「米国楽器メッセNAMMに出展した作品9本は、開幕3時間で完売しました!」と、声を弾ませながら語るギター職人、イェンズ・リッター氏(46)。

これまでリッター氏のオリジナルエレキギターやベースを購入したミュージシャンは、マドンナ、プリンス、クリスティーナ・アギレラ、ジョージ・ベンソンなど。作品の特徴は、すべて手作りの一点品。一度目にしたら忘れられないシェイプと厳選した木材の持つ木目の美しさ、極限まで滑らかな流線型ボディを持つ他に類を見ない仕上げの作品として、「ドイツのストラディヴァリウス」 と称賛を浴びている。

今話題をさらっているのは、2019年グラミー賞、そしてつい先日アカデミー賞を受賞したばかりの米国人歌手、レディガガがリッターエレキギターを購入したニュースだ。2月上旬、米国から戻ったばかりのリッター氏に話を聞いた。

ダイデスハイムから世界へ発信

ドイツ南西部のワイン街道沿いの街、ダイデスハイム(Deidesheim)。ギター職人の第一人者として知られるリッター氏は自然に恵まれたのどかなこの街に工房を構え、世界に作品を送り出している。

同氏は1996年、生まれ育った近郊の街からダイデスハイムへ移転、ここでエレキギターとベース製作工房を立ち上げた。4弦、5弦、7弦のベースや6弦ギターを中心に、年に80本ほど製作。価格は1本7000ユーロから(91万円・*130円で換算、以下同)。これまでリッターローヤル、プリンセスイザベラなどのモデルシリーズ1000本以上を製作した。

この工房で作業に携わるのは、従業員2人とリッター氏の3人。ソーシアルメディアや事務業務担当はベルギー・アントワープ在の従業員、日本市場はスイス在の日本語が流ちょうな従業員が担当する。

作品の注文はプロプレイヤーやコレクターが多い。なかでも米国からの依頼が7割ほど占め、ドイツ、英国、日本と続く。多くの客は工房に足を運び、サンプルを見て注文する。またオンラインやメッセで購入する客もいる。なかには国外からプライベートジェットで訪独し、工房へ来る熱烈なファンもいるという。

「レディガガも購入したリッターギター!」と音楽業界の話題をさらっています。注文を受けるまでの経緯を教えてください。

この作品は8本限定の特別エディション「サンドカン(Sandokan)」シリーズです。なぜレディガガが私のエレキギターに興味を持ち購入したのかは、まったくの偶然からです。

同エディション1本目の作品を届けるため2016年、ニューヨークのトーンスタジオへ出向きました。そこには注文客のブラジル人ギタリストの他、米国の音楽プロデユーサー・ギタリストの大御所ナイル・ロジャーズも同席していました。ナイルは一目でギターを気に入り、早速写真を撮り、音楽プロデューサーとして交流のあるレディガガに送付したのです。それを見て、彼女も非常に興味を持ち、まもなく彼女のマネージャーから注文が入ったのです。

サンドカンのボディ(本体)は、米国産ハンノキ、マホガニー、黒檀を使用。スワロスキー宝石を1万1千個はめこみ、24カラットゴールドを装飾したエレキギターです。価格は48,000ユーロ(624万円)。完成まで1年半を費やしました。レディガガの購入した作品は同エディションの2本目です。作品の名前は、子供の頃に見たテレビ番組で感動したシーンに由来しています。

完成品を持参し客に手渡すことも多いと伺いました。レディガガにも直接手渡されたのでしょうか?

2017年末、レディガガにサンドカンを届けるためニューヨークへ向かいました。到着の翌日、夕食を共にしてギターを手渡す予定でしが、彼女は病に伏してしまい実現しませんでした。その時、2017年8月より開催中だったワールド・ツワー「ジョアン」コンサートの残りすべてもキャンセルしたと聞き驚きました。

その後、「彼女はリッターギターにベタぼれ!」というメッセージをもらいました。
現在ラスベガスで開催中のレディガガショーに自分の製作したギターも登壇しているなんて夢のようです。彼女に会える日は、きっと来ると思います。かつてプリンスに出会えたように。

リッター作品は一度目にしたら釘付けになるほど奇抜なデザインや色使いです。アイデアやインスピレーションはどのように得ているのでしょうか?

工房にいる時は、時間の許す限り自転車で自然の中を走り回っています。そんな時にふっとアイデアが思い浮かんできます。また大好きな美術館巡りの会場や日常の何気ないシーンでもヒントを得ることもあります。作品に反映することは難しいほどたくさんのアイデアが頭の中に詰まっています。

子供の頃を教えてください。ギターを製作するようになったきっかけは?

4,5歳の頃からポケットナイフで弓や矢などを作って遊んでいました。木の取り扱いや技術的なノウハウは、大工だった祖父に教えてもらいました。身近にある木片で気の赴くままに色々作品を作りながら木工作業の楽しみを知っていきました。

楽器といえるほどのものではありませんでしたが、ベースギターを初めて製作したのは7歳の時。空き缶や針金、木などを用いた作品は奏でることはできなかった。でも世界で一つだけのギターを完成させた喜びは今でも忘れません。

市販品を購入したのは13歳の時。バンドに参加し、ジャズやフュージョンなど演奏しました。しかしサウンドもデザインも満足できるものではなかった。お金がなかったので高価なものは買うことも出来ず、自分で修理や改造をしながら弾いていました。

18歳から4年間、地元の企業に勤務、趣味として演奏を続けました。でもギターを弾けば弾くほど、デザインやサウンドの優れたものを入手したいという願望が強くなりました。だったら自分で製作してみようと思ったのです。

ギターやベースの製作技術はどのように習得されたのでしょうか?

イタリア・クレモナのストラディヴァリ・バイオリン職人の下での修業や、電気工学技術や美術学校で彫刻も学びました。さらにマスターメカニックコースも受講しました。熟練の職人に負けない専門技術を習得したかったからです。

というのも当時の業界は、大企業や高齢の熟練職人の作品が市場にあふれていました。さらに職人は横の繋がりや連帯感が強かった。そんな中でリッター作品はデザインや色使いがクレイジーだとネガティブな声もあり、独創的な作品を製作することに抵抗もありました。

でもクラシックな形にこだわる必要はないのではと思い、客のニーズに耳を傾けながら自分を表現することに徹しました。こうして製作を続ける中で技術を磨いていきました。

リッター氏ならではのこだわりはどんな点でしょうか?

作品のボディに用いる木材は、音色を左右する重要なカギ。ベースつくりの命を吹き込む木材は、自らの工房で乾燥させ、納得のいく材で作品を仕上げています。こうして客の満足する作品を創りあげているのです。

良いサウンドを得るには、材は10年ほど乾燥させる必要があります。ボディは、振動系を支え、ピックアップやコントロール類が組み込まれている部分で、音質や演奏のしやすさ、楽器を使うプレイヤーの体とのフィット感などにも影響を及ぼします。ボディの膨らみ加減によって、音が変わってきます。丹念に削り上げ、材の厚みを調整します。木を休ませながら作業を進めるため、1本の作品が完成するまで長期間必要なのです。

芸術作品としての新たな展開があるそうですが、どのようなものでしょうか?

職人として作品に満足した客の声を聞くのは最高の喜びです。ところが楽器の注文とは別に、最近は芸術品として富裕層やコレクターの間で話題となり、買い求める収集家が現れ始めたのです。

リッターギターやベースは、すでにニューヨークのメトロポリタン美術館、ワシントンD.C.のスミソニアン博物館、ボストン美術館に収蔵されており、大きな注目を浴びています。とはいえ、今回は個人が買い付ける「芸術作品」という、まったく別のカテゴリーです。最初はかなり戸惑いました。

そんななか、ニューヨークの知人(デザイン美術館デレクター)に相談すると、「君がいつかこの世にいなくなった時、君の作品は新たに目覚めるんだよ」と、言葉をかけてくれたのです。

それ以後、気持ちが少しずつ変わっていきました。近年はPCを駆使した音楽が出回っていますが、最高品質の楽器を使って奏でる音楽を後世代にも聞いてほしい、それを伝えることが出来ればと思ったのです。こうして生まれたのが10本限定のエディション「スリーピング・ビューティズ(Sleeping Beauties)」エレキギターです。

この芸術品は、あえて弾けないように弦を封印。作品本体バックに、ギターシリーズ名、製作日、眠りについた日、目覚めの日を明記しました。自分がこの世を去った後、そのギターを眠りから覚まし、演奏してくれたらうれしい限りです。

スリーピングビューティズの販売は開始していませんが口コミで拡散され、すでにコレクターの手元に渡った作品もいくつかあります。

グリム童話「眠れる森の美女」ではないが、100年後に眠りから覚めたスリーピングビューティズはどのような音色を奏でるのだろうか。想像するだけでもわくわくする。

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All photos ©Noriko Spitznagel
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シュピッツナーゲル典子 ドイツ在住。国際ジャーナリスト連盟会員

リッター氏に筆者が初めて出会ったのは、10年以上も前のこと。ANA機内放送用にドイツを紹介する番組の製作撮影班に同行した時だった。ドイツ南西部の美しい街やワイン、芸術家などの訪問・撮影先をリサーチ・コーディネートしながら撮影許可をとる中で同氏を知った。それ以来、日本ファンのリッター氏と連絡を取り合っている。
HP:http://norikospitznagel.com/
Twitter: 写真で旅するドイツ