気鋭な現代美術家、大平龍一の新たな展覧会「rhizome(リゾーム)」が目黒区東山にあるギャラリー月極にて開催中だ。これまで、木材を使用した大小様々な彫刻を中心に数々の作品を発表し、国内に留まらず海外にも創作の場を広げる大平龍一は、現在千葉を拠点に制作を続けている。2010年には大國魂神社へ「随神像」を奉納したり、アートギャラリー NANZUKAや #FR2 GALLERY2などでの個展、その他多くのプロジェクトを通じて積極的に活動を行う。今回の展示では、2018年頃から制作をしている棒状の木彫とボウリングのボールを合わせた新作を発表。

本展覧会のタイトル「rhizome(リゾーム)」について教えてください。

rhizome(リゾーム)とは、根という意味なのですが、フランスの哲学者であるドゥルーズとガタリの「千のプラトー」という評論集に出てくる哲学用語でもあります。それまでは、ひとつの根を中心に、多くの枝葉を成りしていく構造の「ツリー(木)」が一般的に組織や社会をイメージするときに使われていた概念ですが、リゾームはその逆であり、無造作に張り巡らされた地下の根のように広がり、様々な場所に拠点を形成するということこそが、新しい社会のあり方や認識であるべきなのではないかという考えなのですが。それを聞いたときに、しっくりきたんですね。自分が考えていることがすごく綺麗に説明されている言葉だなと思いました。

例えば、今回の展覧会も、ぱっとみると全体的に作品に一貫したテーマはありませんが、私が何気なく作っている作品は、最近見たもの、考えていることなどが必ず影響しているので、あえてコンセプトで括らなくても、ここにある作品の繋がりは、はからずも出来ています。そういう作品を、観覧者それぞれが自分の価値観や感性見て、共感できるものを見つけ持ち帰ってくれればいいな、それがアートというものだなと思っていました。濃度が高く崇拝されるような対象がある空間ではなく。主題は一つではなく、中心がなく、水平で透明な空間に不思議なオブジェがお互いに鑑賞しながらたゆたっているような。そういう思いから、リゾームというタイトルにしました。

今回は、あえてコンセプトやステートメントなどを発表されていないんですよね。

現代美術ってすごくステートメント、テーマ、コンセプトを求められるんですよね。そればかりでつまらなくなってしまった。コンセプトを話すことは、デザインの世界だと必要なことだと思います。ある商品を売ろうとしているのならば、それができた経緯や意味を話す方が売れる可能性は上がりますよね。アートの世界でも、コンセプチュアルアートが世界で評価されてきたことは、勿論理解しています。しかし、アートも商品のような扱いになり、生産性を重視したような作品も増え、いよいよ本当にゴミみたいなものでもコンセプトさえよければいい!というようになってきてしまっているような気がします。そうなると、作家は展示の為だけに作品を作るようになってしまい、作品の価値も、作家や作品というよりも、ギャラリストの力だけで決まってしまうのではないでしょうか。私は自分の作品の価値を自分から語りたいとは思わないんですよね。それは見ている人が決めてくれれば良いかと思います。私は売れても売れなくてもどちらでも良いんです(笑)

テーマが決められた方が、商品として考えると売りやすいですし、見る側も理解しやすいと思います。でも私の展覧会っていつも結構違うんですよね。一貫したテーマがあるわけでもないですし、見る人も難しいのではないかと思います。ファンもつきませんし(笑)でも考えていることは日々変わっていかなければならないと思います。それで作品が変わるのは当たり前であり、仕方がないことだと思います。

そういったことは、学生時代から意識されていたのでしょうか。

作家として活動をし始めて、だんだんと意識しはじめました。学生時代はつくること、素材と話すことなど、感覚を鍛えるということに集中していました。海外の美大のような、コンセプトを重視した教育は藝大ではありませんでした。そこは海外と日本の美大の大きな違いでもありますね。

学生時代といえば、大平さんは博士号まで持っているんですよね。すごい経歴・・!

いやいや、ただ藝大のアトリエが使いたかったんです(笑)藝大って年間50万円で巨大なクレーン付きのアトリエが使えるんですよ!そんなところ都内にないですよ。いれるだけいようと、9年間いました(笑)

博士号までいかれる方は、周りには多かったのでしょうか。大学時代の仲間はまだ彫刻家として活動されていますか。

学部は20人、大学院は15人くらいだったのですが、博士は2人でしたね。
現在も彫刻家としてやっている人たちは少ないですね。でもどの業界もそうなのではないでしょうか。

大平さんは辞めたいと思ったことはありますか?

もちろん、思いますよ!毎日思います。でも辞められないんですよね。

大平さんでも思うんですか!何に一番悩まれますか。

自分の才能の無さに!(笑)なぜ自分はこんなつまらない作品しかできないのだろう、と日々悩みます。私は自分の過去作品にはあまりこだわりがなく、作るところが興味の頂点というか……。もちろんできた作品も大切ですが、やはり作り終わったものは、それまでのやりたいことであり……終わった時点ではその次の作りたいものアイデアが生まれているので、その新しいことで頭がいっぱいになります。それをどう作れるのかということをずっと考えてしまいます。

そうですね。きっと満足したら制作する必要がなくなるので、そうすると作家活動も終わってしまいますよね。

そうだけど、満足したんですけどね(笑) 

作品ができたときに、「お、これはいい!」と思ったりしないんですか。

その時はあるけど、次の日は崩れ落ちたり(笑)

学生時代や20代の頃と比べ、ご自身の作品はどう変化したと思いますか?

20代の頃は、技術を見せるということにこだわっていた気がします。どう「うまくつくれるか」ということを考えてしまっていたのかもしれません。技術力が高い作品の説得力みたいなもの、というか上手さみたいなものを考えていたんですね。今はそういうふうには思いませんが。そういうのはどっちでもいいかな、と思います(笑)

大平さんには今2人のお子さんがいらっしゃいますが、そういう私生活での変化はどう影響していますか。

子供が生まれた影響はすごくあります。例えば今回の作品も黄色やピンクなどの明るい色が多いのですが、それはもうすぐ2歳の娘が初めて覚えた色なんです。子供が初めて認識する色って大事だなと思いました。そういうのって大人になっても残っていると思うんですよね。そういうのもあって今回そういう色に塗りました。

「ボウリングピン」と題された作品もとてもカラフルですよね。あれはよく見るといびつですが、棒も一本一本切っているということですよね。

はい。「ボウリングピン」も、こういうサイズの棒を買ってきて塗ったわけではなくて(笑)丸太からチェンソーで切り出しています。他の木彫も、彫刻刀などは使用せず、全部チェンソーで作った作品です。今回は時間をかけて一つの完成度をあげるというより、自分のイメージしているものを現実化して、それを繋げるということに集中しました。あまり考えすぎると想像以上にならないので、作っている時も最終イメージを決めないでやりました。

今回は木彫にボウリングの玉がセットになった作品ですが、ボウリングがお好きなのでしょうか。

ボウリングに興味ないのですが(笑)でもボウリングの玉は好きなんです。柄も多いし、サイズもちょうど良いんですよね。重さも大きさも人間の頭に近くて。人間の頭や顔って我々がみている一番身近な玉ですよね。

ボウリングシャツ付きハンガーはどのように生まれたのでしょう?(笑)
そう、ハンガー付きシャツじゃなくて、シャツ付きハンガー(笑)こちらは、今回の展示スペース「ギャラリー月極」のオーナーがデザイナーなので、一緒に遊んでみたかったんです(笑)ハンガーを購入した人は、オリジナルボウリングシャツのサイズと色が選べます。

今回も木彫作品ですが、大平さんは木が一番好きなマテリアルなのでしょうか。

木は学生の頃から使用していますが、素材としてちょうど良いんですよね。彫刻の材料は、粘土、石、ほかにも色々ありますが、粘土は、制作中と出来上がったときの感じが変わってしまうし、石は時間がかかりすぎる(笑)ただ、今回は木だけど、次は木ではないかもしれないですし。たまたま自分が伝えたいことが、合う素材が今は木なだけでなんですよね。

最後に、大平さんのようなキャリアを目指している方に何かアドバイスやメッセージをいただけますか?

とりあえず続けることだと思います。崖っぷちで頑張る!(笑)他にバックアップがないと、生きて行く為に必死になると思います(笑)給料があったら、作品が売れなくてもやっていけるじゃないですか。そりゃ給料があったらそっちが良いですよね(笑)でもギリギリな時に作品って売れたりするんですよね。

アートは売れない時代だとか、日本は売れないとか、色々と難しい業界だと思われていますが、売れる時は売れますし。ただ、日本のアートに対する環境も変わってくれるといいなと思う場所もたくさんあります。それには美術教育がすごく大事だと思います。上手い絵だけが、技術的に高いものだけが良いものとされたりとか、誰かが良いと言ったものだけが良いとされると教えられると、アートを前にしたときに考えるということができなくなってしまいますよね。それぞれの感性で作品をみるということが美術教育の中心となってきてくれたら、とても嬉しいですね。

それまで私は作品を通して、ガチガチに凝り固まった大人たちの脳内を彫って削ってぶっ壊し続けますよ。


All Photos by Yusuke Abe(YARD)

大平龍一(おおひらりゅういち)

1982年東京都生まれ。千葉県在住。2011年東京藝術大学大学院にて博士号を取得。 2005年に「SICF 6th」森美術館館長南条史生賞、2006年に「第54回東京芸術大学卒業・修了制作展」安宅賞を受賞。2010年には、大國魂神社へ「随神像」を奉納。これまでに、国内では、#FR2 GALLERY2(東京)、GALLERY DE ROOM702(大阪)、NANZUKA(東京)、海外ではGalerie Vera Munro (ドイツ・ハンブルク)などで個展を開催。その他国内外の様々なグループ展などに参加し、活動を広げている。
www.ryuichiohira.com
instagram:ryuichiooohira