多様な生き方を体現している女性の姿とともに緑豊かな自然を、インクや水彩を用いた絵画、イラスト作品として展開してきたアーティスト・堀内結の個展『We must bring salvation back(「お互いに救いの心を取り戻そう」)』が、六本木の「CLEAR GALLERY TOKYO」で開催中だ。近年、雑誌のイラストからショップやホテルの壁画といった大型作品まで幅広い活動をしている彼女だが、なかでも、緑の中に佇む女性の後ろ姿を描いた水彩画シリーズ『FROM BEHIND』は堀内の主要な作品として継続して描かれている。

美しい景色がどこまでも広がる草原や森の中に描かれているのは、さまざまな女性たちの後ろ姿。自然の中でたたずんだり、リラックスしていたり、時には走り出している女性たちの姿は、まるでいつかの友人や自分の記憶を思い起こさせるよう。優しい色彩とのびのびと描かれる線は、潔く、心地よい。

「彼女たち」の姿には、堀内自身の心に残る風景と死生観が同居しているのだという。本シリーズのきっかけとなったのは、ロンドンの古い墓地の中で外部から忘れ去られたようなうっそうした緑の中に浮かび上がる友人の後ろ姿。堀内はそのイメージを反復するなかで、「彼女たち」の姿は、堀内の身近な亡き女性たちの姿と重なるようになり、彼女たちを偲ぶようなパーソナルな行為としても続けてきた。今回の展示作品について、また、1ヶ月間滞在したという長野県小海町のアーティストインレジデンスでの制作について話を伺った。

“野に踏み入る際に踏むべき歩み”
90 x 108cm

今回の作品展のテーマについて教えてください。『We must bring salvation back(「お互いに救いの心を取り戻そう」)』は、ジャクソン・ファイブ(The Jackson 5)の『I’ll be there』の冒頭の歌詞からきているそうですが、結さんにとってこの歌はどんな存在ですか?

私は普段、聴かなきゃいけないものや目にしなきゃいけないものは、意味を持って自分の元にやってきたと思うようにしていて、家でたまたま見つけた20年以上経っているラジオをつけて制作をしていたら、そのラジオよりも古いこの曲が流れてきました。そのとき、『We must bring salvation back(「お互いに救いの心を取り戻そう」)』という歌詞が脳裏に焼きつき、私が普段絵を通して伝えたいことと一致していて、不意の巡り合わせに思わず涙したことから展覧会のタイトルに引用しようと決めました。

緑の中に佇む女性の後ろ姿を描いた水彩画シリーズ『FROM BEHIND』は、これまで継続して描かれているそうですが、結さんご自身の心に残る風景と死生観が同居している、とも表現されていますね。

長いこと絵を描いていなかったため、リハビリの一環として、水彩画の練習をしている時に知り合いから親しい友人の訃報が入ったんです。10代の頃からの友達で一緒に旅行にも行ったり、制作面のことも応援してくれていて、彼女の生を謳歌している様子を見ていて私も励まされたりしていた中、彼女の突然の訃報にすごくショックを受けました。

どうして彼女が、なぜこんなに若くして、と、時が止まったかのように答えのでない自問を繰り返していた中、当時何気ない理由から制作をしていた顔の見えない女性像たちが思いがけず遠くへ行ってしまった彼女を連想させるようになったんです。私にとっては、心を落ち着かせる手段のような、彼女のことを悲観せずずっと心の中で生き続けていてくれるような感覚を覚えました。絵を描くのをやめないでと向こうにいる彼女から言われているような感覚にもなりました。

私たちには病気のことを告げず、痛みに耐えられず亡くなってしまった彼女のことを想ううちに、できれば今いる場所は痛みや苦しみのない神様の庭のような場所であってほしいと願うようになったことがきっかけで、ニルヴァーナとかパラダイスといった場所を連想させる自然を主に背景に使用しています。

そういう場所に居たらと想像することで”お互いに救いの心を取り戻せる”ことに繋がるような気がして、もう会えないけれど、姿が見えるような、私も彼女たちのそばにいるよ、という気持ちから、今回『I’ll be there』の歌詞を展示タイトルに引用しました。『Where there is love, I’ll be there –愛のある場所に私はいるよ–』と、自分が言っているのであり、向こうも、私のそばににいるよって言ってくれているような気がして。

今回の展示作品の制作期間はどのくらいですか? 自然が豊かな場所にあるアーティストインレジデンスで制作されたと伺いましたが、どんな場所でしたか?

制作期間は全部で1ヶ月間でした。滞在していたのは、八ヶ岳の中腹あたり、ロケーションは軽井沢と小淵沢の間に位置する長野県の小海町にある”KOUMI ARTIST IN RESIDENCE“というところで、標高は1600m〜1800mの場所です。とにかく景色がとても壮大で。まわりに何にもなくひらけていて、空がすごく広かった。夜は満点の星空と、山沿いには流れ星がたくさん降り注いでいて、毎日毎日、見る景色がとても綺麗でした。すこし車を走らせると「どこここ?」というような山深い場所へすぐ行けたり。標高2000m以上になると、もののけ姫の舞台になった場所や人の力ではどうにもならないような大自然があり、そこに生息する動植物を見て、小さなものが大きなものを作っているんだなということをすごく感じましたね。

滞在していた1ヶ月間、全て制作をしていたわけではありませんでした。滞在先のレジデンスが企画するワークショップや、東京からその場所を知ってもらうためのバスツアー、地元の住民の方々との交流のためのオープンスタジオなど、色々と対応するイベントもあり、そういったことも事前にわかっていたので、制作とのバランスを考えながら進めました。

今回の作品にも描かれているような、壮大な自然のある場所だったのですね。作品は、どんな手順で描くのですか?

今回に限っては急いでいたので、とにかく計画をものすごく練りました。今回展示している作品は12点あるのですが、6点ずつ、同時制作しました。スケッチは東京で済ませ、背景は山で描こうと考えていたので、滞在中にみた景色や植物を参考に描きました。

簡単な手順としては、まず水彩紙を水張りし、鉛筆の下書き、インクでの実線、インクが乾いたら6点を周りに広げ、描いて描いて描いて、戻って描いて描いて……という風に、描いたものを乾かしながらパレット片手にぐるぐるとずっと描き続けていました。常に時短を考えながら(笑)透明水彩は乾くのに結構時間が必要ですし、実線に使っている証券用インクも、完全乾燥させないと耐水性にならないインクなので、乾燥時間をしっかり取らないと水彩をのせたときにインクが滲み台無しになってしまいます。なのでとにかく早くインクを描いて乾かす、ということから始めました。そして乾いたところから着彩を始め、何度も重ね塗りしても良いのですが、どうしても白い下地を綺麗に見せたかったので、初めてマスキングインクというものを使って白抜きしたものを多用してみたりしました。おかげで山の草花なんかは割と上手に表現できたかなと思います。

足し算引き算を続けて、最初の15日間で半分の6枚を仕上げました。描くこと以外にも紙が弛まないように乾かしてから重りを乗せておく作業もあったので、スケジュールをとにかく考えながらリレーのような感じでやっていました(笑)また、今回プロジェクターも使いました。いわゆる十字で縮尺を取りそのまま拡大して描く方法もありますが、近隣の小海町高原美術館の学芸員さんが貸してくださって、文明の利器は使おうと(笑)でもそれのおかげで、短期間で仕上げられたということもありますね。

“生まれる前の子は知ってる、これから何が起こるかを”
108 x 90 cm

結さんの作品は、インクで描かれた線も特徴的ですね。

証券用インクを使っているのですが、証券用インクは、書類の書き換えができないように絶対に消えないんです。完全乾燥すると完全な耐水性になります。そもそもインクを使い始めたのが、水彩だと下書きで描く鉛筆の跡が残る(一回水をのせると鉛筆が消えなくなり鉛筆がすけて見えてしまう)のですが、私は実線を綺麗に活かしたいけど鉛筆の線では納得いかずいろいろな手法を探っていました。そんな中、漫画家の方が使うGペンを使って、インクボトルにニブを浸し、乾く前に実線をとる。この手法に落ち着きました。下絵を見るとちょっと塗り絵に近いかもしれないですが、作画した実線は残り、描きやすくなってずっとこのやり方で描いています。続けているうちにその実線がいいねといってもらえるようになって、今回はインクのみ、未着彩の作品も展示しています。

“朝を迎える喉の乾いた鳥”
76 x 57cm

ご自身の作品を通して、伝えたいメッセージなどはありますか?

今回の展示のテーマ『We must bring salvation back(「お互いに救いの心を取り戻そう」)』にも繋がるのですが、思いを持っている相手のことを思い続けていることだったり、遠くに行ってしまった友達や連絡を取っていない人を思い出す時間を、素直に大事にしてほしいということです。いつまで生きているかなんてわからない、突然何が起こるかわからないから。私の作品制作そのものが美術業界に激震を与えて歴史が変わる、なんて、そんなことは思っていないけれど(笑)この制作を続けていくことで素直に、絵を観た人が「ああ、なんかあの時のあの子のことを思い出すなぁ」とか「自分がこういうことをしていたときのことを思い出すな」「この子と同じ気持ちかもしれない」と、意思を通わせるところがもしあるのであれば、その気持ちを素直に受け入れてほしいなぁと思っています。いますごく簡単に連絡が取れる時代になっているから「ご飯行こうよ」「会おうよ」って、そんなみんなのリコネクションのきっかけができればいいなぁ、と思っています。

今後の展望は?

今回の展覧会で課題が見つかったので、具体的な面では大きい絵をもう少し定期的に描きたいなど色々あります。何も決まっていない展望は、いろんな国にいろんな友達がいるので、そういう友人たちの元で作品を観せられる機会をもうちょっと増やしたいです。また最近、特別に小学生の女の子に絵を教えているのですが、子どもってこんなに吸収力が速いのかということを目の当たりにして。人に教えることについてそれまで意識していなかったのですが、先日テンプル大学の学生たちが展示に来て色々な質問をしてくれたこともあったりして、逆に自分も学ぶことがあると感じました。経験を共有できる機会があれば、今後も何か出来たらと思っています。

去年からブログも書かせてもらっているのですが、自分のアウトプットの方法が一つ増えたことによって非常に頭が整理されることに気づきました。なので今後もいろんな方法で、いろんなことをいろんな場所でうまく表現できるようになれたらいいなと思っています。あとはアーティストインレジデンスなどの経験を踏まえて、やっぱり普段の環境とは違うインスピレーションの源があったり、他の作家とのふれあいも勉強になることが多かったので、国内外問わず、多様な文化やできるだけいろんなものを見て吸収して、インプットとアウトプットとのバランスをうまく保ち続けていきたいと思っています。


All Photos by Misa Nakagaki

堀内結
世田谷生まれ、アメリカのワシントン D.C.で幼少期を過ごし、渋谷の街で10代を過ごす。
2014年より制作を始め、現在は東京を拠点に活動を続けている。扱うメディアは、主にインクと透明水彩を用いた絵画、イラストの他、刺繍を使った作品も手がける。
匿名の女性、場所を用いて制作を続けるシリーズ『FROM BEHIND』を軸に、現在までの作家活動に加え、雑誌や各国のファッション、コスメブランド、ショップやホテルの壁画といった大型作品といったクライアントへの作品提供も積極的に行っている。

HP: YUI HORIUCHI

Solo Exhibition
“We must bring salvation back ” by Yui Horiuchi / 堀内 結

会期: 2019年9月6日 – 10月5日
会場 : CLEAR GALLERY TOKYO 
東京都港区六本木7-18-8岸田ビル2F

Open : 火~金曜日 14 -19 時
土曜日 11-19 時
Close : Sunday, Monday, National holidays