アラブ首長国連邦アブダビにイスラム教のモスク、キリスト教の教会、そしてユダヤ教のシナゴーグの3つを1ヶ所に集めた宗教施設「アブラハム・ファミリー・ハウス(Abrahamic Family House)」が2022年に完成する。ともに旧約聖書を聖典としていながらも中東の地で対立を繰り返し、今後も相容れることはないであろうと思われていた3つの宗教が、互いに手を取り合い共存する究極の宗教施設になる予定だ。

建築プロジェクトのきっかけは、2019年2月にアブダビを訪れたローマ教皇フランシスコと、グランドイマームのアハメド・アルタエブ師が「世界平和と共存のための人類の友愛に関する文書」に共同署名したこと。アブダビ宣言とも呼ばれるこの文書は、「人間集団間の共存を促進することと、過激主義およびその負の影響に立ち向かうこと」を目標とする歴史的合意で、この文書目標を体現すべく、「平和的共存の精神で世界中の人々を一つにする」象徴的計画が、アブラハム・ファミリー・ハウスだ。

アラブ首長国連邦(UAE)はアブダビやドバイといった、それぞれにカラーの異なる7つの首長国から成る。例えば、古くからヨーロッパ人の避寒リゾートとして発展し、今や世界中から観光客が集まるドバイは、中東諸国の中でも群を抜いて外国人に寛容で、きらびやかな街は開放的だ。一方で、原油を多く産出するアブダビは首都としての機能と政治・ビジネスの中心地で、UAEの中でも保守的なイメージが強い首長国というように、それぞれの首長国に特徴がある。

UAEの国教はイスラム教で、週末は礼拝のある金曜日を軸に現在は金曜日と土曜日(2006年までは木、金曜日)。また、UAEに暮らし、働く人たちの80%以上が外国籍という事情もあり、イスラム教を国教としていながらも、個人の信仰には寛大だ。モスクだけでなく、教会、ヒンズー寺院などといった祈りの場があり、様々な信仰の自由が尊重されている。断食月やクリスマス、ディワリといった異なる宗教のお祝いが生活に根付き、街なかや職場でそれが異教徒に理解され、共有されるのもUAEならではのダイバーシティー体験だ。

アブダビの街には観光の名所にもなっているモスク「シェイク・ザイード・グランドモスク」がどっしりと構えている。世界一の大きさとも言われる特注のペルシャ絨毯を敷き詰め、大理石や金を惜しみなく使用し、スワロフスキーのシャンデリアが輝く、総面積2万㎡を超える贅沢なモスクは、誰もが心奪われる美しさだ。異教徒でも自由に見学ができるだけでなく、地元の人たちによる英語のツアーが無料で開催され、モスクとイスラム教について知ることが出来る。UAEでは、イスラム教についての正しい知識を広めることによって、過激な思想や暴力的だという間違ったイメージを無くせると考えているからで、多くの観光客が訪れるドバイ、アブダビでは政府が率先して活動を支援している。特に、地元アラブ首長国連邦の人の生の声が聞ける質疑応答は、訪問客の間で人気が高い。

他の宗教に寛容なUAEだが、イスラエルの存在は特別だった。長年のエルサレム帰属問題を巡っては、アラブとイスラム教の同胞パレスチナ人側の立場で、エルサレムを首都とするイスラエルの主張を認めていない。3宗教が聖地とするこの場所の奪い合いは、はるか紀元前1000年頃から絶え間なく続いている。ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」があり、イエス・キリストが活動し、処刑され、復活を遂げた場所、そしてイスラム教の創始者ムハンマドが天馬に乗ったとされる聖なる岩が、文字通り隣り合わせにあるからだ。現地は常に厳戒態勢で、聖地とはいうものの重苦しい雰囲気に包まれている。対立してきた間柄だった両国は、2020年8月に国交正常化の合意がなされたとの電撃発表をし、いったん終止符が打たれた。今後の動向に世界が注目する中、アブラハム・ファミリー・ハウスの存在はさらに際立つ。

数千年もの時を越えながらも対立してきた宗教が、中東のアブダビで一堂に会し、それぞれの信仰を尊重し合いながら平和に共存する。祈りの場であるとともに、異教徒同士がお互いを理解し、繋がる場になるべく文化センターの建設も発表されている。アブダビ文化観光局モハメド・アル・ムバラク氏は「アブラハム・ファミリー・ハウスは各宗教の独自性を維持しながら、異宗教間の調和のとれた共存の象徴。また同時に、アブダビの人類友愛に関するビジョンを具現化し、すでに多様なUAE文化の中に『共存』を組み込むものだ」と語る。

元をたどればイスラム教、キリスト教、ユダヤ教の3宗教は信仰の父アブラハムの神を受け継ぐ「アブラハムの宗教」という共通点がある。人類の文明と天からのメッセージをつなぐ架け橋となるアブラハム・ファミリー・ハウスは、宗教的、世界的シンボルとなり、ここから新たな歴史的第一歩が踏み出されることだろう。聖地でいまだ実現できていない平和的共存が、来年2022年アブダビで成就する。


【Information】
Abrahamic Family House(アブダビ・メディアオフィス)
Al Sa’DiyatCultural District – Abu Dhabi – United Arab Emirates
Opening in Abu Dhabi 2022, The Abrahamic Family House Marks 20 Percent of Construction Progress (mediaoffice.abudhabi)

The Higher Committee of Human Fraternity (人類の友愛のための高等委員会)
Abrahamic Family House – The Higher Committee of Human Fraternity (forhumanfraternity.org)


ライタープロフィール
Yukari Isemoto-Posth ライター
航空会社、ホテル勤務の後、転勤でヨルダン暮らしをスタート。のちにドバイ、上海、蘇州、北京在住を経験。働き、生活しながら見えてくる地元のカルチャーやライフスタイルを中心に執筆中。雑誌や機内誌、機関誌等に寄稿。