60以上の国別展示と100以上の個別展示が、一挙公開

11月21日で幕を閉じるヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展を訪れた。ヴェニス東部の2つの会場で行われるこの巨大な展覧会は、2年おきに半年間開催される。今年で、すでに17回目だ。コロナ禍のためアジアからの訪問者はほとんど見なかったが、地元イタリアの学生たちが団体で来ていたり、国外からの若者たちもたくさんいて、終了間近でも人気は衰え知らずだ。

中世の国立造船所跡「アルセナーレ」会場の入り口

今回の総合テーマは、「How will we live together?」。訳せば、私たちはいかに一緒に生きていくのか/共に生活するのか/共存するのか?だが、要するに、未来へ向かって人々がいかに協力し合うのかということだ。これまでは多くの国で、この問題への道しるべを政府が示してきたが、建築家たちはもっと刺激的な答えを示せるはずだと大きな期待を込めて、このテーマが選ばれた。

参加した建築家たちはその問いを自分たちなりに解釈し、気候変動や人種の問題、安全で快適な住居や公共スペースの確保といった課題への対策を表現している。それらは、まさに日本でも最近注目を浴びるようになった国際目標SDGs(持続可能な開発目標)を反映している。作品の形態は大型建築、ミニチュアハウス、天井から吊るす展示、水を使った展示、実物は展示せずに写真や図を使ったコンセプトの説明など、実に多様だ。訪問者たちは、見て触れて聞いて作品を楽しみ、この問いについて考えたに違いない。

受賞作は、やはり見逃せない

建築界のオリンピックとも称される本建築展では、授賞作がいくつか選ばれる。今回は、国別ではアラブ首長国連邦(UAE)が金獅子賞を獲得した。以下、各受賞作について見ていこう。

●金獅子賞 アラブ首長国連邦館「Wetland」
~サステナブルなセメント

UAEの作品は、手作業で型を取ったサンゴ型のセメントのピースを2千個以上も積み上げた大型のオブジェだ。出入口が2箇所あり、中に入れる。このセメントはエコセメントで、塩分濃度の高い廃水から作った。

国土の大半が砂漠のUAEでは大量のエネルギーを使って海水を脱塩し、膨大な量の真水(飲料水)を作り出さなければならない。その処理後の廃塩水は薬品も混ざっているが、海へと戻されている。海の汚染が心配されているが、専門家によっては、この廃塩水は安全で、サンゴも含めた水中の動植物に影響を与えることはなく、海は雨水によって自然な塩分濃度を維持できると主張する。

しかし、UAE館のキュレーターたちは廃塩水による海の汚染を懸念しており、また現在主流の建築材であるセメントのCO2排出量を削減すべきだと考えて、廃塩水を再利用したエコセメントの開発を進めた。

廃塩水を使うというヒントは、UAEの海岸地帯に広がるサブカと呼ばれる塩原(堅盤層や塩の湿地)から得た。サブカはCO2を吸収するという。他国の古い町にはサブカで作った家がたくさんあるといい、通常のセメントではなくサブカで家屋を作ればCO2削減につながる。しかし、サブカはユネスコの世界遺産にも暫定的に登録されている貴重な資産であり、保護していく必要がある。

今回のエコセメントは、東京大学も協力して生まれた。まだ試作段階のため、コスト面も含めて実用化にはもう少し時間がかかるそうだ。

ある記事によると、受賞前、UAE館は一般の人たちからはあまり注目されていなかったらしい。ジャルディーニ会場には、約30か国が自国の恒久展示館を建設・所有し展示を行っているが、UAEは展示館を持っていない。アルセナーレ会場の1スペースに、エコセメントのオブジェとサブカの写真を飾ったかなりシンプルな展示があるのみだ。受賞は、地元と世界の環境問題を考えた点や、工芸とハイテクとを駆使して建築の可能性を広げている点が評価された。

●特別賞 ロシア館「Open!」~自国展示館の改修

ロシア館は新しいオブジェではなく、1914年に建築されたロシア館を改修した。これが評価され、受賞につながった。明るく新鮮な感じの外壁のエメラルドグリーンも、今回新しくしたものだ。改修デザインは公募によるものだった。100以上の応募から選ばれたのは、ロシア人と日本人の建築ユニットKASAだ。

特別賞 ロシア館「Open!」

ロシア館の元々のデザインは、ロシア人建築家、アレクセイ・シューセフが手掛けた。彼のデザインは開放的で透明性を帯びていた。それが、政治的理由から第二次世界大戦後に緑色の外壁が黄土色に変えられ、ほとんどの窓やドアが閉じられてしまい、展示館はまるで暗い箱のようになっていたという。それを、シューセフが描いた周囲の自然に溶け込むようなスタイルに戻そうというのが、KASAの改修案だった。

両開きの門扉を入り、階段を上って中に入った2階には、3つの部屋が連なっている。ふさがれていた天窓が改修により開放され、空が見える。窓も開放され、部屋からはテラスへ出ることもできるようになった。そのテラスも修復された。

スペースの自由度をさらに広げる工夫は、KASA独自のアイデアだ。今後、館内で行う展示のために、必要に応じてスペースが変えられる。3つの部屋のうち、真ん中の1番大きい部屋の中央にあった螺旋階段を撤去し、取外し可能な床を設置した。床を取り外せば、1階の空間とつながる。また外壁にRUSSIAと描かれた側の部屋の床もフレキシブルだ。新設した階段に続く床は、半分は固定し、もう半分は可動式のメタルの梁(はり。水平方向に伸びている部材)を引き出した上に床材を載せる仕組みだ。床材を外して梁を壁側に寄せれば、床は小さくなる(イラスト参照)。

倉庫だった1階は、新しい展示スペースに生まれ変わった。その一部(上階はテラス)は、自然光が差し込むようにした。11月中旬までの期間中、1階では訪問者がロシアのビデオゲームを試せるようにしてある。建築とデジタル文化とのつながりを表したかったのだという。

●特別賞 フィリピン館「Structures of Mutual Support」~コミュニティ内で進めた図書館の建築

特別賞はもう1つあり、フィリピンの小さい木造の図書館に与えられた。あるコミュニティに建てられた実物を解体して、2020年のロックダウン前にヴェニスに運んだという(本建築展は昨年開催予定で、1年延期になった)。本プロジェクトのキュレーターは、そのコミュニティの住民たちと、マニラ近郊を拠点に活躍している建築家とノルウェー出身の建築家だ。建設も住民たち自身が行った。

特別賞 フィリピン館「Structures of Mutual Support」

そのコミュニティとは、12年前に作られたGK Enchanted Farm。この村は、フィリピンの最貧困層をなくすために長年活動している組織Gawad Kalingaの援助でできた村「GK villages」だ。フィリピンには、3千以上のGK villagesがあるという。

フィリピンのキュレーターたちは、今回の総合テーマの「How will we live together?」に対し「相互扶助」という答えを導き出した。現代社会では、「豊かさ」とは、普通、経済的な意味でとらえられる。だが、豊かさの本来の意味とは地域の中で築かれた豊かな人間関係であり、それは言い換えれば相互扶助だ。 フィリピンにも相互扶助という言葉bayanihansがあり(昔は、村から村へ家を移すときに使われていた言葉)、今回の展示に向けて、人々が協力して建設するという目標を掲げ、建築の意味を深めようと試みた。

図書館の横では、ビデオで建設までのプロセスを映していた。建てる場所やデザインに関してなど、住民たちの間で、ときには、うまくいかないこともあった様子がわかった。きっと、それらも含めて相互扶助という意味なのだろう。この共同建築作業は模範的だと高く評価され、東南アジアの展示館として初受賞した。建築展終了後は、図書館はGK Enchanted Farmへ運ばれて再建される。

木材を使った国別展示 
日本、アメリカ、デンマーク

国別展示は、ほかにも興味深いものが多数ある。感じ方は人それぞれで優劣をつけるのは難しいが、個人的には木材を使った日本、アメリカ、デンマークの展示が印象深かった。

日本館は「ふるまいの連鎖:エレメントの軌跡」のタイトルのもと、古い家屋の建材を昔の写真とともに展示している。柱1本1本から浴槽やライトに至るまで整然と並べてあり、遺跡を見ているかのようだった。

日本館と対照的だったのはアメリカ館だ。「American Framing」と銘打った展示はシンプルだ。アメリカで主流の木造をテーマに「建築のいま」を表現していた。展示の一部である木造4階建ての棟が、自国館を覆うようにして建っていて驚いた。木組みの世界(空間、形態、技術)を訪問者に体験してもらうには、やはり実物大がよかったのだ。

現在、アメリカの新築住宅の90%以上が木造だという。アメリカでは、建築の伝統に乏しい入植者たちが、木々が豊富にあり、簡単に建てられるという理由で木組みの建物を作り、木造が発展していった。館内には、木組みの歴史をかいつまみ、教会、納屋、店舗といった数体のモデルが写真とともに展示してあるのみ。アメリカでは木造建築はあまりにも普通過ぎる存在だ。それでも、エキゾチックな建築にはない木造のよい点はたくさんあり、新しい可能性も秘めている。ここにスポットを当てたのだ。

もう1つ、木材を使った展示で目を引いたのは、デンマークの展示「Con-nect-ed-ness」だ。館内で育てているハーブの木の棚や木の椅子などが、素朴でよかった。集めた雨水を再利用してそのハーブを育てたり、浄化して飲料水にしている(訪問者たちに提供)のは、基本的なエコ活動の例としてやはり大切だと感じた。雨水がソファのある部屋へと続き、誰でもここに座り、知らない人と交流を図れる場があったのも面白かった。

初めての試み 建築ネットワークが広がる

今回、国別展示では新しい動きがあった。本建築展がコロナ禍により延期になったことをきっかけに、国別展示のキュレーターたちが集まり、キュレーターズ・コレクティブ(CC)という会を作ったのだ。今後のコラボレーションの可能性を探っていこうと、コミュニケーションを続けている。

もう1つ、今回初めての試みが行われた。デザインを学ぶ世界中の学生を対象にした「ベンチのデザイン」コンクールだ。受賞者のデザインで、実際にベンチが作られた。CCがコンクールを実施した。

個別展示の受賞作は、共存の様子を描写

個別の展示でも、金獅子賞が選ばれた。受賞者はドイツ・ベルリンの建築家少集団raumlabor berlinで、「フローティング・ユニバーシティ」と「ハウス・デア・シュタティスティック」の2つのプロジェクトについて写真とイラストで説明している。

フローティング・ユニバーシティは、ベルリンにある2万㎡以上の雨水貯留池に、raumlabor berlinが一時的に建設した学びの場だ。この古い池は非常に豊かな生態系を持っており、近くの住民たちや他国の大学生たちがここでワークショップなどに参加した。ここをオープンしたのは2018年のことで、反響が大きかった。すぐにフローティングという協会が作られ、いまも貯留池を管理しつつ、この場所を一般の人たちに開放して様々な学びのプログラムを提供している。

ハウス・デア・シュタティスティックは、既存の建物を保存、増築、改築する計画を市民の手で勝ち取ったものだ。このビルはベルリン市街地にあり、元は政府が所有していた。長年して再開発のために取り壊す計画が立てられたが、この場所を市民の文化、教育、社会問題のために使おうとraumlabor berlinも住民代表に加わって市と交渉し、自分たちの手で建物を発展させていくことを市に認めてもらった。

個別展示の銀獅子賞についてもふれておこう。受賞作は、アムステルダムとニューヨークを拠点とする建築シンクタンクFoundation for Achieving Seamless Territory (FAST)の、パレスチナ自治区(パレスチナ・ガザ地区)にある農場の日常を描いた展示だ。この農場がある地域は水やエネルギーが不足し、多くの物資の搬入がイスラエルにより規制されている。展示室中央の大きいダイニングテーブルには農場でのストーリーが織り込まれた特注のテーブルクロスがかけられ、お皿や写真や映像も使い、厳しい生活環境下に生きる人たちの様子を伝えている。

個別の展示でも特別賞があった。アフリカの展示が選ばれた。ケニア・ナイロビの建築事務所Cave_bureauによる洞窟の作品だ。アフリカの人々は長い間、人権侵害(人種差別)を受けてきた。西アフリカ側の奴隷貿易についてはよく知られているのに対し、ケニアなど東アフリカ側の奴隷貿易については情報が少ない。Cave_bureauは、捕らえられた大勢の人々が奴隷として海を渡る前に収容させられていた洞窟を調査し、レーザースキャンで得たデータでブロンズの洞窟モデルを作った。洞窟モデルの上には、1700個の黒曜石を洞窟の形にして天井から吊るしてある。

奴隷貿易や植民地支配について考えさせられるこれらの作品は、洞窟というもの(洞窟には古代人が住んだ)の歴史的・文化的・生態的な価値も表現している。また、ケニアでは地熱エネルギーの採掘が進み、自然や原住民の生活への影響が出ているといい、それに警鐘を鳴らす意味も込めている。

ビエンナーレ国際建築展は世界最大規模の建築展だけあって、本当に盛りだくさんだ。建築が持っている柔軟性や楽観性に存分に浸れるチャンスは、また2年後にやってくる。


BIENNALE ARCHITETTURA 2021

会場のパンフレット

*入場券は2会場をカバーするが、各会場への入場は1回のみ。1日で2会場を回ってもいいし、1会場ずつにし2日間に分けて訪問してもいい。


All Photos by Satomi Iwasawa

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/