多彩なカラーパレット、有機的な造形、そして今も建設が続けられる「サクラダ・ファミリア」の大聖堂……。スペインが誇る建築家、アントニ・ガウディは没後からすでに1世紀が経とうとしている今でも、私たちの心を惹きつけて離さない。では技術が画期的に進歩した今こそ、建築、ひいては暮らし方に関して、彼の遺産から学ぶべきヒントとは何だろう? 11月3日(水)まで東京ミッドタウンで開催中の「未来をひらく窓―Gaudí Meets 3D Printing」展には、未来の暮らし、そしてこれからの物作りへの気づきが詰まっていた。

「未来をひらく窓―Gaudí Meets 3D Printing」

触れるたびに発見する、奇才の魅力

アントニ・ガウディは紛れもなくスペインを代表する天才建築家だが、残されている資料は限られていて、ミステリアスな人物でもある。

そのせいもあるのか、私自身、彼には人生で3回も驚かされてきた。まず初めての驚きは、初めて彼の名を知ったとき。『ちびまるこちゃん』の著者、故・さくらももこ先生が書いたエッセイの中で、彼のキッチュな色彩とおもちゃのような造形(「グエル公園」に鎮座する色とりどりのモザイクで覆われたトカゲなど)が面白おかしく絶賛されていた。陽気なのにシュールに見える独特の感性に少しの戸惑いを覚えつつ、幼い私の脳みそは「これは何だ??」とクエッションマークで埋め尽くされた。

2回目の驚きは、ガウディの本拠地、バルセロナを初めて訪れたとき。地中海の開放的な空気でうつろになった眼に、鮮やかで、でも優しく軽やかなガウディ建築が飛び込んできた。幼い時に覚えた戸惑いは、どこへやら。バルセロナの眩しい太陽のもとで、「サクラダ・ファミリア」も「カサ・バトリョ」も「グエル公園」も、彼の建築はほかの建造物とともに街にすっと馴染み、街を形づくり、人々の暮らしを見守っているようにさえ見えた。あぁ、建物だけを写真で切り取っただけでは到底分からない、街があってこその建築なのだなぁと、感慨深さと驚きで目を見開いた。

そして3回目の驚きは、なんと日本。それも東京ミッドタウンだ。「未来をひらく窓―Gaudí Meets 3D Printing」と題された展示で、ガウディが設計に込めた細やかな気遣いと、その敏腕プロデューサーぶりを私は知ることになる。これは世界中で窓づくりを手掛けるYKK APが、窓をテーマに「もしもガウディが現代の最先端3Dプリンティング技術に出逢ったら?」というシンプルだけれど興味深いお題に向き合った、挑戦の記録だ。

YKK AP×鈴木啓太「太陽と月の窓」

ガウディの窓が、「四角い窓」の常識を覆す

まず彼の窓に対するこだわりは、美しい開閉機構や今こそ気になる換気機能、そして窓を「孔」ととらえ建築そのものが音を奏でる共鳴構造など、随所に散りばめられていたらしい。正直、ガウディのことを造形と色彩を得意とする建築家だと、浅はかにも認識していた自分が恥ずかしくなる。
「たしかにガウディ建築の細部はあまり知られていなく、僕もリサーチしながら気づいたこともたくさんあったので大丈夫ですよ(笑)」と、本展のクリエイティブディレクターを務めるデザイナーの鈴木啓太氏が励ましてくれた。

本展のクリエイティブディレクターを務めるデザイナーの鈴木啓太氏 ©︎Yusuke Abe

「今回窓の制作において着目したのは、彼が取り入れていた光、風、音の3つのテーマ。建築の周りの自然環境と呼応する、様々な機能や造形を持つ窓からインスピレーションを受けました。本当によく考え抜かれていて、素晴らしいディテールなんですよ。近代になり工業化や大量生産化のなかで出来上がってしまった『”窓は四角い”という既成概念を、ガウディの時代に戻ることで覆しもっと自由に窓を作りたい』というYKK APの想いに深く共感しました」

例えば、展示会場でもひときわ目を引く「太陽と月の窓」は、ガウディが「コロニア・グエル教会」の窓で採用した開閉機構がインスピレーション源。3Dデータをもとに木を削って作った出窓の中心に回転軸がデザインされているため、なんと地球儀のように窓を自由な角度に動かすことができるという。さらに光のテーマにふさわしく、太陽光の強さに応じて窓の色が濃く変化し、紫外線をカットするという最先端技術も美しい。

「ほかにも『風が巡る窓』では、ガウディが『カサ・バトリョ』で採用した換気機能にフォーカスしました。蝶の羽根を作っている、メッシュが何層にも重なったジャイロイド構造にヒントを得て、フレーム自体をストロー状に3Dプリンディング。常時換気できるうえに、流す水の温度に合わせて空間温度を調節できるんです。3Dプリンティングなのでカスタマイズも自在な、壁と窓の中間のような存在ですね」

「さらに『音の窓』でインスパイアされたのは、あの『サグラダ・ファミリア』。無数の孔が空いた窓により共鳴構造が生まれ、完成するとたくさんの鐘の音が重なり合い音を奏でるそうです。ガウディって、本当にロマンティックですよね。私たちの窓もホーン型の断面形状を持つため、自然の音や動物の声を心地よく拡張。また、タイルを多用した彼へオマージュを捧げ、リサイクルセラミックスを3Dプリントしたフレームに釉薬をかけ唯一無二の質感を生むことで、より自然と人とのつながりを強調してみました」

「未来をひらく窓―Gaudí Meets 3D Printing」プロトタイプ3種

豊かな未来の真髄は、コラボレーションにあり

聞けば聞くほどこだわりと先端の技術が詰まった3つの窓だが、YKK AP一社では短期間でここまでの完成度を実現するのは難しかったかもしれない。そう、窓に対する創造性と同じく今回の展示で不可欠だったのは、コラボレーションの力だ。多くの職人たちと協業する名プロデューサーであったガウディよろしく、鈴木氏とYKK APの声がけで集まったのは、日本を代表する大企業から気鋭のベンチャー企業、陶芸家など多彩なエキスパートたち。さらにYKK APの主導で、大学の研究機関やガウディの建築施設も加わっている。

「これだけ業種の垣根を超えたコラボレーションは、なかなか見られないでしょう。ガウディの偉大さと、プロジェクトの革新性のおかげでしょうか、どの企業や団体、職人の皆さんも持つ技術を最大限に駆使し、改良を繰り返してくださり本当に感謝しています。足りない部分を補い合い、優れている部分を高め合う。この『共創』というコンセプトこそ、今後のもの作りに欠かせないと確信しました。プロセスムービーや建築家の皆さんへのインタビュー映像にも、未来へのヒントがたくさん詰まっているので是非注目してほしいですね」

時を超え、海を越え、そしてジャンルを超えた新たなコラボレーションが今年日本で生まれ、窓を通して新しい豊かな生活のヒントを見せてくれる。つながりが多ければ多いほど創造性は飛躍すると、ガウディと今を生きるクリエイターたちが教えてくれるようだ。時代をひらく窓から見る新しい景色に、かの巨匠、ガウディもきっとワクワクしているに違いない。


本展クリエイティブディレクターを務めた、デザイナーの鈴木啓太氏がナビゲートするプロセス映像は必見。


YKK AP 株式会社
「未来をひらく窓―Gaudí Meets 3D Printing」
会期: 2021年 10月15日(金)~11月3日(水・祝)
場所: 東京ミッドタウン ガレリア B1 アトリウム