京都とパリの架け橋に
現代アートの祭典「ニュイ・ブランシュ KYOTO」

京都を歩くたび、パリの街を思い浮かべる。街の中心に川があること、歴史的な建物や通りが多いこと、受け継がれる伝統や文化、それがつくる趣深い風景、それを誇りに暮らす人々……。ともに千年以上の歴史を持つ二つの文化都市が姉妹都市提携として友情盟約を締結して63年が経つ。現在、京都には在京都フランス総領事館をはじめ、フランス政府関係機関や教育・文化機関が数多く存在し、多彩な分野での交流を深めてきた。

そんな京都とパリのつながりを感じられるイベントが一夜限りの現代アートの祭典「ニュイ・ブランシュ KYOTO」だ。毎年10月に開催されるパリの「ニュイ・ブランシュ(白夜祭)」に着想を得たこのアートイベントは、2011年にスタートし、今年11回目を迎えた。主催するのは、これまで京都とパリの絆を築き上げてきた「アンスティチュ・フランセ関西(旧関西日仏学館)」と京都市。イベントは京都駅周辺や美術館、ホテル、ギャラリーなど市内約30か所で実施され、日仏アーティストのパフォーマンスや展示、映像上映など多彩なプログラムが無料で鑑賞できる。まさに、この日は芸術にどっぷり浸れる秋の夜長だ。

ニュイ・ブランシュ KYOTO 2021は、緊急事態宣言が解除されたばかりの、10月1日に開催された。今年のテーマは、「HORIZON(オリゾン/展望)」。「コロナ禍の先に何があるのか」という問いにアーティストが答えを提示するという。

「ヴィラ九条山」を囲む東山の森

フランスの芸術家が日本と交流し、創造する場所
「ヴィラ九条山」

会場の一つとなっている「ヴィラ九条山」は、ローマの歴史的なアーティスト・イン・レジデンス「ヴィラ・メディチ」に倣って創設された、フランスがアジアに持つ唯一のアーティスト・イン・レジデンスだ。運営するのはフランス政府の文化機関「アンスティチュ・フランセ」。京都・山科区、東山の丘の上に建てられたコンクリート造りの建物は、建築家の加藤邦男が設計。まわりは豊かな自然に囲まれており、「京の伊勢」とも呼ばれる日向大神宮がすぐ近くにある。

1992年に設立されて以来、学者や研究者、芸術家など幅広い分野のレジデントを300人以上受け入れてきた「ヴィラ九条山」。レジデンス・プログラムに参加するには、ソロの作家の場合、フランス国籍を保持している、もしくはフランスで5年以上プロとして活動していることが条件となる。毎年数百件を超える応募があり、選ばれた約15人は、2〜6ヶ月間レジデンス施設に滞在。自身のプロジェクトを遂行するとともに、日本全国の文化、学術、文化関係者と交流し仕事上の関係を結ぶことを求められる。

villa kujoyama

ニュイ・ブランシュKYOTO 2021 × ヴィラ九条山
テーマは、「第七十三候」

今回の「ニュイ・ブランシュKYOTO 2021」には、8月から入居した6名のアーティストたちが参加した。本来なら2020年及び2021年前半にレジデンスに滞在する予定だった彼らは、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、入居が何度も延期に。今年8月、ようやく京都に到着すると、14日間の待機期間を経て約1ヶ月間の短い時間で出品作品を作り上げた。

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「コロナ禍でのイベント参加は、観客との関係性や、アプローチの仕方を変えなくてはいけませんでした。 このような制約のある状況下で、どのように唯一無二のアート作品を提案するか、各自が自分のしたいことに執着するのではなく、対話が必要でした。そこで、日本のアーティストや専門家の方々にも協力してもらい、共に作品を作ることに。イベントまでの間、レジデント同士がそして多くの日本人協力者が力を注ぎ合い、まるで魔法にかかって時間の止まったような素晴らしい1ヶ月間になりました」そう話してくれたのは、「ヴィラ九条山」館長のシャルロット・フーシェ=イシイさん。

また、そうした異例の状況や待機期間が、今回の「ニュイ・ブランシュKYOTO 2021」のために「ヴィラ九条山」が掲げたテーマ「第七十三候」につながっているのだという。

「レジデントたちは8月の待期期間中、ヴィラ九条山を取り囲むセミの鳴き声や生い茂った植物に触れて過ごしました。その中で感じた自然環境の大切さ、時間や変革、問題提起などの概念が、日本独自の季節の変化を伝えるリズム『七十二候』と結びつき、『第七十三候』が生まれたのです」

今回発表されたレジデントたちの作品は、このコロナ禍での厳しい日々を過ごした後の、未来に向けてのポジティブで詩的なメッセージだと、シャルロットさんは話す。その中のいくつかを紹介したい。

● 東山フォンテーヌブロー

レジデントの一人であり、筋金入りのハイカーでもあるデザイナー、アレクサンドル・バルギウさんと、フードアーティストのセリーヌ・ペルセさん、植物療法士の村田美沙さんの3人とともに、「ヴィラ九条山」の“裏山”、東山の森を散策する、観客参加型のパフォーマンス作品。事前予約制で当日は13人が参加した。

アレクサンドルさん曰く、この東山の森は、パリの南東にあるフォンテーヌブローの森に似ているのだそう。森の中で木々のざわめきや風の音を聞きながら、セリーヌさんと村田さんが振舞うヒノキやコケを使ったドリンクをいただき、アレクサンドルさんが映写機で映し出す不思議な映像に、魔法の森に迷い込んだ、不思議の国のアリスにでもなった気分に。

参加者は、自然と一体になり、呼吸する、味わう、見つめる、耳を澄ます。そんな五感を研ぎ澄ますひと時を体験した。

「今回のプログラム中、ずっと発見を共有していました。それは、自然、そして、参加してくださった方たちに対面し、集団で聴くこと、そして、能動的に注意すること。皆の感覚が一緒に呼び覚まされ、一致していれば、体感、体験した価値があったと思います。アイデアを超えた、何よりも、生きた形での体験です」 ーアレクサンドル・バルギウさん

(左から)アレクサンドルさん、セリーヌさん、村田さん

● 壊れたコンサート マルクス・ボルジャ

レジデントの一人、マルクス・ボルジャさんは、演出家、音楽家、俳優など多彩に活躍するアーティストだ。日本では参加型の合唱劇的作品に取り組むという。また音楽作品をモチーフに動きのある「声」の使い方を研究する。

当作品ではまさにマルクスさんの「声」が空間を舞う「言葉の饗宴」。一台のグランドピアノを弾きながら、時に叫び、時にささやくように声を発する即興パフォーマンスは、観客たちを独特な音楽と声の空間へと誘った。

● ロックダウンルーム

「ヴィラ九条山」は3階建てで、全部で6つのスタジオを持つ。すべてが同じつくりになっていて、広々としたリビングに、キッチン、ロフトにはベッドルームとゆったりと座れるチェアもある。

8月に来日してから、レジデントたちはこのスタジオに閉じこもり、14日間の待機期間を過ごした。それを彼らは「漂泊期間」と呼び、この期間があったからこそ生まれたアイデアや作品もあった。そんな、レジデントたちの「ロックダウン」を、彼らが滞在している一部屋を使って表現。壁には14日間の食事の記録が写真で張り出された。訪問者は普段は見ることのできないスタジオを見学しながら、「漂泊期間」の空気を味わった。

● 食卓の準備をして雨を待つ セリーヌ・ペルセ、フロール・ファルシネリ

ヴィラの中庭に、土にいくつものお皿が積み上げられた「トーテム」がいくつも用意されていた。中には半分土に埋まっているものもある。これは、フードアーティストのセリーヌさんと、漆作家のフロール・ファルシネリさんの共作だ。

トーテムはそれぞれ、会食者ひとり一人のための食器セットで、原始的な発酵中の食材が含まれているという。雨が降れば土は徐々に取り去られ、食卓があらわになっていくはず。彼女たちはここで自然の中の「時間の流れ」や、また「待つこと」について考えるヒントを与えてくれている。

villa kujoyama

「ヴィラ九条山」で出会った2人は、時間や場所、オブジェを、人間中心的に序列をつけて捉えることに疑問を抱いていたのだという。そこで、それぞれのテーマを生かして、この作品を作ることにした。

制作中のセリーヌさん villa kujoyama

「食卓は、出会いの場であり、さまざまな思考が交差する場でもあります。料理や時間、招待客やその身振りなど、あるディナーを構成する重要な要素によって、それぞれのストーリーを持って集まった招待客たちが、それまでとは違った流れの中で帰っていきます。要素に順列をつけるのをやめ、人間を、やってきては過ぎ去るもののサイクルに入れることが、この庭の食卓のオブジェに込めた思いです」 —フロール・ファルシネリさん

お話を聞いたフロールさん

京都で学び、交流し、創造する
「ヴィラ九条山」は、日本とフランスをつなぐ架け橋

アートへの熱意、そして日本への多大な好奇心にあふれたレジデントたち。「その時滞在するアーティストたちの顔ぶれによってレジデンスの雰囲気はがらっと変わる」そう教えてくれたのは、ヴィラ九条山文化担当の小寺雅子さんだ。

「彼らの創作活動をアシストしながら、改めて文化活動をすることの喜びを感じるとともに、今後もこの場所が、京都とパリ、日本とフランスを結ぶ架け橋として存在することを願っています」

写真は、2019年度ヴィラ九条山レジデントで、竹を使ったデザイン・プロジェクトに取り組んだサミー・リオの庭のアトリエ villa kujoyama

かつて1998年度のレジデントの一人だった、学術研究者のクリスティーヌ・ビュシ=グリュックスマンは、ヴィラ九条山25周年記念冊子にこう言葉を寄せている。

「ヴィラからは、お気に入りの場所によく出かけた。反復的な柱間に影と光が多様な変化を見せる三十三間堂。中国から米を盗み日本にもたらしたとされる狐が祀られ、朱塗りの鳥居の『通り道』がある稲荷山。そして、春には桜の木がピンクに染まる哲学の道やその他の場所にも。〜(略)〜そして私はいつも満ち足りた気持ちでヴィラに戻ってきた。最も古いものから最も現代的なものまでを渡り歩くことのできた雑多で異質な時間に心を満たされて。そして、ヴィラの他のアーティストや哲学者たちとの、そして何よりも日本の友人たちとの出会いや議論があった」

villa kujoyama

「ヴィラ九条山」は通常非公開だが、「ニュイ・ブランシュ KYOTO」など、年に数回開催されるオープンスタジオのイベントの際に見学することができる(次回のオープンスタジオは12月4日予定。詳細は、ヴィラ九条山のサイトで確認を)。普段は見ることのできないアーティスト・イン・レジデンスの空気を、ぜひ味わってみてほしい。


Photos by Yusuke Abe(YARD)
写真提供: villa kujyoyama

ヴィラ九条山 | Villa Kujoyama

次回のオープンスタジオ(*詳細は、ヴィラ九条山のホームページでご確認ください)

開催日:2021年12月4日(土)
場所:ヴィラ九条山
〒607-8492 
京都府京都市山科区日ノ岡夷谷町17-22

参加アーティスト:
サシャ・ウルカドゥ&ナターシャ・プトゥー(デザイン)、セリーヌ・ペルセ(ガストロノミー)、フロール・ファルシネリ(工芸)、マルクス・ボルジャ(演劇)、クリコー・クーシアン(音楽)