昨春、韓国・釜山市にオープンした自動車メーカー現代(ヒュンダイ)の現代モータースタジオ釜山は、コンセプトカーやデザイン全般を展示するスペースだ。現在ここで、カーボンニュートラルな時代に生きる未来の最初の世代に向け、生活環境の新しい形を提案するアート展「ハビタット・ワン」が開催されている。

本展は、人と地球上のあらゆる生命体が共存することを改めて強調し、テクノロジーを取り入れた「有機体」としての作品を目の当たりにしてもらおうと企画された。イギリスと韓国の2つの建築事務所が出展した5点は、どれもインパクトがある。

本展でとくに注目したいのは、ロンドンのエコロジックスタジオが手掛けた藻を使った作品だ。

ecoLogicStudio – Tree One ©Yoon, Joonhwan

秘められた力を持つ藻

カーボンニュートラルの実現を目指し、世界ではCO2の排出量を削減しようと様々な試みが進められている。その1つとして、陸上の植物と同じように光合成を行い、空気をろ過する(CO2を吸収する)海の藻も大きな注目を集めている。近年、陸上よりも海中の植物の方が効率よくCO2を吸収して、炭素として固定することがわかってきたためだ。

最近、日本でも藻場を増やす動きが見られるが、エコロジックスタジオは藻をデザインの分野で生かそうと、藻を使ったオブジェや建築を作り続けている。

藻は、アートになる

展示会場の1階から2階にかけて立つ大型彫刻は、本展のために特別に制作した「ツリー・ワン」だ。高さ10メートルもある大木で、四方向に延びる太い根、四角柱の幹、上方向に広がるバランスのとれた樹冠がオリーブ色のグラデーションを放っている。樹冠は、25㎡にわたる日影を作ることができる。木の構造は、AIによって設計した。

ツリー・ワンの材料は紅藻(青緑色をしている)を原料とした生分解性ポリマーで、4台の産業用ロボットと20台の大型3Dプリンターで各部を作り、会場で組み立てた。幹の所々に見える緑色の筋はガラス管に入った藻類で、ガラス管は幹のひだによって支えられている。

この人工の木は本物の成木と同じように光合成を行うため、幹と樹冠自体、そして8本のガラス管の藻類がCO2を取り込んで酸素を放出する(藻の活動は、人工照明でも可能)。

エコロジックスタジオの共同設立者のクラウディア・パスケロは「現代の技術は、自然界との融合を前提として進歩していかなければなりません。AIや人工生命とが、私たちの未来を作る重要な要素になってきています」と言い、マルコ・ポレットは「ツリー・ワンは、カーボンニュートラルな、新しいテクノロジー時代の幕開けを示すものです。これからは、現代のデジタルとロボットのインフラを利用して、生きた建築物を創造する、言い換えれば成長させる時代です」とコメントしている。  

エコロジックスタジオは、ツリー・ワンのほかに、藻を使った「H.O.R.T.U.S. XL アスタキサンチン.g」と「フォトシンセティカ・ウォーク」の2点も展示している。

ecoLogicStudio – Tree One ©Yoon, Joonhwan

ツリー・ワンの横に置かれたH.O.R.T.U.S. XL アスタキサンチン.gは3Dプリンターで作った白いブロックで、繊維のような細い隙間がある。丸い突起がたくさんあり、いかにも有機体らしい。コケのように見えるのは、ゼリー状にしてブロックに注入した藻類だ。その外形から想像がつくように、光合成を行う海中のサンゴをイメージしてデザインした。仕組みは、ツリー・ワンに似ている。H.O.R.T.U.S. XL アスタキサンチン.gも光合成による代謝により、放射線を酸素とバイオマスに変換する生きた彫刻だ。H.O.R.T.U.S. XL アスタキサンチン.gは、もともとパリのポンピドゥー・センターでの展示用に制作したもので、東京の森美術館でも展示したことがある。

ecoLogicStudio – Tree One ©Yoon, Joonhwan

フォトシンセティカ・ウォークは、建物内に光合成システムを取り入れていくことをシミュレートした遊歩道だ。窓際に、スピルリナなどの藻が入った42本のガラス管(光合成リアクター)が飾られている。これらのガラス管の藻は空気を浄化する以外にも、遮光性があることから室内の温度上昇を抑える機能も果たしている。また、藻の美しい緑色が人々に安らぎを与えることも実感できる。

期待大の藻の活用

藻は応用範囲が広い。食品にも、カーテンにもなる。生分解性ポリマーとして使い、部品や小さいオブジェを作ることもできる。エコロジックスタジオは、藻入りの管を設置した子どもの室内遊び場も作っている。今後も、刺激的な藻のアートや藻の建築を紹介してくれるだろう。

陸上の植物をふんだんに使った室内外の空間設計は、いま、日本でもかなり進んでいる。今回の「ハビタット・ワン」展が見せてくれるように、藻が空間デザインに普通に使われ、ごく身近な存在になる日は近いのではないか。 

ecoLogicStudio「BIT.BIO.BOT」 ©Marco Cappellett

ecoLogicStudio「AirBubble」 ©Maja Wirkus

ecoLogicStudio「Air Bubble air-purifying eco-machine」 ©NAARO


■「Habitat One」展 
2022年7月7日~2023年1月8日 
入場無料 

ecoLogic Studio 


「Habitat One」photos © Yoon, Joonhwan

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/