自転車都市として有名であるものの、スケート文化が発達していることでも知られるアムステルダム。そのカルチャーの成長とは切っても切り離せないのがスケートパークだ。ストリートで生き続けてきたスケートカルチャーがある一方で、場づくりはどのような意味を持つのだろうか。欧州でも有数の大きさを持つSKATEPARK NOORDのマネージャーをつとめるIGORに、話を伺った。
スケートともにあった人生
「スケートをはじめたのは11歳のとき。当時はインラインスケートをやってたんだけど、2人の兄にばかにされていてね(笑)。それでばかにされたくないという一心でスケートデッキを買って、毎日すべってたんだ。Almere(アルメーラ)という20kmくらい離れたところの出身なんだけど、まだ35年くらいしか経ってない新しい街。当時はなにもなくて、カルチャーみたいなものもほとんどなかったんだ。それで、15歳くらいからはアムステルダムに週4くらいで来て、スケートしていたよ」
それから、IGORの人生はスケート一色。その後は仲間とともにアムステルダム郊外でスケートショップをはじめる。
「約300坪の広いスペースで、他にはミニランプやビンテージショップ、ファッションブランドにバーが入ってた。でも休みなしで働いて夜中まで動いてたから結構ハードだったね。結局、ショップは辞めてしまったんだけど、そんなときにこのパークでのオファーをもらって。アムステルダムに戻ってきたかったからすぐに働くことになったよ」
以来、彼はSKATEPARK NOORDで働きはじめ、今では責任者として場づくりにつとめている。
アムステルダムのスケートシーンの変容
「ぼくがアムステルダムに滑りに来ていたころは、いまとはけっこう違う雰囲気だったよね。15年前はカルチャーだけだった。いまはカルチャーとスポーツ(コマーシャル)としての2つの側面があると思う。これはいい面と悪い面があって、いい面は、たくさんのスケーターがスケートで食べれるようになったこと。これはとてもいいことだと思う。僕自身もスケート関係の仕事をできているしね。悪い面は、『スケボーのためにトレーニングする』とか『パフォーマンスする』とか、そういう考え方ができてしまうこと。でも、これはどっちが良かったのかという話でもなく、スケボーが時代に合わせて変わり続けているだけなんだとは思う。
スケーターって20年前はへんなやつ扱いだったのが、いまはかっこいい奴らに変わった。ファッションやラッパーの影響でね。でも、おれにとってはミスフィッツでい続けることのほうがかっこいいと思ってる部分もあって。いま街を歩いててもみんな同じ格好で、誰がスケーターだかわからないからね。前は、ストリートでもひと目でスケーターだってわかった。それが好きだったんだ。いまはみんなスケーターぽい格好をしてて、スケーターはスケーターぽくない格好をしているからね(笑)」
現地のパークに行くと真っ先に感じるのは、アムステルダムのスケーターがとてもフレンドリーなこと。スケーターに限らずともアジア人でさえ、常に歓迎されている雰囲気がそこにはある。この雰囲気では欧州では珍しい。
「アムステルダムの人たちってとにかく楽しむんだよね。僕らも50%はパーティ、50%はスケートって感じでさ。なんでもシリアスになりすぎないっていうか。その雰囲気が好き。Boticeli Boysもいい例だね。大人数のグループチャットがあって、常にみんなでパーティとかスケートの話をして集まってる。
Boticeli Boysはおれにとってはただの友達のあつまりなんだけど、いまは40人くらいがチャットにいる。みんな毎日連絡とれる人はとって、会える人だけでもご飯を一緒に食べて、スケートして、飲んで。メンバーの多くは一緒に住んでいるし。それで、Boticeli Boysの面白いところは、ほとんどの人がアムス出身ではないところ。いろんな街のミスフィッツが集まっているんだ。スケートが好きな人だったらだれでもウェルカムなんだよ」
場所とコミュニティの重要性
「アムステルダムではVrieshuis House Americaっていうパークが有名だったんだけど、6年前に閉まっちゃってからパークを作る新しい場所がみつからなくて、その5年ほどは街に大きいパークがなかったんだ。スケートパークは、スケートシーンに大きく関係しているからさ。スケートシーンが死ぬとは言わないけど、カルチャーがどんどん弱くなっていると感じてたんだ。それでこのパークが2年前にオープンしてから、ボードを家にしまい込んでた奴らがまたボードを取り出してスケートするようになった。場所がとても大切だってことを再確認するきっかけになったね」
オランダではSkateOnという会社がスケートパークをいたるところにつくっている。市の投資があって成り立っているそうで、スケーターからの評判もとても高いそうだ。
「パークを建てることは本当に大事で。僕らがもっと大きくなってお金を持ったときに、ちゃんとパークをつくって若いスケーターのために良い環境をつくらなければいけないと思ってる」
そして現在、SKATEPARK NOORDでは大規模なスケートスクールもあり、難易度別に12クラス、300人ほどの生徒が毎週レッスンを受けに来るのだそう。
「SNSが出てきてからは、個人ブランディングがメインになってる感じはするね。前まではクルーでの動きがメインだったけど。でも、昔は新しい街にいっても良いスケーターを見つけるのは難しかったりした。いまはSNSですぐに見つけられる。スケートが成長するには良い機会だと思うよ。パークが増えたりショップが増えたり。スポーツが大きくなってカルチャーがなくなっていくのは残念だけども、変わり続けるのは自然なことだし。それに固執してもしょうがないね。でも小さなスケートショップには残り続けて欲しい。スケーターたちの憩いの場でもあるし、かっこいいビデオを見て影響を受けたり。商業化が進んで大きな店が小さい店をつぶしてしまうことだけは避けて欲しいと思う」
「11歳のときにスケートをはじめたときと、いまも気持ちは変わらないね。夢中で楽しめる。それがスケートの良さだと思う」と、少年のような笑顔で語ったIGOR。
多様で寛容だからこそのリラックスした雰囲気があるアムステルダム。あくまでスケートが中心になりすぎないこのゆるさが、カルチャーとして根付く要因なのかとも考えさせられた。
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All Photos by Takanobu Watanabe
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TAKANOBU WATANABE
デンマーク在住・映像作家
東京で出版社に勤務した後、映像作家に転身。2018年よりデンマークを拠点に移す。
オンラインマーケターとしての仕事をする傍ら、ドキュメンタリーをメインとした制作活動を行っている。