南アフリカのケープタウンを拠点に活動する陶芸作家アンディレ・デャルバニ(Andile Dyalvane)の新しい展示が、昨年12月10日から市内のギャラリーSouthern Guildにて開始。『iThongo(祖先からの啓示を意味するコサ語)』と題された展示は、世界で活躍するデャルバニが故郷への回帰をテーマに制作した18の異なるモチーフが模られた椅子のコレクションだ。

作品は、Southern Guildでの展示と、今年春に予定されているニューヨークのFriedman Bendaギャラリーでの展示に先駆けて、デャルバニの故郷である東ケープ州の村、ンゴボザナ(Ngobozana)にて、彼の家族・親戚らを含む村のコミュニティの人々に披露された。

©Maki

観察と経験から始まる造形

デャルバニが本格的に陶芸を始めたのは、1996年にケープタウンの大学に芸術専攻で入学して以降のことだが、彼は小さいころから故郷の村で粘土に慣れ親しみ、芸術や陶芸の専門的な概念がないころから、陶芸作品のようなものを創作していたという。創作活動においては描画を重要視し、描画が立体作品の起点となる。同時に、立体作品の表面にも、描画的な特徴があるのが、デャルバニの作品の独自の魅力である。

© Southern Guild & Friedman Benda

彼の作品のインスピレーションは、彼自身のルーツや思い出、そしてアフリカの文化や工芸品に由来する。例えば、陶器の表面に筋状の切れ目を入れた作品は、彼のルーツである南アフリカのコサ族を始め、多くのアフリカの民族の文化の一部である、スカリフィケーション(皮膚に切れ込み模様を施す文化)に敬意を表したものだ。他にも、彼が現在スタジオを構えるケープタウンの都市景観をかたどった作品もある。彼が得意とする形状は壺だが、アフリカ文化のみならず、世界の他の地域においても、壺は貯蔵や料理など、暮らしの中における用途において、歴史的・文化的に重要な意味があり、デャルバニはそれを意識して壺を創作しているという。文化や自分が置かれた環境を題材にすることで、文化を残し、記録するという意図がある。

© Southern Guild & Friedman Benda

デャルバニは過去に台湾やイギリスのコーンウェルなどで、レジデンシー活動を行っている。レジデンシーを行う際、その土地の文化をいかに経験するかということを重要ししているという。イギリスのレジデンシーでは、バーナード・リーチと濱田庄司が立ち上げたリーチ・ポタリーに所属し、現地で使われている釉薬や手法などを吸収した。彼の作品を扱うニューヨークのFriedman Bendaギャラリーが主催したトークイベントで、デャルバニは 「自分はある人から、カメレオン・アーティストだと称された」と発言している。自分が置かれた環境を観察し、そこから要素を吸収し、それを処理して作品として発信するのがデャルバニのアプローチだ。「自分の経験が作品に生きる。そうすることで独自の作品を生み出すことができる」と彼はいう。

©Maki

祖先と故郷へのメッセージを込めた作品

昨年12月にSouthern Guildで開始した展示に向けての創作活動も、描画からスタートした。今回の作品では、それぞれに意味(メッセージ)が込められた18の絵文字が使われている。これらはデャルバニが生みだしたオリジナルの造形だが、アフリカの象形文字に影響されたものだ。実際の絵文字の描画は、東アジアの書道にインスピレーションを受け、日本から入手した竹の筆を使って創作に挑んだそうだ。絵文字には、日没、薬草、羊飼い、家など、故郷の文化にとって重要な意味とメッセージが込められている。

©Maki

実際の陶芸作品では、この絵文字がスツールやベンチなどの椅子の背もたれの形状や、型押しされた表面のデザインに反映されている。デャルバニの作品はどれも座椅子のような形状で、座面と床の距離が近く、低い椅子だ。これも、アフリカの文化において、祖先との繋がりにおいて非常に大きな意味を持つ大地との距離を近づけるという意図を示したものである。展示の主題であるiThongo(祖先からの啓示)とは、彼が土と触れ合うなかで、無意識的に受け取っていた祖先からのメッセージである。

© Southern Guild & Friedman Benda

故郷や祖先への強い思いが作品に込められているからこそ、今回実現した故郷の村での作品のお披露目は、デャルバニにとっては非常に感慨深い出来事となった。このプロセスには、作品を通じて、祖先に敬意を表すだけでなく、家族・親族、そして村のコミュニティにとって、彼らのルーツや文化を再認識させるという意図もあった。家族や親族の中には、デャルバニのように都会に出て暮らしている人も少なくない。そのような中、伝統文化やルーツは、少しずつ失われてしまっている。

彼の作品は「わたしたちが誰なのかを思い出してほしい」という問いであり、人々が文化とプライドを取り戻すための象徴的な存在である。彼の村、ンゴボザナは、もともと丘の反対側にあったのだが、アパルトヘイト時代の土地政策によって強制的に今の場所に移動させられたという過去を持つ。この歴史の記憶があるからこそ、デャルバニと彼のコミュニティにとって文化や祖先を絶やさないことは、より大きな意味を持つ。18の作品のうち1つは、村に設置された。

iThongoの展示は、故郷の村でのお披露目の儀式と同様、ケープタウンのギャラリーでも同じように、火が焚かれる場所を囲むようにして、土の上に円形状に並べられている。ギャラリーでは、作品に触れることができない場合も少なくないが、デャルバニの展示では、来場者が自由に座って作品を感じ取ることができる。存在感ある特徴的な作品を体感することで、祖先の夢が、より多くの人々の記憶の中に残るはずだ。


Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383