フィンランドの首都ヘルシンキから西に約90キロ離れた場所に、フィルカルス(Fiskars)という村がある。地域の人口は約500人。その地で今年の5月19日に初のビエンナーレが開幕した。会期は9月15日までの約4ヶ月。デザインで注目されるヘルシンキではなく、こぢんまりとした郊外の村で初開催されるというビエンナーレに惹かれるものがあった。惹かれた理由の一つは、ロンドン出身の著名なプロダクトデザイナー、ジャスパー・モリソン(Jasper Morrison)がキュレーターの一人として参加しているという点。もう一つは、鍛冶屋から発展したものづくりの歴史があり、現在もクリエイターが集まる地域として知られているフィスカルスという場所での新たな試みである点だ。会期終了間近の8月下旬、筆者は滞在中のヘルシンキからフィスカルス村のビエンナーレを訪問した。

フィスカルス村の発展

フィスカルス村は、フィンランド・デザインとして知られるガラス製品のイッタラ(Iittala)や陶器のアラビア(Arabia)、英国ウェッジウッドなど14のブランドを所有するFiskars Corporation(日本法人の社名表記はフィスカース)が、1649年に鍛冶屋として創業した場所。18世紀は銅の加工なども行われ、様々なビジネスオーナーによって管理されたが、1822年にヨハン・ヤコブ・ユリン(Johan Jacob Julin)が買収した後は、製鉄所として大きく発展した。

同氏の死後、19世紀の後半に事業は株式会社化され、20世紀の後半からは大量生産型のビジネスモデルに移行。フィスカルス・ブランドは刃物製品全般を展開しているフィンランドの国民的なブランドの一つで、オレンジの持ち手が特徴のハサミが代表的な商品だ。世界初のプラスティック製ハンドルのハサミは、1967年に同社が製造したもの。1980年代、同社はグローバル化と拡大化のために拠点を米国やフィンランドの別の場所に移転し、フィスカルス村は一旦衰退した。しかし、その後アーティストやデザイナーの呼び込みに成功し、現在はクリエイティブ・コミュニティが形成され、観光地としても知られている場所だ。

作品とゆっくり向き合う空間

ヘルシンキからフィスカルス村までは、通常、公共交通機関だとバスや電車を乗り継ぐ必要があるが、会期終了までの最後の3週末はヘルシンキから直行のシャトルバス運行していた。メインのパーキングから川沿いに南北に広がった会場は、端から端まで10分ぐらいで回れるぐらいの空間。全体が一つの公園のような雰囲気だ。ビエンナーレの作品が展開されているメインの建物は3箇所。川沿いには前述のジャスパー・モリソンがキュレーションして、多国籍な18名のクリエイターが手がけた「ソーシャル・シーティング」という多様なベンチのインスタレーションが点在。

ビエンナーレスタッフから、最初に訪問することを勧められたのが、その昔は脱穀所として使われていた、天井が高い2階建ての木造建築の2階部分を使用した展示。5名のアーティストが、それぞれデジタルスクリーンやテキスタイル、彫刻やその他オブジェクトなどを使った存在感のある作品を展開していた。例えば、ブリュッセルを拠点に活動するアーティスト、Marjolijn Dijkmanは直径2メートルほどの半球の内側に24分間の映像を投影。”Navigating Polarities(極性を操ること)”と題された作品は、物理学、航法、天文学などに関する歴史的資料に基づいた哲学的な問いを投げかけるような映像とナレーションで展開され、鑑賞者が凹型ドームを覗き込むように鑑賞するというスタイル。薄暗い空間で地球の中のようなドームを覗き込みながら、異次元的な空間を体感できる作品だ。

一方、ヘルシンキを拠点に活動するRaimo Saarinenは、3つの筒状のビオトープを展示。ガラス、土、植物、プラスティック、タバコの吸殻などが入れられたビオトープは、シリコンと銅で密閉されている。密閉状態は1年以上前に作られたそうだ。ビエンナーレ会期中の4ヶ月間も続くビオトープ内の変化も作品の一部だ。

また、もう一つのアート展示は、会場北端にある脱穀所と一番離れた南端にある穀物貯蔵所で展開されていた。元貯蔵庫というだけあり、外気に比べてかなりひんやりとした環境のなかには、映像作品やガラスと照明を使ったインスタレーション、彫刻作品などが展開された。参加アーティストは12名。3階建の空間に対して作品数はそれほど多くなく、一つ一つの作品やアーティストに対峙できるような設計だった。

銅の鍛冶工場だった場所を改装したスペースでは、「ファクトリー」と題された展示で、さまざまなデザインや工芸製品が展開。ファクトリーとはいえ、大量生産的なものではなく、日本人にも馴染み深い工芸的な「ものづくり」の世界観だ。キュレーターのAnniina Koivuによると、この展示ではものづくりのプロセスを紹介することで、鑑賞者がデザイン製品に対する理解を深めるというのが趣旨だそうだ。フィスカルスの訪問者は、ミラノのデザインウィークに訪れるような業界関係者だけではない。だからこそ、ものづくりの背景を伝える必要があるというのが意図だ。会場には、各ブランドや製品のものづくりのストーリーを伝える動画が鑑賞できるようになっていた。また、職人が手がける製品のコスト構造や、工数を因数分解して提示したような作品もあった。デザイン展示も、アート展示と同様、一つ一つの作品に向き合うことができる仕掛けになっていた。

「ブティック型」という贅沢

フィスカルス村は決して大きな観光地ではなく、今回のビエンナーレも小規模なものだった。デザインウィークやアートフェアというと、特に大きな都市などで開催されるものは、作品の量も多く、せっかくならすべてをできるだけ多く見て回りたいという衝動にもかられる。終わってみると、全体の印象しか残らず、個々の作品の印象はそれほど残らないかもしれない。一方、フィスカルスのビエンナーレは、一つ一つの作品に対峙する時間と空間が与えられていた。

これはアート展示のキュレーションを手がけたJenni Nurmenniemiの想いでもある。「鑑賞者がペースを落とし、集中し、日々を形成しているにもかかわらず、騒音や雑音の中で簡単に見過ごされてしまうようなシグナルや素材、プロセスに対して敏感になること。この展示にはそういった意図がある」と説明する。

ゆっくりと向き合うこと。アートやデザインの展覧会といった非日常だけでなく、日々の生活の中でも、身の回りの環境や物質に対して向き合うこと。自然や家族・友人と向き合いながら過ごすこと。それは北欧的なライフスタイルの要素の一つのようにも思える。「向き合う」というある意味贅沢な姿勢は、北欧型のビエンナーレが提示する、一つの視点かもしれない。


All photos by Maki Nakata

Maki & Mpho LLC代表、ノマド・ジャーナリスト。
同社は、南アフリカ人デザイナー・ムポのオリジナル柄を使ったインテリアとファッション雑貨のブランド事業と、オルタナティブな視点を届けるメディア・コンテンツ事業を手がける。オルタナティブな視点の提供とは、その多様な在り方がまだあまり知られていない「アフリカ」の文脈における人、価値観、事象に焦点を当てることで、次世代につなぐ創造性や革新性の種を撒くことである。
Forbes, WIRED, Business Insiderなどで、ビジネス、カルチャーを中心に幅広いジャンルの記事を執筆。
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