4月14日から10月9日までの期間、2022年アルメーレ国際園芸博覧会(The International Horticultural Exhibition Floriade Expo 2022、略称フロリアード)が開催。フロリアードは、1960年のロッテルダム初開催以降、10年ごとにオランダ各地で開催されてきた世界最大級の国際園芸博覧会だ。7回目となる今回の開催地は、オランダの首都アムステルダムから電車で30分の場所に位置する近郊都市、アルメーレ。海抜マイナス5メートルの埋立地にあるアルメーレは、1976年に成立したオランダで最も新しい都市だ。

6ヶ月の会期中、約200万人の来場者を見込んでいるフロリアードだが、アルメーレ市にとっては単なる国際イベント誘致以上の意味がある。フロリアードの開催跡地は、緑豊かで健康的な未来の都市を体現するホルタス(Hortus)地区として再開発される予定だ。実際に訪問してみると、フロリアードはいわゆる万博開場にありがちな、仮設建築ばかりのアミューズメント・パークのようなものではなく、また園芸博という名前から想起されるような花と緑の祭典でもなく、これからの都市の暮らしが体感できる空間であった。

フロリアードが体現する緑の都市とは

今年のフロリアードのテーマは「Growing Green Cities」。日本パビリオン出展の窓口である農林水産省などが展開する日本の公式サイトに掲載されている日本語訳は「成長する緑の都市」だが、英語のテーマには、緑の都市の促進、緑の都市を育むといったような、より能動的なニュアンスが込められていると筆者は理解している。このテーマの傘下には、「Greening the city – more greenery(都市の緑化)」、「Feeding the city – improved food supplies(都市の食料供給改善)」、「Healthying the city – more conscious living(より健康な暮らし)」、「Energising the city – smarter energy supplies(エネルギー供給改善)」という4つのサブテーマが存在。このサブテーマを見るだけでも、フロリアードが単なる花と緑の博覧会ではなく、未来に向けてのより積極的な都市構想の提案であることが伝わってくる。

サブテーマの1つである都市の緑化は、文字通り、樹木を増やす取り組みだ。樹木園(arboretum)は、フロリアードの区画計画にとって重要な位置付けをなす。前述の通り、フロリアードの跡地は、新たな住宅地として再開発される予定。そのためフロリアードは、住宅など今後の開発構想を想定した設計があらかじめ組み込まれている。街の設計において重要なのがグリーンスペースの確保。フロリーアードでは、グリッド状に区分されたそれぞれの区画(plot)の周りに、4メートル幅の樹木帯が確保されている。閉幕後に仮設建築が解体され、その区画が住宅など別の建物に再開発されても、グリーンスペースは存続するという仕組みだ。

また、樹木帯に植えられた木々も意図的なものだ。それぞれの樹木は、人々に「憩いの場」を提供するグリーンスペースというだけでなく、都市という文脈において特定の機能を果たす。それは例えば、気温上昇を抑えるといったものや、空気を浄化するといったようなものだ。さらに、選ばれた樹木は、ラテン名のABC順に並べられ、各区画に振り分けられている。

都市計画における都市の緑化は、地球の「健康」への配慮という面で不可欠だが、フロリアードのサブテーマにもあるように、当然、そこに暮らす人々の健康への配慮も重要だ。コロナウイルスのパンデミックの影響で、世界の都市に暮らす多くの人々が、地球環境への配慮について再考するととともに、自身の健康についても見直すようになった。具体的には、ウイルスをきっかけに自然と人間との共存というテーマを改めて考えることであったり、ロックダウンやリモートワークによるスクリーンタイム増加の反動で、緑や自然に触れることの心地よさを体感したり、自然溢れる田舎への移住を考えたりするといったことだ。緑や自然環境は、人々の精神衛生(メンタルヘルス)にとってもプラスに影響する。

同時に、健康な暮らしには、健康な食も欠かせない。今後、コミュニティ・ガーデンや家庭菜園が、都市の人々の健康な暮らしにとって、より重要な役割を持つことが予測される。また、地球環境への配慮から、植物由来原料を使用した食品(プラント・ベース・フード)への需要も今後ますます高まるだろう。フロリアードの会場には、巨大な温室の展示や、食とテクノロジーをテーマにしたパビリオンが展開していた。

テーマを体現するパビリオンとは

主要国が莫大な予算をかけてパビリオンを展開する一般的な万博とは違い、フロリアードにおけるナショナル・パビリオンの存在感は薄い。国ではなく、あくまでテーマが主体という印象だ。例えば、アルメーレ市があるフレヴォラント州(Flevoland)は、農業と食をテーマにしたフード・フォーラム・パビリオンを展開。パビリオンは、干拓地の肥沃な土地をファサードに使ったダイナミックな建築が特徴的だ。来訪者は、気球をモチーフにしたブース内で、VRの気球に乗ってフレヴォランド州の各地域を訪問。それぞれの農地・農業の特徴を学ぶことができる。パビリオン内のレストランでは、地域食材を利用したランチも提供されている。

他方、The Exploded View(分解図)と題されたパビリオンでは、地球に還元されるさまざまなエコ素材を使った「家」が体験できるようになっていた。ヘンプ(大麻)を活用した断熱材、キノコや海藻を活用した建築材、焼杉の手法を用いた壁素材などがエコ素材の一例。いくつかの素材は実験的なものだが、すでに実用化されている素材も少なくない。

よりエコな建築の未来を感じさせるようなパビリオンは、他にもいくつか存在した。例えば、アラブ首長国連邦のパビリオンでは、3Dプリントのコンクリートでできた世界一高いタワーとしてギネス記録として認められたドーム状の塔が注目を集めた。また、ナショナル・パビリオンが集結する地区の中心部に配置された中国のパビリオンは、竹素材をテーマにした庭で存在感を発揮。一方、日本のパビリオンは里山がテーマ。このテーマ自体は今回のフロリアードのテーマに呼応した「グリーンな暮らし」を提案するものであるといえるが、実際のパビリオンは、ステレオタイプ的な古き日本のイメージを再構築するようなものに感じられ、コンセプトの提示というインパクトや新しさに欠けるものであった。

都市開発の課題に対しての前向きな姿勢

フロリアード開催地は、いくつかの島で構成されている。フロリアード入口付近の中心地であるアーバン地区と橋で繋がれている2つの島が、ユートピア島とグリーン島だ。ユートピア島は、灯台が目印となっている細長い島で、緑とアートが融合した空間になっている。子供向けの小さな劇場があったり、アート作品が点在する小道があったりと、子供も大人も散策を楽しめるような設計だ。一方、グリーン島はまさに緑豊かな島。中心が森のような空間になっており、その周りに小さなパビリオンが点在している。街として再開発される際は、住民の憩いやレジャーの場として活用されることが容易に想像できる。

アーバン地区には、すでに街としての機能を果たす建物もいくつか存在。その1つが応用科学の高等専門学校(Aeres University of Applied Sciences)の校舎だ。この校舎の壁面は、植物やソーラーパネルで覆われ、サステナビリティを体現した建築となっている。また、現在はフロリアードの運営事務局として使用されているビルは、再開発後はアパートとなる予定だ。フロリアード開催地域は主要都市からの電車や高速道路で結ばれており、アクセスは便利ではあるが、地域内は基本的には歩行者優先のカーフリー(Car-free)が念頭に置かれたデザイン。クルマをなるべく使わない暮らしは、地球環境への配慮でもあり、徒歩や自転車などの使用を促進することは、人々の健康への配慮でもある。

フロリアードは、テクノロジーに溢れたSF的な未来都市ではなく、近未来におけるポスト・パンデミックの豊かな暮らしをイメージさせてくれる都市博だ。同時に、気候変動、都市化による住宅不足といった都市の課題に対しての前向きな姿勢を示してくれる空間でもある。フロリアードを訪問し、再開発で誕生する新しい街、ホルタスに住んでみてもいいかもしれないと感じる来場者は、筆者だけではないのではないだろうか。


Photos by Maki Nakata

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383