り漁師の町として栄えてきただけあり、新鮮な魚には事欠かない。ミシュランの星付きレストランから安くて気軽に入れる魚類の食堂まで、あるレストラン検索サイトで探しただけでも170軒近くのシーフードレストランが表示される。

やはり、ここに来たならシーフード料理だ。どの店がいいか迷ったが、ゼア湾近くの魚屋で店先に食事席があったので入ってみた。ギリシャの国旗を思わせる青と白の配色に誘われた。ギリシャのランチタイムにはまだ早い時間だったが、店の主人が「いいですよ」と快く言ってくれ、食堂を独り占めできた。「うちは魚料理だけですよ」と主人が真顔で付け加えたので愉快に感じたが、その心遣いが嬉しかった。

この店は夫人が給仕で、娘さんが魚売り場で働く家族経営。地元の人たちが何人も魚売り場へ来ていたので、繁盛しているようだ。食事の時間帯には、食堂もきっと込み合うのだろう。注文したエビが主役のパスタは家庭的な味付けで、エビの鮮度は抜群だった。

モニュメントや教会を探そう

時間があれば考古学博物館や海事博物館を訪れるのもいいが、ピレウスでは散歩しながら印象的なオブジェを見つけることができる。ゼア湾に行ったら、アレクサンドラ広場(Pl. Alexandras)にあるアーチ型のメタルの記念碑もぜひ見たい。海を一望するこの広場に、2017年に完成した。第一次世界大戦から何年も続いたポントス地方のギリシャ系住民のジェノサイド(トルコにより約35万人のギリシャ人の命が奪われたという)のメモリアルで、ギリシャ人アーティストが制作した。

ポントスの住民たちが逃げたときに持っていた弦楽器、そのほか、錠、旗、井戸、教会の鐘、双眼鏡などの彫刻が苦難のシンボルとして両端の筒の中に詰まっている。作家自身は「見る人の位置によって変化する作品だ」と述べているといい、この美しい場所で、歴史上の悲劇についても考えるひとときを持ってみたい。

ほかに、引き寄せられるモニュメントといえば、教会だ。ピレウスの町を歩いていると、中心地でも海沿いでも、教会がそこここに建っていると気づく。どの教会も写真におさめたくなるようなユニークな建築だ。

噂のギャラリーで、旬のアートにふれる

ピレウスの新スポットとして話題になっている場所にも、足を運んでみよう。コスモポリタンなギャラリー3軒が、ポリデフクス通り(Polydefkous Street)という短い通りに登場し、アート愛好家を喜ばせている。この通りは、昔、「アテネのマンチェスター」と呼ばれた重工業地区にあり、工場や倉庫がひしめく。3軒とも、倉庫を改装して作られた。

2018年に、この通りに最初にやってきたのはロンドンのギャラリー、ロデオだ。その隣にあるのは、レバノンの首都ベイルートから来たギャラリー、カルワン。2020年にオープンした。ロデオは外からは中の様子をうかがえない作りだが、カルワンは前面がガラス張りで中が見える。この2軒は展示ルームの石の壁がむき出しになっていて、元の建物もアートとして見せている。

カルワンから少し歩くと、2019年にオープンしたインターミッションがある。インターミッションの展示ルームは木組みの天井と真っ白い壁で、外からの印象と屋内のギャップが特徴的だ。ロデオギャラリーの友人がオーナーだそうで、インターミッションは様々なギャラリーやアーティストとコラボしている。

筆者が訪れたときは、カルワンギャラリーで、アテネ生まれのポリーナ・ミリウ(Polina Miliou 1990年生まれ)の展示が開催されていた。ミリウはギリシャスタイルの古い椅子を蚤の市で見つけ、顔料と自分で作ったパルプ(紙の材料)を自由にくっつけて彼女のオリジナル作品に仕上げた。色は上塗りではなく、顔料の色だ。ミリウは明るい暖色系が好きだといい、今回の展示品はギリシャの島々(キクラデス諸島)の微妙な天気の移り変わりを表現したそうだ。ビデオゲームやアニメーションのキャラクターからもインスピレーションを受けているといい、愛らしい形のどの椅子にも個性が宿っているように見えた。

販売品(小さい作品でも価格は50万円ほどする)でもある作品に、ギャラリストが「ぜひ、どれでも座ってみてください」とすすめてくれて、いくつか試してみた。ちょっと特別な経験ができて、楽しかった。

なお、この3軒から10数分歩いたところにもお洒落なギャラリーがある。地元で育った男性が、父親の所有していた工場を改装して2015年にオープンしたDLギャラリーと2軒目のENIAギャラリーだ。現代アートを扱っている。

ピレウスは、早足で回っても十分楽しめる。建築やアートが好きな人には、特におすすめしたい場所だ。


Photos by Satomi Iwasawa
(一部 shutterstock.com)

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/