現在石川県珠洲市で開催されている、「奥能登国際芸術祭2020+」。人と人をつなぐ「祭りの原点」を見たと前編では書いたが、もう一つ、忘れてはいけない祭りの顔がある。人と神をつなぐ神事としての祭りだ。祭礼を必要としなかった人間社会は今まで一つもないといえるほど、古今東西で人間の営みに欠かせない祭り。その「祭りの本質」ともいえる「神」、つまり「人智を超越したもの」とのつながりを語るにも、この芸術祭はふさわしい。

多神教に親しんでいるだけに、祭りの数は年間で数十万にものぼるという日本。珠洲で一番広く知られているキリコ祭りも例に漏れず、海から来る女の神と陸で待つ男の神が出会い、毎年神が生まれ変わるという儀式がもとになっている。また珠洲市は、その美しい名前も高倉宮主神ニニギノミコトに由来する。年間の祭りは数えきれず、キリコ祭りが60以上の集落や町内で行われ、その他にも大漁や漁師の無事を願う起舟祭りや五穀豊穣を祈る虫送りなど、季節によって様々な神事が行われる。夏から秋にかけては特に盛んに行われ、人口わずか約13,000人の街にしてはとんだお祭り好きだ。

珠洲キリコ祭り

「祭りが終わったら、すぐに翌年の祭りの準備が始まる。通年お祭りをやっているんじゃないかな」と笑うのは、今回の芸術祭でも作品を発表しているアートコレクティブ、「世界土協会」のメンバーである吉野祥太郎さん。祭りが伝統文化の一部として形骸化していく地方が多いなか、珠洲市の祭事は「生きている感覚」がするという。

アートコレクティブ「世界土協会」の3名のメンバー(左上:南条 嘉毅、右上:James Jack、下:吉野 祥太郎)。
コロナ禍で奥能登国際芸術祭が1年延期となり、オンラインでのミーティングや現地リサーチを重ねた。

「祭りの今の姿を『現状維持』している地域が多いなか、ここでは現在進行形で生きている。更新されていると感じます。例えばキリコ祭りではとても大きい『キリコ』という燈籠を用いるのですが、最初あったものからどんどん大きく高くなっていったそうです。時代をへて電線が増えこれ以上高くすることが出来なくなると、装飾が増えて今度は横に広がっていったり(笑) また衣装の一部の装飾を、100円均一ショップで調達して自らカスタマイズしている方もいて驚きました。伝統的な部分を継承しつつも、現代のものを使って前向きにアップデートしているところに惹かれますね」

しかしそもそも何故、この珠洲にはそんなに祭りが多いのだろう? 吉野さんが珠洲市を初めて訪れたとき、一番に感じたという「神の存在」が大きなヒントになっているようだ。「変に聞こえるかもしれないですが、珠洲には神様がいる気配がする。割と町中どこにいても、ある意味怖さも神秘的な感覚もある、『触れてはいけない力』をビビビっと感じるんですね。神社仏閣はもちろん、ちょっとした自然につながっていく場所などはその力がすごく強い。他の作家さんも、何もない宿舎の裏に、何か感じるという人がいたり。信仰心に関係なく、伝わるものがあるのは不思議です」

神が多く根付く地だからこそ、そこに住む人々の生活に「神々への感謝」が馴染んでいるのは当然のことなのかもしれない。今回吉野さん達のアートコレクティブ、「世界土協会」が作品のテーマとして取り上げたのも、そんな祭事の一つだ。

アートコレクティブ「世界土協会」によるパフォーマンス 「土がたり:迎える・Welcoming: Soilstory」
珠洲に古くから伝わる祭事「あえのこと」からインスピレーションを得たという

「『あえのこと』という、とても面白い祭事です。『あえ』とはご馳走やおもてなしのことで、つまり神様をおもてなしする祭事。農家に代々伝わるこの伝統行事は、口頭伝承ではなく、行為伝承によって今日まで受け継がれてきました。各家庭によって様々な形があるのですが、基本的には12月5日に田んぼに神様を迎えにいくことから始まります。田んぼをクワで耕して、神様をお呼びし一緒に歩いて家まで招く。神様に『どうぞお上がりください』『お休みください』、『お風呂が沸きましたので、お入りください』と、実体のないなにか(神様)に向かって話しかける。その後約2ヶ月後の2月9日に、松の葉に神様をのせて田んぼにお戻しするまで、神棚に祀ります。神様を崇めるというより、家に招いてご馳走を出して、お客さんのように寛いでもらう。『来年もお願いします』と田の神様に感謝する心が、大きなインスピレーションとなりました」

「僕らは土に注視して作品作りをしていますが、土には科学的な地層情報だけではなく、その場所に生活してきた生き物の記憶が同じように堆積していると考えます。土をほじくり返すことで、その場所に対する意識を喚起させ、土の記憶を呼び起こすということをやっていて。『あえのこと』でも田んぼは毎回かき混ぜられ、土の記憶が中にどんどん内包されていき、そこに神が存在している。土を媒体にして感謝の儀式や祈り、『何かに感謝する』行為を現代的な形で表現するのが僕たちのインスタレーションです」

スズ・シアター・ミュージアム「光の方舟」
アートコレクティブ「世界土協会」によるインスタレーション

吉野さん達が作品を発表するスズ・シアター・ミュージアム「光の方舟」では、地元の蔵から出された今では使われない民具を扱うアートがテーマ。約1500点にのぼる古道具のなかで、吉野さんたちが選んだのはタンス。そっと引き出しを開けると、まるで『ドラえもん』に出てくるのび太くんの机のように、異次元が広がっている。

「実際にタンスの中を開けたとき、使っていた人たちの私物が入っていて思い出が溢れてきたような気がしました。時間が内包され、開かなければ見えない記憶が閉じ込められている。今回は異次元や異空間にも通じる『誰かの記憶』を、タンスを覗き込むと見える映像で表現しています。映像は投影する壁面を曲線状に加工し、球体レンズを使用して映像を歪めせているため、空間全体に3Dとして覆い被さってくるように見えるよう制作しています。ぜひ体感してもらいたいですね」

新型コロナウイルスの影響で今年2021年に延期となった「奥能登国際芸術祭2020+」。この名の「+」の部分には、1年間の間に堆積した多くの人たちの想いが込められているようだ。リサーチ型のアーティストである吉野さんも自らが珠洲市へなかなか出向けなかったぶん、「住民の方々が作品を作り上げてくれた」と笑う。約20名の現地の人々とオンラインミーティングやウェブ飲み会などで親交を深めるなかで、彼らの「見返りを求めない」姿勢に大いに助けられたという。「こんなに皆さんとつながっちゃった作家は、僕らくらいかもしれませんね。今年は祭りがキャンセルされたので、普段は祭りで発散している力があり余っているのでは……と思うほど協力して頂き、とても有り難かった(笑)現地入りして、皆さんに会いに行くのが本当に楽しみです」

祭りを、一過性の熱狂だという人もいるかもしれない。しかし珠洲市で育まれ受け継がれてきた感謝の心は、確実に住民たちの他者への姿勢となって表れている。神々と人々が共存してきた伝統の地に、芸術というテーマをもった新たな祭りが、どんな記憶を私たちに残してくれるのか。人と人、人と神のつながりがもたらす唯一無二の芸術祭は、可能性に満ちている。

「奥能登国際芸術祭 2020+」作品マップ


芸術祭概要
奥能登国際芸術祭2020+
会期 2021年9月4日(土)-11月5日(金) *
時間 9:30-17:00
休館 祝日除く木曜日(一部作品を除く)
会場 石川県珠洲市全域(247.20km²)
参加アーティスト 16の国と地域から53組(うち新作47組)
   ※10月1日(金)より作品全面公開
主催 奥能登国際芸術祭実行委員会
*石川県内にまん延防止等重点措置が適用されていたことから、作品の公開範囲を限定しておりましたが、9月28日、政府が措置の解除を正式決定したことを受けて、10月1日(金)より作品を「全面公開」することになりました。

写真提供:一般社団法人サポートスズ、奥能登国際芸術祭実行委員会、アートコレクティブ「世界土協会」吉野 祥太郎さん
執筆:大司麻紀子