ミラノといえば、おそらく誰もが「ファッションとデザインの町」を思い浮かべるだろう。そんなミラノで、2022年4月初めの3日間、近代・現代アートフェア「miart」が開催された。作品の売買も行われるmiartは、今年ですでに26回目を迎えた。今回は150以上のギャラリーが参加。3分の2はイタリア国内から、3分の1が国外からと国際色が漂った。会場を埋めた個性あふれる作品の数々は、丸1日いても、見尽くすことができないほどだった。

ミラノに四半世紀も続くアートフェアがあったことは、筆者も最近まで知らなかったが、このmiartがアート業界で評判がよいということも初耳だった。

コロナ禍の収束の時期に

今年のmiartは、コロナ禍のデジタル版(2020年)、秋の開催(2021年)を経て、ようやく通常に戻ることができた。会場では、グリーンパス(ワクチン接種証明や検査の陰性証明など)の提示、マスク着用義務があったものの、ヨーロッパにおいて感染の被害が深刻だったイタリアでも3月31日で非常事態宣言が終了して感染措置が緩和され、明るい兆しに包まれていた。

脱コロナの生活を迎える解放感は、訪問者の多さに反映されているようだ。筆者が訪れたのは最終日の開場30分後だったが、すでにたくさんの人たちが来ていて驚いた。その後、来場者は目に見えて増えるばかり。初めてmiartに参加したギャラリストも「初日から人が多くて、今日は、昨日以上にこんなにたくさんの人たちが来ていて本当にびっくりしています。ミラノのアートフェアがこんなに人気だなんて知らなかったです」と話していた。来場者の中には、家族連れもたくさんいた。miartは家族で楽しめるイベントとしても定着しているようだった。

約10年前に人気が高まったアートフェア

miartは長い間コンセプトがあいまいで、近代アートの流れとともに、現代アートの最先端を紹介する見本市だとは受け止められていなかったという。そのため、多数の国外のギャラリーが離れてしまい、2011年には参加ギャラリー数が100以下に落ち込んだ。立て直しを図ったのは、ベニスで教鞭を取っていた建築家Frank Boehm 氏だった。氏は、ドイツ銀行(ドイツのメガバンク)のイタリアにおけるアートコレクションを任されていたこともあり、2012年のmiartではドイツ勢の参加が増えた。

Boehm 氏が打ち出した変革のアイデアは、展示方法を見直し、作品をセクションごとに展示することだ。例えば、Establishedは近代アートと現代アートをひとまとめにした本展の中心的な部門で、Emergentは有望な最新世代のアーティストたちの作品を集めた部門となっている。このわかりやすい展示方法のおかげで、2015年には150以上のギャラリーが集う(その半数近くが国外から)までに活気が戻り、生まれ変わったmiartはたった数年でイタリアの国際的なアートフェアとして注目を浴びるようになった。

今年のmiartは、3つに分けられていた。EstablishedとEmergent、そしてDecadesというセクションだ。Decadesは20世紀(1910年代~2010年代)を10年単位で区切り、10のギャラリーが各年代のアート作品を紹介する。年代による作風の違いがはっきり見えて、なかなか面白かった。

「Decades」セクション。各ギャラリーの看板に、「1920年代」「1940年代」など表示があり、わかりやすい。

miartに出展したギャラリーは、選考委員会によって精査される。作品自体も、作品の見せ方も各ギャラリーが工夫していたが、ギャラリー全体の配置はmiartのチームが構成していて、次のブースに移るたび、これも面白い、あれも訴えてくるものがあると夢中になった。

今回のmiartのディレクターは、昨年に引き続き30代後半のNicola Ricciardi氏が務めた。ミラノとニューヨークで学んだRicciardi氏は、キュレーターであり現代美術評論家としても国際的に活躍している。来年も、Ricciardi氏がmiart全体を取りまとめる。

若手アーティストのセクション「Emergent」

今回、筆者が最も楽しみにしていたのは、各ギャラリーが一押しする若手アーティストの作品を集めたEmergentのスペースだ。今年は20の国内外のギャラリーが参加した。

Emergentのセクションは、会場入り口に直結する場所に配置されていた。つまり、来場者はEmergentのゾーンを通り抜けないと、ほかのセクションのブースを訪れることができないようになっており、来場者がアートの最先端に確実にふれる仕組みだった。フレッシュな感覚に出迎えられ、新進気鋭の若手アーティストに声援を送りたい気持ちにもなり、入場してすぐに気持ちが高揚した。

以下、Emergentのギャラリーをいくつか紹介しよう。

まずは、パリのSans titre(2016)。アメリカ人の若手アーティストAlicia Adamerovich(1989年生まれ)と、数々の権威ある国際賞を受賞しているイタリア人アーティストEzio Gribaudo(1929年生まれ)のデュオ展だった。

Sans titre(2016)は初参加だったが、嬉しい出来事があった。miartではいくつかの賞を設けており、Emergentのセクションで最も素晴らしいプレゼンテーションをしたギャラリーも選ばれる。今回は同ギャラリーがこの賞に輝き、4000ユーロの賞金を手にした。受賞についてギャラリストに尋ねると「2人の作品は対照的に見えるが、非常にバランスが取れている」という審査員たちからの評価だったという。

Adamerovichは、物の擬人化をテーマとしている。ブースでは、吸い込まれてしまいそうな深い青系の絵画3点(2022年制作)と、ユーモラスな感じの木製作品を見ることができた。木の作品は、男性キュレーターが座っていた椅子、「氷山」というタイトルのテーブル、Gribaudoの絵を入れた黄色い額縁、「ランドスケープの目」というタイトルの小動物のような飾りだった。長年アートフェアで作品が発表されていなかったGribaudoは、1960年代の作品が中心で、木々をカラフルに描いた「キューバ」2点、白い紙に型押した「ワードパズル」などだった。

ミュンヘンのNir Altmanギャラリーもデュオ展だったが、こちらは趣味がまったく違う2人が一緒にいるような雰囲気だった。Josephine Baker (1990年、ロンドン生まれ)は、リサイクルの素材で大小の彫刻を作ったり、絵を描く。今回は「気象観測」シリーズと名付けた小型のオブジェで、想像上の風景を表現した。本シリーズは、ブースの1番手前に飾られた、波の形を切り取ったようなオブジェ「1階の洪水(3)」(2020年作)の続編として制作した。一方、Catalin Pislaru(1990年、モルドバ共和国生まれ)は線画だ。色味を抑えた作品もあるが、ブースではビビット系で統一していた。Pislaruは、物の性質や特徴を分析することに強い関心があるという。

同じくミュンヘン発のギャラリー、Sperlingはブースの壁が華やかでEmergentのセクションの中で目立っていた。青と紫の花畑のような空間に誘い込まれるように、次々に人が入って行った。作品は強烈だった。11点の絵画は、すべて、スコットランドのAndrew Gilbert(1980年生まれ)作。Gilbertは、大英帝国の植民地政策に関する出来事をモチーフにすることが多い。今回も戦争や、他国の人たちを搾取する様子を皮肉を込めつつ幻想的に表現している。描かれているのは、架空の人物や動物を擬人化したものだ。

ちなみに、アート市場をリサーチしているArtfact社の世界のアーティストランキング(キュレーターやギャラリストたちも参考にしているという)では、Andrew Gilbertも、先の「気象観測」シリーズのJosephine Bakerもイギリスのアーティスのトップ1000人に入っている。

グループ展を展開していたFitzpatrickのブースでは、フェミニンな雰囲気の作品が筆者の目を引いた。シルクの布を使った作品は南アフリカのAntonia Brown作。渋いゴールドの編み物(シルクの糸)は女性の体(乳房)を意味したといい、彼女の各作品にはパッと見ただけではわからない深い意味が込められている。

Alexandra Metcalfのオブジェは、怖さと愛らしさが入り混じったような不思議な作品だ。杖(ステッキ)を使った作品も多く手掛けている。Metcalfは1992年生まれで、ニューヨークを拠点に活躍している。

ロサンゼルスのMoskowitz Bayseのブースでは、Alexa Guarigliaの個展が見られた(1枚を除き、2022年制作)。同ギャラリーは今までヨーロッパのアートフェアに参加したことがなかったため、Guarigliaの作品はヨーロッパで初のお披露目となった。彼女の創作のインスピレーションは、女性らしさ、母性、レジャー、工芸、魔法だという。水彩絵具、ガッシュ(不透明水彩絵具)、インクを使った明るい世界は、「水曜日にやるべきこと」「火曜日の心情」「土曜日のサンドイッチ」などのタイトルからもわかるように、日常の情景の1コマを緻密に描いたもの。各絵に幾何模様が広がっているのが特徴的だ。壁に1枚飾っただけで、空間を和ませるようなエネルギーを感じた。

miartは、刺激的なイベントだった。ミラネーゼや観光客が「ミラノといえばmiartもあるよ」と言葉を交わし、この町がアートの発信地としても広く知られる日はそう遠くないと思う。


miart : the international modern and contemporary art fair in Milan 
 
毎年4月、世界最大規模の国際家具見本市「ミラノサローネ」の前に開催。要入場料。
miart 2022年度の様子は、こちらでも閲覧可。2023年は4月14~16日(3日間)の予定。
会場はFiera Milano City(地下鉄Portello駅の目の前)でアクセスしやすい。


岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/