スイスのバーゼルで毎年6月に開催される世界最大級のアートフェア「アートバーゼル」は、アート好きの間では有名だ。バーゼルは美術館がとても充実しており、アートバーゼル以外の期間も存分にアートを楽しめる。

デジタルアートに特化した美術館「Das HEK (Haus der Elektronischen Künste)」もその1つだ。小さい美術館ながら、進化し続ける多様なデジタル文化を体感できる場として人気がある。同館のコレクションは、主に1990年代半ばから現在までのスイス人アーティストの作品だ。国際的なネットワークにより国外の作品も展示している。同館が重視するのは技術的レベルよりも、作品が社会的な課題に関連しているかどうかという点だ。

緊急の環境問題について考える「Earthbound」展

Das HEKにて、2022年11月まで開催された「Earthbound – In Dialogue with Nature」展は、人間の活動と生態系との様々な関わりがテーマだった。国内外の著名なアーティストがデジタルで表現した世界は、声を発することはできないが、エコシステムがダメージを受けて苦しんでいることを想起させる空間だった。17作品のうちのいくつかを紹介しよう。

自然✖デジタル

展示の入り口を飾ったのは、フランスのアーティスト2人組Scenocosmeによる「Akousmaflore」だ。レセプションで「最初の作品にふれてみてくだい」と言われたため、その吊るされた観葉植物の1つにさわってみた。葉にふれたとたん、デジタルサウンドが鳴った。別の鉢の葉にさわると別の調べが聞こえた。同じ鉢の葉でも、力の入れ方を変えてさわると違う音が聞こえてきた。これらの植物は根のところにワイヤーを設置してあり、植物全体が人の存在を感知するセンサーになっている。

私たちの体は常に静電気を発生させており、植物がそのエネルギーの流れに敏感に反応する仕組みだ。テクノロジーによって「言葉」を発するようになった植物を目の前にして、鑑賞者は、人間と自然とのインタラクションが一気に深まったと感じるはずだ。

日常生活では植物が人間の動きに音で反応することはないが、自分では感じなくても、人間は自然に影響を与えている。そのことに改めて気づき、人間は自然環境をもっと守るべきではないかとScenocosmeは人々に問いかけている。本作は、2007年以来、フランスを中心に多数の国で展示を重ねている。

「Beyond Human Perception」も、植物の反応に焦点を当てている。このビデオインスタレーションは、あるアクティビティを2つの観点から2つのビデオで見せている。そのアクティビティとは植物と人間を観客にしたライブ演奏で、1つはコンサートの様子、もう1つは演奏中の二者の反応をデータ(球体)で可視化したものだ。

María CastellanosとAlberto Valverdeの2人は、植物の変化を即座に検知するセンサーを開発し、それを使って演奏の間、植物の反応を記録した。人間の方は脳波を計測した。数回のセッションを行い、二者の反応を比較したところ、植物も人間も音楽に対する反応がとても似通っていることがわかった。人間と自然がいかに密接にかかわっているかを考えさせられる作品だ。

3:58から終わりまで、二者の反応が球体で見られる(左が植物、右が人間)

ラトビアのアーティストであり研究者であるRasa SmiteとRaitis Smitsは、森と気候の関係を視覚化・音響化した「Atmospheric Forest」を制作した。現実空間の点群データ(注)をVR(バーチャルリアリティ)で見られるようにしたもので、スイスにある森(松の木々)を撮影し、木々が発する排ガスと、長期間の水不足の影響を受けたこの場所との相互作用パターンを明らかにした。

映し出された森は多彩だ。香りの成分は黄色、樹脂の量はオレンジ、気温は青から赤への幅、湿度はグレー、土壌の水分は緑のグラデーションなどで表わされている。

木は光合成によりCO2を吸収して酸素を作り出すと同時に、人間と同じように呼吸し、酸素を吸収してCO2を排出している。通常、CO2は排出するより吸収する量の方が多いが、気温が高過ぎる場合は光合成の機能が弱まり呼吸が活発になるため、CO2の排出量が増すという。また森林火災が起きれば、木々が含有するCO2が放出される。それは、CO2の吸収場所である森が、一転してCO2を発生させる場所になる(*)ことを意味する。極度の乾燥は、森林にとってストレスなのだ。

(*)点群データ:3Dのレーザースキャナーによって計測する、点が集まった情報。地上で、またはドローンなどで空から測定して情報を取得する。建設業界、文化財の研究分野などで活用されている。

(*)森林がCO2の発生源に:こちらの記事参照 

動画は、作者のサイトで閲覧可

動物✖デジタル

「The Jellyfish」は海が舞台。以前、DIRECTIONで紹介した、VR作品「HanaHana 花華」で知られるMélodie MoussetがEduardo Fouillouxと作った別のVR作品だ。ヘッドセットをつけた鑑賞者は水中にもぐり、たくさんのクラゲと交流することができる。交流の方法は視線と声だ。クラゲを見つめると、クラゲが近づいてくる。声を出すと声音によってクラゲの色や大きさ、クラゲ同士の距離が変わる。クラゲを見ず、黙っていれば、クラゲは鑑賞者から離れていく。

遊びながら、他の生き物とのつながりを感じられる作品だ。海の汚染も早急な解決を要する問題だ。こういった海に住む生き物たちのためにも、私たちは海を汚し続けてはいけないと感じた。

Alexandra Daisy Ginsberg作の「The Substitute」は、AIによって、実物大のサイのピクセルアート(ドット絵)が、本来の姿に変容していく様子を映している。このサイは絶滅の危機に瀕しているキタシロサイだ。2018年春にキタシロサイの最後のオスが死に、今後の自然交配が困難となっている(亜種のミナミシロサイはまだ数万頭はいる)。仮想空間を歩き回るキタシロサイの歩き方や声は、Richard Policht博士による研究映像を基にしており、まるで、動物園で本物のキタシロサイを見ているような気持ちになるだろう。

バイオテクノロジーの分野ではキタシロサイをなんとか創造(再生)しようとしているらしいが、Ginsbergは、「たとえそれが実現したとしても密猟や開発は終わらず、サイを守れないのではないか。このビデオインスタレーションが、絶滅する種の代わりになるかもしれない」と考えている。

地殻✖デジタル

Sissel Marie TonnとJonathan Reusの「The Intimate Earthquake Archive, 2016- 2022」は、珍しいインスタレーションだ。変換器を搭載したベストを着て、人工地震を体験できる。用意された地震は震度2.7~3.6の8つ。すべて、オランダ北東部でのガス掘削に起因する地震で、オランダ気象研究所などのデータが基になっている。また、これらの地震を体験した人たちの体験談も集めたという。

Sissel Marie Tonn, Intimate Earthquake Archive, 2016-2020, Installation view ≪Earthbound≫, 2022, Esch2022, Möllerei, Fhoto: Franz Wamhof

1986年に起きた2.8の地震がCの円柱、2018年の3.4の地震がHの円柱といったように、吊るされた石の円柱の1つ1つが各人工地震の発信源となっている。円柱に接近すると地震の情報がベストに送られて、ベストから揺れを体感する(会場にはヘッドホンも用意されていた。着用すると会場の音が遮られ、人工地震に集中できた)。

この作品は、こういった開発は本当に必要なことなのかという疑問から生まれた。


■HEK (House of Electronic Arts)
Earthbound – In Dialogue with Nature 


Photos by Satomi Iwasawa
(一部提供)

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/