日本のカルチャーを愛でる人が世界で増えるなか、最近は、日本産の陶器などの小物も当たり前のようにヨーロッパに輸入され店頭で手軽に買えるようになっている。そこに「shibui」という和風の小物ブランドが登場し、ヨーロッパ各国のセレクトショップやミュージアムショップ(ドイツのバウハウス、イギリスのV&Aダンディー、スイス国立博物館など)で販売されている。

名前からして日本のとあるブランドだろうと思いきや、作り手は、ギリシャ出身のデザイナー2人とヨーロッパ内に散らばる職人たちだ。

コンスタンティノス(Constantinos Hoursoglou)は、ギリシャのアテネ生まれの工業デザイナーだ。英国のデザインとアートの名門校ロイヤル・カレッジ・オブ・アートを修了し、ロンドンやニューヨークなどで働いた。現在はスイスのジュネーブに家族と暮らし、オールタナティブ・コミュニケーション事務所を拠点に生活用品や建物のデザインを幅広く手掛けている。

ワインクーラーやハンドミキサー、歯科の診察台、チケットカウンター、デザインフェスティバルの展示場、時計店とこれまでの仕事を垣間見ただけで、無数のアイデアが彼の中に詰まっていることがうかがえる。雑誌でもよく取り上げられ、様々な案件を進行する合間にデザイン学校で教鞭も取っている。

shibuiは2013年に、友人のアサナシオス(Athanasios Babalis)とともに立ち上げた。アサナシオスは、ギリシャ第2の大都市テッサロニキ生まれ。コンスタンティノスと同じくロイヤル・カレッジ・オブ・アートで学び、英国と米国で研鑽を積んだ。アサナシオスは故郷に戻り、主に家具のデザインに取り組んでいる。数々の受賞歴がアサナシオスの業績の高さを物語っている。

ジャパニーズ・メイド・イン・ヨーロッパの仕掛け人は、どんな思いを込めてアイテムを増やしてきたのだろうか。ジュネーブで、コンスタンティノスに聞いた。

shibui誕生のきっかけを教えてください。

岐阜県のアートプロジェクトで、毎年、海外からデザイナーを招待して県内の中小企業向けに何かしらのデザイン製作を進めていたのです。私はロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了生だったことからこのプロジェクトのデザイナーに選ばれて、2008年、2度訪日しました。合計1か月半滞在している間、日本を少し見て回る時間が持てました。

もともと日本の世界観や文化や歴史、日本の素材やデザインの純粋さに強く惹かれていて、実際の日本にふれたら非常に刺激を受けました。

わびさびという言葉は知っていましたが、渋いという日本語を初めて知り、究極的にシンプルであることや繊細さに価値を見出すことがこの言葉と結びついて、何か作ってみたい!とデザイナー魂が燃えてきて。それで、私にとっての落ち着いた美しさを表現してみようと、日本に行ったことがあるアサナシオスに声をかけました。

ブランドの名前には、やっぱり渋いをお借りしました(笑) いまもそうですが、当時も渋いという言葉はヨーロッパでは知られていなかったですし、よいと思いました。

ロゴは印鑑のように見えますね。

その通りです。日本で自分のハンコを作ったんです。自分のブランドにはハンコのデザインを使おうと即決しました。

遠距離のお二人は、どのようにデザイン決めをするのですか?

当初は1つのアイテムのために、それぞれがデザインを考案してすり合わせました。でも、出来上がったものにアピールする力が弱いことに気づき、どうやったら魅力的になるか、買ってもらえるか考えて、考えて、考え抜きました。

いろいろなタイプのショップに置いてもらえるようアイテムは選べるほうがいいという結論に達して、オフィス・インテリア用品とキッチン用品という2つのラインで製作していこうと決めました。そして、どちらのラインでもいいので、各自が1つの作品を完成させる方法に変えたのです。  

shibuiに見合ったアイテムになるよう、もちろん、お互いのデザインを確認し合っています。距離があることは障害ではなく利点です。デザインがひらめくとつい興奮してしまうのですが、アサナシオスに伝えると距離があるからこそ客観的に落ち着いて私の提案を見てくれて、つまり、それは買う側の目線で見るということですが、「もう少し説明してほしいな」「いい感じだけど、この点はちょっとね」など率直な意見を言ってくれます。彼のデザインを私が見るときも同じです。そのやりとりのおかげで、デザインのクオリティーがぐんと高まるのです。

shibuiのウェブサイトにはデザインの深い背景は書かれていませんが、どんな思いを込めているのですか?

人が使うことを考えると、製品のキャラクターというのは自然と決まってくるものです。具体的には、従来の製品のどこかを変えてみようと考えつつ、使いやすいこと、使ってみてどう感じるかを重視しています。たとえば私は料理が好きなのですが、スパイス入れ「ピンチ」は、調理中にスパイスを取るときに容器がちょっと斜めになっていたら取りやすいかもと思って切ってみたんです。また、蓋に少量取ってもいいじゃないかと思ったので、くぼみを入れてみました。蓋のほうは食事中にテーブルに置いても使え、絵になりますし。

特定の印象を込めることもあります。2色使いの大理石のキャンドルホルダー「キュービック」は、東京のランドスケープをイメージしたんです。四角い形でビルを表現して、置き方を変えられるようにしました。いくつか集めて配置を変えたら町にも見えるでしょう。使う人に自分なりの町を作ってもらえたらいいなと思いました。

もう1つ、シンプルであることと、ほかのものを引き立てるという要素とが結びついているのが特徴です。ペンホルダーの「マレーヴィチ」を例にすると、これはペンのためのフレームというか、ペンをプレゼンテーションするという要素があります。マレーヴィチにペンを置くと、マレーヴィチはもちろんそこにあるわけですが、マレーヴィチの色や形やボリュームよりもペンの存在感のほうが強く感じられませんか? 花を添える役回りになるのがマレーヴィチの本来の姿といえます。

『星の王子さま』を書いたサン=テグジュペリは、完璧とはつけ加えるものがもうないという状態ではなく、取り去るものがもうないことだと言いましたが、私たちは、この言葉にとても感銘を受けています。

shibuiのアイテムは、省けるものをとことん省いたデザインで、そこには究極の要素が残るわけです。アイテムは物ですから感情はありませんが、その究極の要素が、絶好のタイミングでほかのものとコミュニケーションしようと積極的に働きかけると私たちは考えています。使いやすさだけを追求し、問題なく機能すればいいという単にシンプルなデザインと、shibuiのシンプルさとはその点が違うのです。

1つのアイテムが完成するまでの時間は?

半日から半年ですね。たとえば「ラインライト」(卓上用とフロア用の2タイプ)のように、アイデアが浮かんですぐに形になることもあるし、サイズや素材など詳細なことに何時間も費やして納得する場合もあります。

ラインライトは、たった1日でできたんですよ。デザインは全然描きませんでした。店で見たアルミニウムの素材が気に入って買って家で眺めていたらライトが作れると思いつき、すぐにLEDランプとコードも買って作ってみたのです。その後いろいろ改良してみたのですが、結局、最初に作ったものが1番でした。

製作はどこで行っているのですか?

イギリス、ドイツ、トルコ、ギリシャです。スイスの職人の腕は優れているのですが人件費がとても高くどうしても販売価格に反映してしまうので、他国で探しました。

私たちが思い描いた通りのオブジェになるのは、職人たちにデザインを深く理解してもらえるかどうかにかかっています。本当に幸いにも非常にセンスある職人たちに依頼できていますが、磨くときの方向1つ取っても仕上がった状態がまったく違ってくるので、職人たちとのコミュニケーションは常に気を遣って綿密に連絡を取っています。

ラインナップが増えていますね。売れ行きのほうはいかがですか?

最初は、パリのメゾン・エ・オブジェ(インテリアとデザインの世界屈指の見本市)でもほとんどの欧米人にコンセプトを理解してもらうことができなくて、事細かく説明していました。自分たちが信じることを表現し続けて、それに共感してくれる人たちが年々増えてきました。最近は、shibuiのことを見たり聞いたりしたよとショップから問い合わせがくるので嬉しいですね。

ラインライトは、これまでに200個売れました。作りたいという自分たちのパッションのほうを重視しているので、量産ではなく少しずつ売っていくことに満足しています。

とはいえ、オリジナルブランドを立ち上げる人たちが増えていて競争が激しくなっていますから、ビジネスとして生き残っていくためには今後マーケティングにもっと力を注がないといけません。私が担当なのですが、根っからのデザイナーなのでビジネス面には弱くて、いろいろ思案しているところです。

いまはコピー品がすぐに出回りますが、その点の心配は?

それは、まったく気にしませんね。コピー品はコピー品に過ぎませんし、私たちはものすごくクリエイティブだと自負しています。私もアサナシオスも依頼される仕事があり、shibuiもあり、この2つの違うタイプの仕事を並行していることがよい刺激になっています。コピーされたら、違うアイテムをさらに作ろうという意欲がわきますよ。

扇形のペンホルダー「ogi」  design/Tizen Kints and Athanasios Babalis,

ヨーロッパの若い世代は、日本風、または日本人が描くデザインをどう評価しているでしょうか?

日本のデザインも多様ですが、モダンなものは、あくまで私の意見ですが躍動感や色使いが強調され過ぎている気がします。それらは視覚に訴えてわかりやすいので素晴らしいと感じる人は多いはずです。でも、派手でも、そして地味であっても繊細なアプローチや歴史が背景にあるわけで、それらの見えにくい部分を合わせた真のクオリティーが隠れているのが日本的で、大切な点だと思うので、理解が進むといいですね。

知識を得たり、年齢を重ねたりすれば見えにくい面のよさがわかるでしょう。ヨーロッパ人は、もっと成熟しないといけないですね(笑)

岐阜県のプロジェクト後、日本には行きましたか?

行っていないんです! 岐阜では写真家の妻も一緒でしたが、近いうちに家族みんなで行って北や南のほうまで足を延ばしたいです。お弁当をはじめとする日本の食べもの、歩行者天国、青い瓦やトタン屋根など日本の日常の小さい出来事1つ1つが私にとっては見慣れていないことで、たくさんのインスピレーションを与えてくれました。

日本にある様々な物、それらを作った日本の人たち、日本の環境をもっと見ることができると思うと本当に楽しみです。日本人は小さな仕事でも誠心誠意取り組むので、感動すら覚えます。日本人と接したら、shibuiのデザインのインスピレーションが高まるに違いありません。

今後の見通しは?

ときどき外部のデザイナーとコラボしながら、shibuiのアイテムを毎年増やしていきます。日本の人たちがshibuiにどういった反応をするか見てみたいので、いつか日本でも販売できたら嬉しいですね。


shibui

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/