サマータイムで日も長くなる夏の欧州では、各地で毎週のように様々な屋外フェスティバルが開催される。その中でも今回筆者が注目したのは、フィンランド・ヘルシンキで毎年8月に開催される「Flow Festival(フロー・フェスティバル、通称フロー)」だ。夏が終わりに近づく8月開催には意図がある。北緯60度という高緯度に位置するヘルシンキでは6-7月は真夜中まで明るく、アーティスティックな夜のコンサートの雰囲気を作りにくい。だからこそ22時過ぎには暗くなり、かつ気温も下がりすぎない8月がベストだそうだ。今年は8月9日〜11日の3日間にわたり開催された。フローでは、国際的な音楽・アート・食といった文化を、北欧的なライフスタイルの文脈の中で体感できる。主催がこだわってキュレーションしたアートと、食・空間デザインが存在し、大人が自分なりのスタイルで楽しめる、アミューズメント・パークのようなフェスティバルだ。

Photo: Petri Anttila / Flow Festival

ただの音楽フェスではない

フローの会場は、その昔、発電所などが稼働していた工業地帯、ヘルシンキのスヴィラハティ地区。ヘルシンキの中央駅から公共交通機関や自転車を使って10分程度で行ける場所にある大型会場には、11のパフォーマンス・ステージが設営されていた。フローのメインコンテンツは音楽だが、音楽はあくまで一つのアート表現だ。会場全体が、アーティスティックに装飾されていて、どこもかしこもがフォトジェニック。デザインや建築で知られるアールト大学や、フィンランドのライフスタイルブランドらも協力・協賛する。例えば、会場内の壁面や柱はアールト大学ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン学科の学生が手がけたポップなストリート・アートで包まれ、同大学のランドスケープ・建築学科の学生は、白樺を使った憩いのスペースを設けた。スポンサー企業各社による空間もアーティスティックで、ブランドの存在感に嫌味がない。今年はアートインスタレーションや演劇アートに特化した会場「Pink Space」も設けられた。当然、ミュージシャンのステージパフォーマンスも、振り付けや演出の面での芸術性が高い。フェスティバルが開催されていない時期は非常に殺風景な元工業地帯の一角は、フローのアート・ディレクションによってクリエイティブな空間に変貌を遂げていた。

Photo: Petri Anttila / Flow Festival

愛に溢れる豊かな環境デザイン

フローがそのデザインにおいて優れている点は、ビジュアル面に留まらない。会場には、参加者が快適にかつ心身ともにハッピーに過ごせるようないくつもの仕掛けが存在する。たとえば、会場には非常に多くの、かつ多様なシーティング・スペースが設けられている。芝生でのピクニックスタイルはフェスの定番だが、フローの会場は一部を除きほとんどがコンクリートだ。しかし、会場には階段状の椅子、ビーズクッション、パレットをアップサイクルした家具、ベンチ、一人がけや数人がけのブランコ、ゆったりできるソファなど、多種多様の休憩スペースが屋内外のあらゆる場所に設けられている。また観葉植物やプランターなども配置され、自然が感じられるようなスペース設計になっている。ジェンダーの区別のない仮設トイレも十分な数が設置されており、イベント会場の女性用トイレ前でよく目にするような行列は、ほぼ見られなかった。また十分な数のスタッフが適宜掃除やゴミ回収を行う。

また、人だけでなく環境やサステナビリティの要素にも配慮がなされている。フローでは期間中に出たゴミを全てリサイクルもしくは再利用する。会期中のCO2排出量も算出し、カーボン・オフセットを実行。今年はフィンランド環境研究所(Finnish Environment Institute)とコンサルティング会社Reaktorと連携し、参加者が寄付した缶やボトルのデポジット(通常スーパーなどで缶やボトルを返却するとボトル分が返金される)で、マダガスカルに約11,700本の植林が行われる予定だ。

フード・ベンダーのセレクトや教育にもこだわりがある。今年はローカルな食材の使用に重点を置いた約40のレストランと20のバーが参加。フローの運営側は参加ベンダーに対して、廃棄食材の削減を促すなど、サステナビリティ・ミールに関する指導もする。また全てのフードベンダーが、必ず一つはヴィーガンのメニューを提供することを義務付けている。会場内のフードベンダー全体を見渡すと、そもそもベジタリアンメニューやミートレスに特化したようなレストランも少なくない。2018年の実績では、フロー会場で購入されたすべての食事のうち、46%がヴィーガンもしくはベジタリアン向けのメニューだったそうだ。事務局によると、この数字を今後も上げていく方針だ。

「ヒュッゲ」な北欧のフェスティバル

フロー事務局の広報責任者、スザンナ・フルッコネン(Susanna Hulkkonen)氏に、フローフェスティバルの特徴についてインタビューしたところ、再三にわたってintimateというキーワードが出てきた。Intimateは直訳すると親密といったような意味だ。3日間の累計の参加者が83,000人というイベント。ヘルシンキにおいては大規模なフェスティバルではあるが、2004年初回開催以来、メジャーイベントとは少し距離を置いた、ブティック型フェスティバルという位置付けでエッジの効いたブランド発信や運営を行っている。イベントの数ヶ月前には、特徴的なブランドロゴをあしらったクールな広告がヘルシンキの街に溢れ、フロー・マガジンというフリーペーパーが配布される。地元のファッションブランドMAKIAとコラボレーションした洋服や小物も販売される。主催者のセンスが、アーティストやベンダーのキュレーションに反映されており、その主催者の価値観やテイストを共有するような参加者が集まっているイベントだと、広報のスザンナは言う。結果、参加者、アーティスト、そして運営側が一体となったようなintimateな雰囲気が醸成される。

会場内をまわると、皆が思い思いの時間と空間を楽しんでいる様子が伺えた。ある場所では、アートインスタレーションを見ながら、まったりと過ごすことができる。ある場所では、エレクトリック・ダンスミュージックのDJパーティーに参加することができる。別の場所に行けば、ブランコに揺られながらメインステージの有名アーティストのパフォーマンスに耳を傾けることもできる。さらに、別の場所ではミニ・シアターで映画を見ることもできる。お酒が販売されるため、基本的には18歳以上限定のイベントだが、日曜日の夕方までは子連れのファミリーも参加できて、子供向けのプログラムも充実している。会場では、連日参加者が飲食を楽しんでいたが、真夜中近くなっても、泥酔したような人はあまり見かけることはなかった。また、若者だけでなく中高年もフローのイベントを思い切り楽しんでいた。そこには北欧的な「ヒュッゲ」で居心地の良い空間が広がっていた。

国連の関連機関であるSDSN「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク」(英語名称:Sustainable Development Solutions Network)が、毎年発表している「世界幸福度ランキング」で、今年1位になったフィンランド。世界一幸せな国として、今他国からも注目されている。もしかしたらフィンランドのフローは、「世界一の幸せの秘密」が味わえる特別なフェスティバルかもしれない。


Photos by Flow Official & Maki Nakata

Maki & Mpho LLC代表、ノマド・ジャーナリスト。
同社は、南アフリカ人デザイナー・ムポのオリジナル柄を使ったインテリアとファッション雑貨のブランド事業と、オルタナティブな視点を届けるメディア・コンテンツ事業を手がける。オルタナティブな視点の提供とは、その多様な在り方がまだあまり知られていない「アフリカ」の文脈における人、価値観、事象に焦点を当てることで、次世代につなぐ創造性や革新性の種を撒くことである。
Forbes, WIRED, Business Insiderなどで、ビジネス、カルチャーを中心に幅広いジャンルの記事を執筆。
執筆記事一覧:https://clearvoice.com/cv/maki8383
Instagram: @makimpho / @maki8383