山と海に囲まれ古くから港町として発展してきた神戸の街で、アートプロジェクト『Trans-』が開催された。ディレクターは、DIC川村記念美術館に勤務後、横浜トリエンナーレ2014などの美術展を国内外で手がけるインディペンデントキュレーターの林寿美氏が務めた。近年日本各地で行われている、子供から大人まで誰でも楽しめる地域活性化のため芸術祭とは一線を画す内容となった。

招聘アーティストをドイツ人アーティストのグレゴールシュナイダーと、神戸市出身のやなぎみわの2名に絞って行われた。神戸は、京都や大阪に比べると観光をしに来る街ではないかもしれないが、関西圏では住みたい街ランキングで常に上位にランクインしている。2008年にはアジアの都市で初めて「デザイン都市」としてユネスコに認定され、2012年にはスイスの英人材コンサルティング会社である「ECAインターナショナル」が、気候、インフラ、医療、安全性や大気品質などを調査し発表する「世界で最も住みやすい都市」ランクで世界で第5位、アジア圏ではシンガポールに次いで第3位となったほどの住みやすい街だ。街の中心部から神戸空港まで15分、港ではクルージングも楽しめ、海水浴のできるビーチまでアクセスもよく、六甲山からは神戸の街を一望できる贅沢なロケーションなのだ。

今回の『Trans-』が開催されたのは、そんな神戸のイメージからは打って変わって、時代に取り残されたような独自のリズムを刻んでいるようなエリア、新開地、兵庫港、新長田で、これから取り壊される予定の廃ビルや駅構内を大胆に使って行われた。

グレゴールシュナイダーは生と死、空間や部屋をテーマとした作品を作り続けているドイツ人アーティストだ。1977年から10年周期で開催され、最近では2017年に行われたドイツの「ミュンスター彫刻プロジェクト」に足を運んだ人は彼の作品を覚えているかもしれない。彼の創る空間に一歩踏み込むと、現在地や時間を見失い、自分の思考と向き合う事になる。そこには少し普段触れられることのない思考に触れられる気持ち悪さがあったり、生と死を同時に見つめ、それらがそこにただ共存しているという事実に出会うなど、普段意識することの無い思考を巡らせることになる。

『Trans-』では、新開地、兵庫港、新長田のエリア8箇所に展示される12の作品が「美術館の終焉-12の道行き」と名付けられ、鑑賞者は第1留から第12留までを見て周るというもの。それぞれの場所はキュレーターの林寿美氏の協力のもと、グレゴール自身が選び出し、それぞれの場所をそのまま活かしつつ手を加えたり駅のコンコース内に空間を設置している。エリアや建物の雰囲気そのものが、元々のグレゴールの作風と溶け合うようにマッチしていた。ほとんどの作品は建物そのものや、建物の中に部屋を造っていることもあり、外からはここでアート作品が設置されていると気づかない。彼の展示の中で美術館などの施設を使わない今回の作品は、過去最大規模なのだそう。足を運べない人たちの為にも、その一部を紹介させて頂きたい。

第3留は1968年に設立され、昨年まで使用されていた「旧兵庫県立健康生活科学研究所」

7階建のビルの真っ暗な地下階からエレベーターで5階へ上がると、全てが真っ白に塗られており、鑑賞者は扉の開く部屋に自由に入り鑑賞することができる。

次の階へ上がると、作品にぶつからずに見るのは難しいほどに散乱した部屋が現れる。無機質な建物の造りやオフィス家具が、ドイツの物と似ていることで、グレゴールの作風と共鳴していた。

7階には動物実験を行う場所であろうと思われる部屋。

自分たちが安全に暮らしていく為に、見えないところであらゆる研究をされていることをありがたく思うと同時に、ここで働いていた人達がどのようにして過ごしていたかを想像せずにはいられなかった。

さらにそこから屋上へ上がると、焼却炉とカラフルに塗られた動物を収容する檻と思われるものが現れる。

建物自体も普段なら絶対に足を踏み入れる機会がない場所だが、グレゴールの仕掛けによってますます薄気味悪さを増していた。この建物は会期後に取り壊しが決まっているそうだ。

第4留は100m以上も続くメトロ神戸の地下通路の中に設置されている。

地下通路の中には古本屋、ゴルフ練習所や卓球場があり、有り余ったスペースをうまく利用しているようだ。

それらに気を取られて歩いていると第4留の作品を見過ごしてしまうほど、まるでもともとそこにあったかよのように存在していた。こちらの作品は一人ずつ入るようになっている。一つ目の扉を開けると、真っ暗な部屋にさらに扉。内側にドアノブが付いていないので来た道を戻ることはできない。

第6、7留は、住宅地にある誰かの家。ここは日時限定で公開されているので、当日の朝のうちに予約が必要だ。部屋の中に入ると、風呂場でシャワーを浴びている人や、2階で寝ている人が存在し、まるであちら側には自分たちの存在が見えてないかのようだ。

第7留の家は、今どきこんな細くて急な階段を見たことがない、と思うような足場の悪い階段を登っていくと、パチンコが並んだ部屋が現れる。

第8留は低所得男性勤労者のための一時宿泊施設「神戸市立兵庫荘」。1950年に開設され、昨年の3月に廃止されたばかり。なんと宿泊料は一泊50円だったようだ。刑務所から出てきた人たちが多く利用していたことから、近隣の住民の間では子供には近づかせないようにと言われていたようだが、今では周辺には新しいマンションも立ち並び、そのような様子が全く感じられなかった。こちらのビルも会期後に取り壊しが決まっているようだ。

中に入ってみると全てが真っ黒に塗られ、小さいハンディライトを持たされ自由に徘徊するようになっている。その時点でかなり薄気味悪いが、小さなライトを頼りにくまなくそれぞれの部屋を見ていくと、まだそこにはさっきまで生活していたような形跡が残っている。寝室は2段になった就寝スペースが4つあり、広々としたキッチンとリビングの共有スペースがあり、今で言うところのホステルの造りと似ている。

第9留は地下鉄海岸線駒林駅のコンコース内にある。

長いコンコースをどんどん歩いていくと、両サイドには手書きで書かれた魚のタイルがずらりと並んでいて、気を取られながら歩いていると第9留にたどり着く。

作品の中には一人ずつ入るようになっている。グレゴールが、2005年にネットなどの証言を元にスタジオ内に再構築した作品「白い拷問」。アメリカ軍がキューバに秘密裡に設けたグアンタナモ湾収容キャンプ内を再現している。

第12留は長田区に1918年に設立された商店街「丸五市場」。

今日はほとんどのお店が休みかな?と思うほど閑散とし、ほとんどのシャッターが閉まっているが、今でも営業しているお店がかなり少なくなっているのだとか。

1995年の阪神・淡路大震災が起きた日、市場の定休日である火曜だったためここは火災にならずに済み、鉄骨で補強された作りだったため原型を留めたそうだ。このエリアはベトナム人や韓国人などのアジア系の在日外国人が多く住むエリアで、市場を含め、周辺にもアジア料理屋が多く存在する。丸五市場では2008年から年に数回「丸五アジア横丁ナイト屋台」が開催され、その時だけはこの市場に多くの人たちがアジア料理屋台を開き、500人ほどの人たちが訪れるのだとか。そんな丸五市場に展示された作品は、携帯のアプリをダウンロードし、そのアプリをかざしながら市場内を歩くと、第1留で3Dスキャンされた75歳以上の老人たちが画面に出現するというもの。そこに老人がいるのが自然に見えるほど、その市場の退廃的な雰囲気と妙にマッチし、デジタルの力により市場にリアルとバーチャルの人々を運び込む事で、時間の流れがいくつものレイヤーになって存在しているような感覚に陥る。

余談だがこの市場で10年ほど前から営まれている中華料理屋の「めいりん」の、笑顔が印象的な中国出身の店主が作る水餃子は絶品。市場にいる人たちは、ここでアートプロジェクトが行われていることをよく理解していない、もしくは気にしてもいないようだった。

『Trans-』は、11月10日まで開催。昭和の趣が残る神戸市西部を歩きながら、違う時代にタイムスリップしたような感覚から次第に、グレゴールの世界に引き込まれていく。そこは作品であり場所そのものでもあり、自分の思考の世界でもあるような。これらの作品を経験した後の人々の感想を聞くことも、グレゴールの作品の面白いところだ。

全く媚びることの無いアートプロジェクトが、神戸が地元の自分も知らなかったエリアで行われたことは良い意味で衝撃的だった。今後このアートプロジェクトがどのように発展していくかにも期待は高まるばかりだ。


All Photos by Natsuko Natsuyama

NATSUKO

モデル・ライター
東京でのモデル活動後、2014年から拠点を海外に移す。上海、バンコク、シンガポール、NY、ミラノ、LA、ケープタウン、ベルリンと次々と住む場所・仕事をする場所を変えていき、ノマドスタイルとモデル業の両立を実現。2017年からコペンハーゲンをベースに「旅」と「コペンハーゲン」の魅力を伝えるライターとしても活動している。
Instagram : natsuko_natsuyama
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