まさしく芸術の秋にふさわしいアートの催しが、ドイツ、オーストリア、スイスのドイツ語圏3か国で静かな人気を集めている。秋から翌年にかけて毎年開催される「アートスーパーマーケット」は、「アートでハッピーになる」「すべての人のためのアート」「アーティストも満足」をモットーに、手頃な値段で本物のアートを買えるイベントだ。彫刻や写真もあるが、主に絵画を販売している。各会場には数千に及ぶ作品が並ぶ。
最初のアートスーパーマーケットは、24年前にドイツで開催された。以来、ベルリンを始めとしたドイツの主要都市、オーストリアのウィーン、そして、バロック様式の建築で有名なスイスのソロトゥルンと広がっている。
出品者は、作品を美術館で展示したりギャラリーで販売してもらっているアーティストも含め、創作を仕事にしている人たちだ。アートスーパーマーケットでは作品の定価があり、1枚およそ1万円から5万円まで4つの価格帯(69、129、249、359ユーロ)に分かれている。出品者は各価格帯につき最低10枚、計40枚以上を制作し、それらはスーパーの陳列棚を模した「陳列箱」で展示される。1人1箱で、各自のプロフィールが添えられている。通常の販売ルートとは異なるため、全体的に安価だ。
絵には興味があってもあまり買わない、という人たちはたくさんいる。そんな人たちが、気に入った作品を気軽に購入できるのがアートスーパーマーケットの利点だ。自分用だけでなく、気の利いたクリスマスのプレゼントを買えるチャンスにもなっている。出品するアーティストにとっても潜在顧客に出会える場所となり、喜ばれている。
実際は、どんな様子なのだろう。11月初めから、第23回目のアートスーパーマーケットが始まったスイスのソロトゥルン会場で、オーガナイザーのペーター-ルーカス・マイヤー(Peter-Lukas Meier)氏に詳しい話を聞いてみた。
ソロトゥルンではすでに第23回目となりましたが、マイヤーさんは1回目から運営をされているのですか?
はい、そうです。ドイツのマールブルク(メルヘン街道沿いの学生が多い町)で、ドイツで初めてのアートスーパーマーケットが開催されて、マールブルクの友だちを通じてそのことを知りました。同じことをスイスでもやってみようかなと思って始めて、今に至っています。
元々、アートスーパーマーケットはスペインで開催されたそうで、マールブルクでやってみたら盛況だったのです。スペインでは、もう開催されていないはずです。
このホールは落ち着きがあって、素敵な雰囲気ですね。
ここは私が設立した文化的なイベント企画会社が所有する場所で、12年前からアートスーパーマーケットの会場にしています。アートスーパーマーケットの期間以外は、コンサートや劇を催したり、誕生日パーティーなどのイベントにも使われています。スイスでは場所探しが難しく、開催地をソロトゥルンからほかの町に移したくなかったので、以前はこの近くで、場所をいろいろ変えて開催していました。
準備が大変そうですが、ソロトゥルン会場では、どのくらいの人たちがかかわっているのですか?
ソロトゥルンには、10人の裏方がいます。
いま、開店時間の14時を回ったところです。さっそくお客さんが来ていますね。
そうですね、開店と同時にいらっしゃる方もいます。週末は人でいっぱいになります。開催初日から数日間は、今年の販売品を早く見たいからと、ものすごい賑わいです。若い人たちも沢山来ますね。宣伝に力を入れていて、テレビや新聞でも取り上げてもらっていることも手伝って、近隣からだけでなくスイス全国から来ていただいています。来客数は正確に数えていませんが、目積もりで、毎年だいたい3万人が来ていると思います。作品のクオリティーが高いので、ギャラリストが来て買っていき、自分のギャラリーで売ることもあるんですよ。
4つの価格帯以外に大きい絵(高いものだと80万円など)もありますが、みなさん、購入するのですか?
はい、購入されていきますよ。大型作品はアーティストが自分で価格を決めることができます。
たくさん売れるのは、やはり1番安い価格帯ですが、ほとんどの方は数枚買っていきます。ただし、ここに来たからといって必ず買う必要はないんですよ。気に入ったら買えばいいのです。ギャラリーだと、ギャラリストお薦めの作品を買うことになるわけですが、アートは人に評価されているから買うものではなく、基準は自分であって「自分がいいと思った」ということが大事なのです。
1人最低40枚という出品規定は、アーティストたちにとって、なかなかハードだと思うのですが。
応募していただいたら最初の審査があるので、それが第一のハードルですね。ソロトゥルンでは、毎年500人以上の応募があります。そこから150人を選びます。応募の際は、こんな作品を出品しますという画像を送ってもらいます。次に、選ばれたアーティストたちに実物を1点送ってもらって最終選考します。
コピー品は売らない約束なので、最低40枚のすべてを1枚1枚仕上げて唯一無二のものにしてもらいます。5年以内の制作品はよしとしていますが、できるだけ直近に描いたものが好ましいです。ほかの開催地と作品を交換して販売することもあります。
何度か出品したことがあるアーティストもいますか?
はい。でも、出品したことがないアーティストを紹介し、千差万別の作風が一堂に会することが目的の1つなので、アートスーパーマーケットの未経験者も選ぶようにしています。ギャラリーだと売れそうなものを選んで置きますが、ここでは違います。地味な作風や東洋的なモチーフなど、一見、あまり買い手がないような作品も置いています。売れなかった作品は、終了後にアーティストに返却します。
売り上げの配分はどうなっているのですか?
アーティストたちと私たち開催側とで、半分ずつ分けます。アーティストは出展料などを一切払わなくてよいので、実入りがいいです。自分で個展をオーガナイズすれば、場所代や宣伝費、オープニングパーティー費など追加の費用の負担が大きいですから。アートスーパーマーケットで100万円以上の利益を得るアーティストも珍しくないです。
美術館関係者やギャラリストの中には、作品を山積みにして破格で提供するアートスーパーマーケットの存在を歓迎していない人もいると聞きました。
そういう意見もありますね。でも、コンセプトが違いますから。アーティストやはり自分の作品で収入を得ることが必要ですから、アートスーパーマーケットはいいチャンスになっています。
今後はどういうふうに発展させていきたいですか?
いい作品を販売し続けることが大切だと思っています。スイスは小さい国で、2番目の開催地を開くにはマーケットが小さ過ぎるので、ここで続けていきます。また、家にある古い絵をここに持ってきてもらい、アーティストがその絵をベースに新しい作品に作り直すというキャンペーンも行っています。これは、とても好評でした。絵の販売だけでなく、こうした新しいアイデアも取り入れていきたいです。
—
■スイス・ソロトゥルン アートスーパーマーケット
第23回目は2022年11月4日~2023年1月8日
■ドイツとオーストリア アートスーパーマーケット
—
Photos by Satomi Iwasawa
—
岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/