2022年2月18日〜20日、南アフリカのケープタウンにて「インヴェステック・ケープタウン・アートフェア(Investec Cape Town Art Fair:ICTAF)」が開催された。パンデミックを受け、昨年はデジタルのみの開催となった同フェア。今年は、デジタル開催に加え、ケープタウン市内のコンベンションセンターにて、リアルな展示会が開催された。本記事では、ICTAFの特徴とともに、いくつかの出展者とアーティストを紹介する。
開催は今年で9回目
今年のICTAFは、アフリカ・欧米各地の20ヶ国から98の出展者が参加した。会場内は、アフリカ各国の現代アーティストによる美術作品を展示販売する各国ギャラリーのブースがメインだが、ほかにも、通常はオンラインのみで展開するギャラリー・アーティストをフィーチャーした空間、個展スペース、ショップスペース、非営利の文化施設や美術館が出展するセクションなどが展開。欧州のデザイン展示会などと比較すると大規模な展示会ではないが、さまざまなアート作品が溢れたダイナミックな空間は、何回かに分けて訪問するのが理想的だ。
会期スタート前日の17日は、コレクターや関係者向けのプレビュー・イベントが開催。夕方には人々が会場外に列をなすほどの盛況ぶりであった(入場にはワクチン接種証明もしくはコロナ陰性証明が必要で、マスク着用が原則)。人気作品には、プレビュー時点で買い手がつく。アフリカの現代アートは、グローバル市場においては概ね過小評価されており、数10万円規模の比較的手頃な価格帯の作品も少なくない。
会期中は、ケープタウン市内全体をアートウィークとして盛り上げるようなイベントも開催。会期初日、金曜日の夜は「ギャラリー・ナイト」で、市内各地にあるアートギャラリーがオープン時間を延長し、パーティーなどのイベントを開催。アートフェア参加者のために、ICTAFの会場と各ギャラリー間を結ぶシャトルサービスも提供された。ケープタウン中心街は、比較的小さく、徒歩でもいくつかのギャラリーを見てまわることができる。
新興アーティストが描く「アフリカ」
筆者がとくに注目したギャラリーの一つが、パリに拠点を持つギャラリー「AFIKARIS」だ。ギャラリーは、2018年にフロリアン・アッゾパルディ(Florian Azzopardi)が創設。「アフリカ」をインスピレーションとして活動を展開するアーティストに特化し、ディアスポラだけでなく、アフリカ大陸で活躍する名の知られていないアーティストの発掘・支援にも力を入れている。彼は、カメルーン訪問中に、一人のアーティストと出会い、彼の作品を広く紹介するためにギャラリーの設立を決めたそうだ。
アッゾパルディが出会ったアーティストとは、カメルーン・ドゥアラ出身、1989年生まれのジャン・ダヴィッド・ンコット(Jean David Nkot)。彼の作品のモチーフは、地域のコミュニティの人々。とくに、普段スポットライトを浴びることがなく、またその功績が讃えられることもない、鉱山で働く人々をフィーチャーした作品が特徴的だ。彼の作品にアイコンとして登場する車のバッテリーは、採掘される金属を体現したもので、レアメタルなどの金属採掘の背後にある、搾取的なグローバル経済、環境破壊などといった課題に対するメッセージを発信している。また、彼の作品は、等高線地図と都市の地図を融合したような独自の地図の背景と、「メッセージ発信」の意味を込めた切手のモチーフが使われているのも特徴的である。
「AFIKARIS」のブースでは、他にもガーナ出身の若手画家、クリスタル・ヤイラ・アンソニー(Crystal Yayra Anthony)の作品や、ナイジェリア人画家のマシュー・エグアヴォエン(Matthew Eguavoen)などの作品を紹介。アンソニーは、独学で絵を学んだ画家で、彼女はとくに自分の祖先の絵画の手法の研究に力を入れているという。具体的には、筆ではなく、指を使った技法を取り入れた作品などを製作している。彼女の絵画の題材は、ありのままの姿を見せる若い女性。モチーフは彼女自身の友人だそうだ。一方、エグアヴォエンの作品は、彼が日常を過ごすナイジェリアにおける政治・経済・社会環境に関する題材を、人物に焦点を当てた形で表現したものだ。具体的な手法としては、ファッション写真のようなグラフィカルな構図を用いる。同時に、その背景や文脈は、ファッション写真にありがちな空想的なものではなく、日常生活を反映したものに置き換えられており、彼の作品は、彼自身の自分自身の生き方や暮らしに対する恐れや問いを映し出している。
アンソニーやエグアヴォエンのように、ありのままの人々の姿や、日常生活をスナップ写真のように切り取ったような作品は、ICTAFの会場内でも存在感を発揮していた。ブルンディ生まれのベルギー系コンゴ人アーティストのバハティ・シモーン(Bahati Simone)や、ケープタウン出身のアヴィウェ・プラーチェ(Aviwe Plaatje)、フェニ・チュルマンコ(Feni Chulumanco)などの作品がその一例だ。美しいものをモチーフにした作品や、抽象的な現代アートではなく、リアルな人々の暮らしや日常生活を反映させた作品は新鮮味がある。同時に、若手のアーティストたちは、アフリカ各地におけるありのままの日常を描くことによって、アフリカ外で作られたステレオタイプ的なイメージを打破しようとしているようにも感じられる。
難しい課題に向き合うためのアートとデザイン
アートやデザインは、人々が難しい課題に向き合うためのツールとなりうる。例えば、非営利の財団が運営するギャラリー、「A4 Arts Foundation」では、クリスチャン・ナーフ(Christian Nerf)のパフォーミング・アート「Polite Force(礼儀正しい軍隊)」のアーカイブ展示が展開されていた。Polite Forceとは、アパルトヘイト以前は「軍隊(force)」として運営されていた、南アフリカの警察隊(Police Force)を参照したものだ。Polite Forceのパフォーマンスは、Politeと書かれた警察隊が着用しているようなベストなどを着用し、街中で、親切な活動を行う。ナーフのこのパフォーマンス・アートは、2002年に行われたのが最初で、その後、さまざまな都市で展開。A4ギャラリーでの展示はその20周年を記念するアーカイブ展示である。ちなみに、南アフリカの警察は、アパルトヘイト終焉とともに、Police Service(警察サービス)となり、国民を取り締まるのではなく、奉仕するようなニュアンスを持つ名前に変更されている。一方、米国の事例もあるように、警察による暴力は未だ必ずしも過去のものではない。
もう一つ、強い印象を残したのが、バリー・サルズマン(Barry Salzman)の展示。彼は、ジンバブエ生まれ、南アフリカで教育を受けた写真家で、2013年以降は、とくに虐殺に関係したトラウマや記憶をテーマにしたプロジェクトに取り組んでいる。しかし、彼の手法は虐殺の残虐性を記録するのではなく、虐殺が起こった場所の風景を、長時間露光の写真の作品として提示することだ。風景は、比喩的に、虐殺のすべての目撃者であるというのが彼の考えだ。残忍な事実を記録するのではなく、美しい画像を提示することで、鑑賞者のそれぞれが、彼の作品を解釈することを望んでいるとサルズマンはコメントしている。展示では、作品として販売されている風景写真と並んで、虐殺の被害者となった子供たちの洋服を撮影した写真が展示され、風景作品の文脈を引き立たせる要素となっていた。
アーティストは、その想像力でわたしたちに未来を見せるという役割を果たすことも少なくないが、今回のアートフェアでは、現在(ありのままの姿・日常)、そして過去の記憶を、新たな形で提示する作品が印象的であった。パンデミックにおける不安や、未来の不確実性に向き合わなければならないという文脈があるからこそ、過去、現在という確実性をモチーフにした作品に対して、より重みや親しみを感じるのかもしれない。アートは、新たな視点の獲得だけでなく、忘れがちな視点を思い起こさせてくれる力を持っている。その意味において、ICTAFでのアート鑑賞は、現代アフリカを理解するためのヒントを与えてくれたように感じる。
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Maki Nakata
Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383