新型コロナウイルスの感染大流行は、私たちの生活を大きく変えた。人と会うことが減り、デジタルとのかかわりが増え、自然の中へ出かける機会が多くなった。日々の過ごし方が変わる要因は、感染に限らない。気候変動や、格差の拡大、急速な都市化の進行も影響を与えている。この数年、以前よりたくさんの人たちが自分と周りの人や物との関係について考えたり悩んだり、何かを学んだりしてきたはず。
そういった背景を踏まえ、9月から、デンマークのモダンアート、工芸、デザインのための美術館「トラフォルト」で、人間と世界との関係性を再び見直すアート作品を集めた「コネクト・ミー(CONNECT ME)」展が始まった。人と人、人と自然、人とデジタルの関係の意味が作品を通して伝わってきて、鑑賞する人たちは自分について深く考え、これまでとは違った世界とのつながり方を見つけることができるかもしれない。
同美術館の第3弾目の展示
トラフォルト美術館は、デンマーク南部の港湾都市コリングにある。多数の傑作を残した有名な同国生まれの建築家・デザイナーのアルネ・ヤコブセン(1971年没) https://arnejacobsen-time.jp/about.html のサマーハウス「キューブフレックス」も敷地内にあって美術館訪問者に公開されており、展示と並んで、コリング市の観光のハイライトになっている。
関係性に焦点を当てた今回のコネクト・ミー展は本美術館のシリーズ企画で、2017年の「イート・ミー(eat me)」、そして2019年の「センス・ミー(sense me)」に続く第3弾目だ。
第1弾のイート・ミーは食がテーマのアート・デザイン展で、一緒に食事をとっている人との関係から食の環境への影響までが五感を通じて体験できた。第2弾のセンス・ミーでは、音、香り、色、形が私たちにどのような影響を与えるのかに焦点を当てた。世界を感じるということが何を意味するのかを再認識させられる作品が並んだ。
今回のコネクト・ミーにあるのは、国内外からの17作品だ。少しセンセーショナルな印象が見え隠れする作品もあるが、「人間、自然、デジタル」とのかかわりを一風変わった形で見せられると、「私たちは生活の中で固定した見方や考え方を持ちがちだ。もっと五感を使って考えていかなくてはいけないのでは」という気持ちも沸き起こってくる。
では、いくつかの作品をお楽しみいただこう。
人と人の関係
「Skin Hunger」
たくさんのビデオが並ぶ部屋に入ると、各画面に映し出された密接な体のふれあいの様子にドキッとするだろう。映っているのは、写真、ビデオ、パフォーマンスで表現活動を続けるアメリカのJamie Diamondと抱擁のプロたちだ。アメリカやヨーロッパでは、性的な関心を目的とせずに知らない人たちと一定時間抱き合う有料ワークショップや、トレーニングを受けた抱擁のプロに1対1で抱擁してもらう有料サービスが広まっている。抱き合う相手が異性の場合も同性の場合もあるが、肌と肌のふれあいが少なくなっているいまの時代に、お金を払ってでも、抱きしめる感覚や抱きしめられる感覚を味わいたい人たちがいるのだ。
Diamondは、自分で抱擁セッションを体験した様子を公開することで、特定の人だけでなく、実は、誰もが生身の人にふれることに飢えているのではないかということを暗示している。抱擁は、心や体にポジティブな影響をもたらす。「抱擁サービスは、安全なスペースで抱きしめてもらい、また、人を抱きしめることができます。信頼できるインターラクションで、力を与えてくれる経験なのです」と来館者たちに力を込めて語りかけていた。親しい間柄の人とであれ、見ず知らずの人とであれ、抱擁することに関心を向けさせられる作品だ。
「Turning Pentagonal Mirror」
Olafur Eliassonは光のインスタレーション等で名を馳せているアーティストだ。日本でも個展を開いている。五角形の鏡の空間は、そこに入った人に、あらゆる方向から見えるその人自身を可視化してくれる。あらゆる方向から見えるというのは、他人の視線で見えているということだ。日常生活の中で私たちが自分の姿を見るのは、鏡で正面から、また自撮りするときくらいだろう。
そうした自分の姿は、自分の一面に過ぎない。自分の姿は実は一定的ではなく、状況(時と場合)によって違っているということが体験できる。
人と自然の関係
「Horisontal」
幅11メートルのスクリーンに、生きている松の木の上から下までの全体像が映っている。この木を見たら、単なる大木を大画面に映し出しただけと思うかもしれない。だが、じっくりと見てほしい。背の高い木々は、普段、私たちの目の位置からは見えていない部分も多い。そこには風がそよぎ、小動物もいる。隣の木とは、違う動き方をしている。この映像は木を人物のようにとらえ、木の様々な表情を1つのドラマとして伝えているのだ。
作者のEija-Liisa Ahtilaは、温暖化の問題で自分の生き方が変わったという。「人間の世界には、人間以外にも生き物が存在しています。人間を中心にとらえるのではなく、それらの生物によって人間はどう定義されるのかということを考えてみてほしいです」とコメントしている。
「Quilt for the children of compost」
デンマーク出身のCamilla Reymanのキルティングは、茶系とオレンジの2種類の布が互いに溶け合っているようだ。茶系は、2か月間、デンマークで地中に埋めておいたもので、ミミズが穴を開けた跡や土の水分の跡がついた。オレンジは、Reymanが中央アメリカ・パナマのジャングルに滞在したときに手に入れた土のピグメントを使って染めたもの。土は人間が作り出すような色や模様を、人間の手を借りずに作り出すことが可能だということを表現した。
また、距離は離れているが、同じ土というエレメントがもつ生命力をつなぎ、身近な自然は世界の自然とつながっていることを象徴しているとも感じられる。
Reymanは様々な表現方法を用いながら、自然や人間の周りにあるものを支配している人間の(傲慢な)立ち位置に気付いてみようと鑑賞者たちに常に問いかけている。
「INSECARE」
この部屋には、銅とネオン管で表現された2種類の生物がいる。昆虫と人間だ。昆虫の骨格・変幻自在な様子の彫刻群は異様に巨大で、なにもここまで大きくしなくてもと感じるが、その見方こそが、人間は、小さくて、ときに気味悪い印象を与える昆虫も「地球上で極めて重要な存在だ」と関心を向けていないという意味なのだ。昆虫の存在を脅かすことは、生態系全体を脅かすことでもある。作者のAstrid Myntekærは子宮を巨大化したオブジェを並べ、昆虫も、人間と同じく生命の誕生を繰り返して子孫を残している存在であり、自然界の多様性にいま一度コネクトしてみようと訴えている。
人とデジタルの関係
「Cat’s Cradle」
Lilla LoCurto & Bill Outcaultが作った糸でつながれた白い人形は、動く彫刻だ。AIによって、鑑賞者の動きを取り込みながら動く。とはいえ、その動きは、静止しているギリシャ彫刻とリンクするように穏やかだ。人形は鑑賞者の動きを単に真似たり、単純なパターン化された動きをするのではなく、人形と対面した鑑賞者たちとのかかわりから学習を重ね、ユニークな動きを作り出す。人形(機械)とのかかわりには、予測できない不安定さがあるということを示している。
なお、この人形は世間(西洋世界)で完璧だとされる体型ではない。作者のサイトによると、あえて完璧といえない体型にすることで、現代社会のジェンダー不平等や年齢による偏見を反映したという。人と人とのかかわり方についても考えさせられる作品だ。
人形が動いている様子はこちら:
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■「CONNECT ME Human x Nature x Technology」
2022年 9月24日~2023年8月13日
紹介ビデオ(「Skin Hunger」「Horisontal」の映像が見られます)
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岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/