「ファッションは薄っぺらいものと思われ続けてきた。文字通り見た目を飾るものだからね。でもファッションはずっと、社会と密接に結びついて時代を写し続けてきたんだ。だから、ファッションの世界を深堀りすることで、僕たちが学べることはあるんじゃないかって」
ファッションドキュメンタリーを手掛ける、映画監督のFrederic Tchengが話した一言だ。
それまでファッションドキュメンタリーといえば「誰も観る人なんかいない」と小馬鹿にされ、ファッションという職業でさえ「まともな仕事じゃない」とされてきた時代があったと彼は言う。
そんななか、彼が最初にプロデューサー&編集補佐として携わった映画『ヴァレンティノ:ザ・ラスト・エンペラー』は米国で商業的成功をおさめ、以来、数多くのファッションドキュメンタリーが生まれるようになった。
Fredericはその後『ディオールと私』で監督デビュー、日本でも成功を収めた。これから彼はどのような作品を描いていくのだろうか。映画の道に進んだきっかけと新作『ホルストン』の制作秘話などを話してくれた。
もともと映画づくりには興味があった?
うん、小さいころから映画は大好きだった。でも僕の育ったフランスのリヨンでは映画を仕事にしてる人は周りにはいなくて、職業としての想像ができなかった。だからとりあえず、土木工学を学びにエンジニアスクールに通ったんだ。
それでも映画は常にぼくの人生のそばにあって、普段からよく映画館に行ったりレンタルビデオを観あさったりしていた。映画を通して他人の人生を理解したり、自分では知りえない世界に出逢えるのが好きだったんだ。
そこから映画の道に。
エンジニアスクールの最後の1年を休学していた時に、自分の正直な気持ちに気がついた。フィルムスクールに行くことを決心したんだ。でもフランスのフィルムスクールはとても入るのが難しいから悩んだ。みんな小さい頃から英才教育を受けていて、学校に入る前には映画のつくり方を知っているような奴らばかりだから。それで、映画づくりに関して素人だった僕はアメリカへ行くことにしたんだ。
アメリカに対しての印象は?
正直、その頃はアジア映画のほうが興味があった。ウォン・カーワイやホウ・シャオシェンとかね。とはいえアメリカも嫌いじゃなかった。トッド・ヘインズやガス・ヴァン・サント、そしてデヴィッド・リンチはいつだって僕のアイドル。ブレット・イーストン・エリスの小説もよく読んでたし、ニューヨークは当時の僕にとってドリーム・シティだった。そのニューヨークにそれ以来ずっといるんだけどね(笑)
じゃあアメリカにはたまたま、行くことになったんですね。そこからなぜファッションドキュメンタリーを?
ファッションに関わる映画をつくっているのも偶然で。興味がないわけではなかったんだけど、あえてファッションの映画をつくろうということはなかった。たまたま学生時代に参加したバレンティノの映画がきっかけで、僕は一応その映画のプロデューサー補佐の立ち位置だった。それでファッションドキュメンタリーの話が来るようになったんだ。それが、ダイアナ・ヴリーランドの映画、ゆくゆくはディオールの映画にも繋がっていって。
なるほど、じゃあドキュメンタリー自体はずっとつくりたかった?
いやいや、もともとはフィクションがつくりたかったんだよ(笑)でも、フィクションの監督は脚本が書けないといけないって言うだろ?ぼくは脚本で行き詰まっちゃったんだ。
そんな時にドキュメンタリーは泥沼から救ってくれたような存在だった。フィクションの脚本は0から発明しないといけないようなものだけど、ドキュメンタリーはもうすでにあるものをどういう視点で描くかってことだからね。ドキュメンタリーだって自分を表現することはできるし、その時はフィクションよりもしっくりきたんだ。でも15年経ったいまは、実はフィクションに挑戦したいと思っているよ。
Fredericは、プロデュース、監督、カメラ、編集といろいろな立場でも映画に関わってきたみたいだけどそれについてはどう考えていますか?
もともとはエディターだから、そこがメインだとは思ってる。
でもカメラを回すのは好きだし、自分で撮ることはあるけど、カメラマンとして他人に雇われることはないかな。撮るってこと自体が編集的な側面を持っていると思うし、いろいろな分野に興味はあるから、やり方を決めつけることはしていないんだ。
映画制作時の具体的な話も聞いてみたいと思います。まず、前作『ディオールと私』ではラフ・シモンズが心を開くまでに時間がかかったと伺っています。ただ映画を見るとそれ以上に、老舗Diorの大所帯の方たちがカメラに心を開いている雰囲気が印象的でした。
Diorの人たちはとても協力的だったよ。ぼくが前にファッションフィルムをつくっていたから、それで信頼を獲得できていたのが大きかったね。あとラッキーだったのは、ラフが入って初めてのコレクションで、それはDiorにとっても大きな転換期だったということ。このタイミングでたくさんのモノや人が出入りしていたから、僕らが浮かなくて済んだんだ(笑)。それに彼らは一度心を開いたら、ホームのように出迎えてくれたよ。
ドキュメンタリーでは、どれだけ対象者たちの”異物”とならずに撮影していけるかは大事な部分ですよね。新作『ホルストン』は、ブランドを手放さざるを得なくなったホルストン陣営と、ブランドを買収したビジネスサイドの両軸で描かれていたと思います。一部では、描かれ方に敏感な人もいたそうですが。
ホルストンの元アシスタントや特に彼の親友、ライザ・ミネリは自分が発言することによって悪い評判やゴシップが強調されることを嫌がった。特にStudio54なんかはいろいろな噂があったからね。インタビューをみてても分かると思うけど、彼女は本当にホルストンを愛しているんだよ。一方、ビジネスマンたちは悪として描かれることを嫌った。映画のタイトルも『ホルストン』というくらいだからね。そう思うのは当然だろう。
どうやってその不安を解消していきましたか?
善悪という二元論ではなく、もっと深いところに迫りたい。そしてホルストンという一人のデザイナーのストーリーをフェアな視点にたってただ描きたいということを丁寧に伝えていったんだ。
フェアな視点に立つという意味では具体的にどんなことを?
とにかく、とことんリサーチすることだと思った。結局どちらが正しくて、嘘をついているかなんて誰も分からないんだ。だから、フェアに伝えるためにはできるだけ可能な限りのリサーチをしなければいけない。実際リサーチを進めながら、これまで明るみになっていなかったメモやリーガルドキュメントが手に入ったりしたんだ。でも正直、それでも本当のところは分からない。関係者のほとんどをインタビューした今でもね。ただ2つの解釈があったということだけは確かで、ホルストンとビジネスマンには別の正義があって、それが違っていたということさ。
「自分の中でミステリーを残したまま撮影したかった」とも言っていたけど、リサーチの途中で撮影を開始していったんですか?
本当はリサーチを終えてからと思っていたんだけど、取りながらインタビューを進める中で、彼らが徐々に心を開いて資料を提供してくれたりもしたんだ。だから本当に根気よく調査していくって感じだったよ。
編集も撮影と同時進行で?
うん、そうだね。ほとんどのインタビューは最初の夏に撮ってその時に編集をスタートした。その後、タヴィ・ゲヴィンソンと次の夏にフィクションシーンを撮ったんだ。
インタビュー対象者にはダイアナ・ヴリーランドの映画の出演者も多くでていましたよね。やはり出演者たちの協力も必要とするドキュメンタリーには人間関係の構築も大事?
そうだね。ぼくは、他人を理解する力には長けていると思う。どんな人でも、なぜこうなって、何故こんな行動をおこしたのか、正しいかは別として共感はできるんだ。だから、そういう姿勢をもっていれば相手はより安心して心を開いてくれる気がするね。
批判的にはなっちゃいけないっていうだろ。相手の立場に立ってみないといけない。そういう意味では、ぼくはもともと意見に固執しないタイプだから、ドキュメンタリーをつくる上では良かったのかもしれない。いろいろな視点に立てるからね。
Fredericさんの映画はドキュメンタリーでありながら商業的にも成功してきました。若手のフィルムメイカーとして今の業界に思うことは?
今の業界は厳しいよね。ファッション業界のように多くの人たちがお金儲けをしにきてる。だから最後はお金が多くのことを左右するんだ。これはアーティストにとっては難しい状況だよね。ビジネスとバランスさせる中で妥協しすぎないように気をつけないといけないんだ。
まさにホルストンのテーマでしたよね。
そうだね、それが一番表現したかったんだと思う。「作品」と「ビジネス」の葛藤。
エンタメ色のうすいドキュメンタリーはお金にならないとも言われる。
エンタメ色を濃くすることよりも、多くの人とコミュケーションするためっていうことを意識するようにしている。ファッションの映画だけども、できるだけ多くの人に届けることを考えているよ。ファッションに興味がない友達もいっぱいいるけど、彼らにも興味が持てるものにしたいと思ってるんだ。
これからはどんな映画をつくりたいですか?
ファッションにこだわりはないんだ。もう次の作品をつくってるんだけど、アートの世界に関するものでね。多分来年には完成できるんだけど、これからフランスでも撮影する予定だよ。仕事で母国に戻れるのが楽しみなんだ。他にもいくつか脚本もあって、これについては話せないんだけど、基本的にシンプルなストーリー。これまでは伝記っぽい話が多かったんだけど、これからはちょっと違うものになりそうなんだ。
次の作品を拝見するのが楽しみです。最後に、これからの映像作家たちに一言あればお願いします。
とにかく、情熱を注げるテーマを見つけて、それにフルコミットすること。ぼくの場合も全力でやった結果、毎回の作品が次のオファーを呼んでくれた。でも、それだけの情熱がなければ何も次に繋がってなかったと思う。その時その時、できる範囲を最大限に出して挑戦する。そうすれば、誰かが絶対に見つけてくれるはずなんだ。
今年公開されたFrederic Tchengの最新作「ホルストン」の視聴はこちらから。
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TAKANOBU WATANABE
デンマーク在住・映像作家
東京で出版社に勤務した後、映像作家に転身。2018年よりデンマークを拠点に移す。
オンラインマーケターとしての仕事をする傍ら、ドキュメンタリーをメインとした制作活動を行っている。