2020年12月「Afrosurf(アフロサーフ)」という一冊の本がリリースした。この320ページの大型本は、南アフリカ・ケープタウンを拠点に展開するサーフブランド「Mami Wata(マミ・ワタ)」がプロデュースしたもので、アフリカのサーフィン事情や、サーフィンに関連するカルチャーとライフスタイルに焦点を当て、それらにまつわる人物と物語を記録した比類なき本だ。アフリカ各国出身のサーファーのストーリーだけでなく、関連したストリートカルチャーやその背後にある価値観や歴史的・社会的・文化的な文脈が明かされる。サーフィンを通じて、アフリカがより近く感じられるように設計された一冊だ。

Mami Wataと「Afrosurf」本

Mami Wataは、南アフリカ・ケープタウンを拠点にする展開するファッションブランド。2017年にCEOのニック・ダットン(Nick Dutton)がクリエイティブ・ディレクターのピート・ピエナー(Peet Pienaar)、ライター兼チーフ・サーフ・オフィサーのアンディ・デイヴィス(Andy Davis)とともに創設。さらに南アフリカ・ハイチ系のアメリカ人テレビタレント、セレマ・マセケラ(Selema Masekela)も共同創業者・ビジネスパートナーとして参画している。

Mami Wataとは西アフリカのピジン英語(現地語と英語が混ざった言語)で、Mama Waterを意味する。Mami Wataは、水・海の女神としてアフリカで広く知られているスピリチャルな存在。人魚として存在し、その体には蛇が巻きついている。Mami Wataは繁殖のシンボルであると同時に、女性や子どもを守る存在、海の生き物と自然環境を保護する存在だそうだ。Mami Wataブランドのロゴもその文化的なアイコンをかたどったものになっている。

ブランドを立ち上げるにあたり、「あらゆる文化、さまざまな人種のバックグランドをもつ多くの人のためのものをつくる必要があった」とピエナーはWallpaper誌に語っている。ブランドの象徴だけでなく、アパレルのデザインもアフリカで広く親しまれている象徴的なテキスタイルの「アフリカらしさ」を応用した。そのアフリカらしさとは必ずしもテキスタイルの柄そのものではなく、グラフィックに込められたメッセージだ。たとえば、アフリカのある国をインスピレーションとする場合、地元で親しまれる色、形、ことわざやよく使われる言葉などを取り入れて独自のデザインをつくるという。彼らの製品はすべてのアフリカ大陸内で生産されている。

今回、本を作るにあたってMami Wataチームは、昨年8月にクラウドファンディング・プロジェクトを立ち上げ、資金調達を実施。プロジェクトの趣旨は、これまでほとんど取材、記録されることのなかったアフリカのサーフィン事情を明らかにし、グローバルなサーフカルチャー、そしてストリートカルチャーへの影響力を高めつつあるアフリカのサーフィンの力を伝えることだ。3万ポンドの目標に対して、1196名の支援者から8万3千ポンド(約1200万円)以上の支援が集まり、プロジェクト大成功。今回の資金調達および本の販売で得た収益は、サーフィンを通じて子どものメンタル・ヘルスの課題解決に挑むWaves For Change、そしてサーフィンを通じてストリートチルドレンだった子どものエンパワーメントに取り組むSurfers Not Street Childrenという二つの非営利団体へ寄付される。

サーフィンというレンズを通して見る「アフリカ」

9月に終了したクラウドファンディングを経て、「Afrosurf」は12月に完成した。カラー印刷の320ページと重量感のある本だ。「Afrosurf」の製作には140名以上のライター、写真家、そしてサーファーが関わったそうだ。中身は写真、文章のほかに短編コミックやレシピも含まれている。本のロンチのタイミングで、ケープタウン市内にはMami Wataの期間限定ブックショップがオープンした。

「Afrosurf」には、サーフィンに直接関係する写真とストーリーがもちろん多く含まれているが、その本質は「サーフィン」そのものではなく、サーフィンを通じて見えてくる「アフリカ」の姿だ。そこにはサーフィンというレンズを通してみたアフリカの歴史、音楽やファッションといったポップカルチャー、人種の問題や貧しさといった社会・経済課題、地理や気候、そして食といった様々なトピックについての物語が描かれている。

たとえば、本の冒頭で紹介されているマイケル・フェブラリー(Michael February)。彼はワールドツアーに参加した初めての黒人・南アフリカ人サーファーだ。彼は本の中のインタビューで、アフリカの国の数を意味する「54」という番号を自分のシンボルとし、すべてのアフリカ人を代表する存在でありたい思ったと語っている。同時に、アフリカのよい面をもっと世界に伝えていきたいという思いも共有している。アフリカのサーフィン文化はまだまだ世界に知られていないが、その影響力は計り知れないと彼は考える。

フランスで生まれコンゴで育ったパトリック・ビクム(Patrick Bikoumou)は、10歳のときに波と出会い木の板でサーフィン楽しんでいた。12歳か13歳のとき、コンゴに働きに来ていたカリフォルニア人マイケルと出会い、一緒にサーフィンを楽しむ仲になった。マイケルがコンゴを去るとき、パトリックは彼のサーフボードを譲り受けた。最高に幸せな気分になったとパトリックはいう。時が流れ、彼はいまコンゴのビーチで「ラ・ピラミッド」というレストランを運営している。25年前に始めたレストランだ。同時に、3人の子どもたちと一緒にサーフィンを楽しんでいるという。10年前、70歳ぐらいの客がラ・ピラミッドに現れた。彼は昔コンゴに住んでいて、去るときに自分のサーフボードを「パトリック」という名の少年に託したと語った。パトリックは40年経ってマイケルに再会したのだ。

本に登場するサーファーたちの物語はすべて一人称で語られる。サーフィンがもともと文化やライフスタイルの中でそこまで身近なものではなかったものの、サーファーやサーフィンと偶然出会い、彼らがサーフィンにのめり込んでいった物語が、サーファーそれぞれの目線で伝えられている。黒人サーファーが少ないなか、経験した差別のことについても、さらに貧しい経験をしたことについても、その経験がありのままに伝えられている。その語り口は、必ずしも感情的であったり、政治的であったりするものではない。サーフィンが、個人的な課題や社会的な課題を克服するためのカタリスト的なものとして、そこに存在しているようだ。

本全体では、南アフリカの物語が少なくないが、ガーナやセネガル、アンゴラ、モロッコ、コンゴなど、アフリカ各地の文化、人々が紹介されている点も興味深い。また、サーフィンだけでなく、スケートボード、音楽、ストリートファッションなどの物語も充実している。これらの要素は、アフリカのサーファーたちの関連やライフスタイルの一部であると同時に、サーフィンという行為と共通する若者的・反抗的なメッセージ性を放つものである。若者が未来をつくっていくアフリカそのものを象徴する要素ともいえる。

本にはAfrosurfonomicsという言葉も紹介されている。サーフィンとエコノミクス(経済)を合わせたsurfonomicsは、サーフィンのエコシステム擁護団体、Save the Wavesという国際非営利団体が提唱した言葉で、Surfonomicsは、サーフィンが地域にもたらす経済効果を記録・可視化しようとする試みだ。「Afrosurf」の本では、アフリカの文脈におけるsurfonomicsの可能性が指摘されている。人工的な観光地を開発し、大量の観光客を呼び寄せるという観光産業の発展ではなく、環境負荷の少ないサーフィンという自然のなかでのアクティビティをしに訪れるサーファーを歓迎する。彼らが長期滞在することで、自然と地域経済が循環していくことが期待できる。一方で、サーフィンと海辺が外国人のものになってしまってはならない。だからこそ、サーフィンを通じた地元コミュニティ、特に若者のエンパワーメントが重要な鍵を握る。

「Afrosurf」の本を通じてアフリカの若者の精神性が世界に伝わると同時に、サーフィンというライフスタイル、カルチャーを核に、新しい汎アフリカニズム(Pan Africanism)が広がっていく未来に期待したい。


Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383