アムステルダムは、美術館の宝庫だ。その1つ、「ザ・ファッション・フォー・グッド・ミュージアム(The Fashion for Good Museum)」は、2018年秋に新設された小さい美術館。名前の通り、ファッションを展示する場所だが、単に洗練されたデザインだけではなく、ファッション業界がサステナブルな方向へシフトしている様子を見せてくれる特別な場所だ。

ファッションのサステナビリティをテーマにした美術館は、世界ではここだけ。クオリティの高い展示を続け、昨秋、オランダの公式な美術館に仲間入りした。オープン以来、約8万人が訪問した。昨年はコロナ禍のため3カ月半の休館を強いられたが、バーチャルツアーを導入し、世界中から様々な年代が利用している。

筆者も一度ここに行ってみたいと思っていた。開館時間前に到着すると、女性が立っていた。筆者と同じように、ここを初めて訪問した人だった。「ファッションの販売に携わっています。私自身は衣類をできるだけ長く着るようにしていますが、世界のファストファッションの人気を止めることができないいま、みんなで環境に貢献するにはどうしたらいいのか、そのヒントがもらえると思って来ました。ファッション関係で、こんな穴場のような美術館があるのは嬉しいですね」と彼女は話した。

扉を入ると、レセプションまでガラス張りの廊下がある。両側に、色違いの文字が順に映し出される。「ワードローブの3分の1の洋服は、1年以上着用されていないことが多いです」「世界のファッション産業では3億人以上が働き、その80%が18~35歳の女性です。彼女たちは搾取の被害に遭っています」「伝統的な綿生産で使われる農薬は、世界で使われる農薬の6分の1を占めています。有害な化学物質が、農家や周辺のコミュニティーに影響を与えています」。ファッションの製造から消費までに起きている様々な問題の一部を、訪問者に知らせてくれる。

展示スペースは、地下1階から地上2階に広がる。常設展は、ファッション業界のサステナブルな動きについて図やオブジェで説明している。特別展は、世界のサステナブルなファッションブランドを厳選して紹介したり、アップサイクル(古くなった材料を使って、より質の高いものを作る)の服、またはゼロウェイスト(余った生地を使用)の服を世界から募って優れた作品を展示するなど、定期的に違う企画を催している。また、24時まで来館できる「夜の開館日」実施、セカンドハンド衣類の交換会、服を補修するための刺繍を学ぶワークショップを開催するといったイベントもある。

All photos ©Alina Krasieva

現在開催中の特別展は、10月末から始まった「グロウ:ファッションの未来(GROW: THE FUTURE OF FASHION)」だ。素材の良さが一目でわかるドレスやパンツスーツ8作品が飾ってある。4人の若手デザイナーと、クチュリエール(高級服飾デザイナー)のIris van Herpen、ファッションデザイナーでありイラストレーターでもあるKarim Adduchが1着ずつ制作した。ここに、アンティークの生地や余った布で手作りの衣類を少量製造するオランダのブランドHul le Kesが加わった。

© Christian Mpamo

どの作品も、天然の新素材を使用している。(Hul le Kesは、天然だが新素材ではない。遺伝子組み換えでない作物由来の色素で染色した) 。若い4人のデザイナーによる作品を見てみよう。

ゆったりしたグレーと黒のドレス(Huong Nguyen作)はカポックの木の実の繊維、長いストールが付いた黒いドレス(Charlotte Bakkenes作)もカポック繊維(ただしNguyen作の布とは異なる織り方)、お揃いの帽子がある緑のパンツセット(Eva Sonneveld作)はバナナの茎の繊維、レースが美しい白いショートドレス(Frederieke Broekgaarden作)は木材パルプから作った繊維を使っている。プロのデザイナーの2人は、コルクとココナツで作ったヴィーガンレザー、そしてオレンジの皮でできたシルクを使った。将来は、こうした新しいサステナブルな素材の衣類が主流になるかもしれない。   

若い4人のデザイナーは、本展のために、オランダ全国の応募者119人から選ばれた。ビジュアルコンテント・クリエイターのChristian MpamoとコピーライターのZainab Goelamanも選ばれ、6人で3か月かけて本展を準備した。

実は本展は第2弾だ。グロウ第1弾は、第2弾の前の今春から秋口まで開催していた。グロウ展全体の意図は、「より良い素材を使用することで、ファッション業界がどのように変化するかを訪問者たちに具体的に想像してもらう」ことだ。

第1弾では、進化し続けているバイオ繊維の世界を詳しく紹介した。バイオ繊維とは、生物由来の素材を指す。綿や麻(リネンやヘンプ)はもちろん、第2弾の作品に見られるようなセルロース(植物繊維の主成分)や果物の皮(廃棄物)、そして菌糸(キノコの根)、藻、クモやイモムシの糸、バイオプラスチックもすべてバイオ繊維に含まれる。製品により、バイオ繊維の使用量には大きな差がある。100%バイオ繊維のこともあるが、10%以下のこともあるという。また、すべてのバイオ繊維がリサイクルできるわけではないということも掲示版に書いてあった。訪問者は、異なる種類のバイオ繊維に触れて質感を確かめたり、バイオ繊維を使っている先駆的なファッションブランドを見たり買ったりできた。英国の新ブランドで人気が急上昇しているパンガイア(PANGAIA)もあった。

特別展を楽しんだら、常設展もじっくり見てみよう。情報がコンパクトにまとめられていて、とてもわかり易い。年表ではファッションの重要な出来事が示され、「1700年代後半のヨーロッパにおける衣料製造の工業化」をスタートに、「2010年代のサステナブルなファッションへの芽生え」までの流れがつかめる。

「1枚のTシャツの旅路」のコーナーでは、最初に「Tシャツたった1枚分の綿製造のために2700ℓの水が使われています。1人の人が3年間に飲む水と同量なのです。ここでは、従来の製造過程について見ていきましょう」と呼びかけ、デザイン決め、原料調達、紡績、染色、裁断・縫製、輸送、販売、利用の各段階について説明している。紡績や輸送でエネルギーを大量消費し、環境を汚染していること、工場で働く人たちの低報酬、需要をはるかに上回る製造量、購入後の洗濯で使われる大量の水といった問題点を指摘している。

「イノベーション」のコーナーは、テクノロジーを駆使したイノベーションにより、衣類の製造や消費の仕方をどう変えていけるかをカテゴリーに分けて掲示している。ファッション産業において環境や人への負担をできる限り減らすには、あらゆる面で積極的な取り組みが必要となる。

Stella McCartney x Colorifix ©Presstigieux

「原料」のカテゴリーには、特別展で若手デザイナーが使ったカポック繊維のメーカーFLOCUSを始め、バイオ繊維の開発をしている企業がずらりと並ぶ。「染色と仕上げ」のカテゴリーでは、水や化学染料の使用を抑える技術を研究している企業が挙げられている。「トランスパレンシーやトレーサビリティ(サプライチェーンの情報開示)」では、2千以上のブランドのエシカル度がわかるアプリ、タグをスキャンすると素材データやリサイクルの方法などがわかる仕組みなどについて知ることができる。

ビジュアル的にとても楽しめて、知らなかった情報をたくさん得られ、小さいながら、予想以上にいい美術館だった。消費者として、自分は日々何を変えていけるかと考えさせられたが、その答えも映像で流していた。アムステルダムを訪問したら、ぜひ立ち寄ってみてほしい。


The Fashion for Good Museum

特別展「GROW: THE FUTURE OF FASHION」は、来年4月まで開催。


Photos by Satomi Iwasawa
(一部提供)

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/