南アフリカの世界的デザインプラットフォーム「Design Indaba」が、毎年のデザインフェスティバルで発表する、「南アフリカの最も美しいもの(MBOSA: Most Beautiful Object in South Africa)」に選ばれたニットデザイン。それが南アフリカ人デザイナー、ラデュマ・ノゴロ(Laduma Ngxokolo)が手がける、マコサ・バイ・ラデュマ(MaXhosa by Laduma)だ。
昨年末には、今まで製造を委託していたニット工場を買収し、さらなる拡大に向けて、自社の生産キャパシティを拡大した。現場取材とラデュマへのインタビューから、いまアフリカのファッション業界で最も注目されるブランドの哲学に迫る。
ラデュマは、南アフリカの南端都市ポートエリザベス出身。高校時代からテキスタイルザインの勉強を始め、ネルソン・マンデラ・メトロポリタン大学進学中に、地元の素材であるモヘアを使ったデザインを開始した。コレクションデビューは、ロンドン。2010年に開催された地元南アフリカのデザインコンペを勝ち抜き、ロンドンでコレクションを発表する機会を得た。自らのルーツである、南アフリカのコサ族の伝統的なビーズ装飾にインスパイアされた、メンズのニットウェアを発表した。
現在では、国際的に最も知られているアフリカのファッションブランドの一つとして、メディアやセレブリティーからの注目も高い人気ブランドの地位を確立している。国内外のVogueやELLEなどの雑誌に度々取り上げられている他、過去にはビヨンセや映画「ブラックパンサー」の出演俳優などが着用している。イタリアのメンズウェアの祭典「ピッティ・ウオモ」でのコレクションの発表や、ニューヨークのMoMAの企画展示への出品など、国際的な場での機会も拡大している。日本ではユナイテッド・アローズが取引先だ。
ラデュマは、特に自らのルーツである南アフリカのコサ族のカルチャーに強い思い入れを持っている。南アフリカは他民族国家だが、コサ族は、ズールー族やツワナ族などに並ぶ、主要な黒人グループの一つだ。マコサ・バイ・ラデュマのデビュー・コレクション「Amakrwala Collection(アマクヮラ・コレクション)は、18-23歳のコサ族の男性が経験する、割礼などの通過儀礼に関連している。新しい男性を意味する「Amakwala」は、6ヶ月間にわたる通過儀礼を経た男性が着用する正装を、モダンなニットウェアという新しい表現で提示したものだ。
美しいニットウェアだが、背景には「伝統」をどう時代にあった形にデザインすべきかというラデュマの課題意識がある。彼は奨学金を獲得して、イギリスのセントラル・セント・マーチンズに留学しているが、2016年に発表した修士論文も、割礼儀式をより安全に行うためのツールキットのリデザインだ。同大学はファッションデザインスクールの名門として知られているが、意外にもラデュマの最終アウトプットはファッションデザインではなく、純粋にカルチャーに焦点を当てた研究発表だった。
2018年8月、南アフリカはヨハネスブルグの中心街(CBD: Central Business District)から程近いフェアビュー地区にあるブランドの拠点を訪問した。当初からの取引先メーカーであったニット工場を自社で買収した工場内には、ニットデザイン室、ニット機械がならぶニッティング室、スチーミング処理や縫製を行う部屋など、工程ごとの部屋の他、オフィスも併設されている。カスタムオーダー客やプレスなど、訪問者に対して、すべてオープンに見せるという方針だ。近い将来は、ショールームも併設する予定だという。ちょうど1年前にも彼のオフィスを訪問しているが、アパート1室のオフィスからの急成長が見て取れる。
マコサ・バイ・ラデュマの商品は、モヘアやウール、リネンを使用したニットウェアがメインで、高価格帯の商品。メインのニットセーターやカーディガンは、3600-5400ランド(約26,000-39,000円)。ニットドレスは、9,600ランド(約70,000円)だ。最新統計データによると、南アフリカの平均年収は10,872ドル(約120万円)。平均で見ると発展途上経済における市場だが、ブランドの主要顧客は南アフリカ国内の顧客だという。ラデュマ自身、この事実に満足げだ。
現在、オンラインと自社ショップでの販売、卸売販売とすべての販売チャネルを持っている。ヨハネスブルグの自社ショップが1店舗に加えて、アフリカ最大級のモール内に、6ヶ月間のポップアップ店舗を構える。また、ケープタウンや空港内のショップなど、現在南アフリカ国内には、4店舗の取引先ショップがある。
「自社ショップはいずれ南アフリカの主要都市に出店していきたいが、目下の焦点は卸売。セールス・エージェントと契約して、取引先ショップを増やしていく。そのためには、引き合いがあるショップからのオーダーに対応するために、しっかりと在庫を持ち、商品レンジも増やしていかなくてはならない」とラデュマ。これまでは自己資金と利益の再投資で、事業を拡大してきたが、在庫を拡大するために、今後は融資を受ける予定だ。
ラデュマが事業経営においてもっとも重要視するのが、「人とのコミュニケーション」。家族を含めた信頼できるメンバーが、事業に携わり、国内外の出張が多いラデュマが不在でもビジネスがまわる仕組みができている。一般的にファッションデザイナーは、必ずしもビジネスや事業経営に強いわけではない。ラデュマ自身も、インキュベータープログラムに参加してメンターを獲得したり、YouTubeでの自習でビジネス経験を積んだりしたという。
飽和状態の市場において、新たなファッションブランドを立ち上げるのは容易ではない。これはアフリカ人デザイナーに限った課題ではない。しかし、アフリカならではのチャレンジもあるとラデュマはいう。「アフリカの(付加価値商品の)輸出が足りていない。もっとグローバルな会社との取引が必要だ。我々は、もっと国際的な信用を獲得する必要がある。アフリカの政治情勢やロジスティクスなどといった課題があって、なかなかバイヤーに信頼してもらえないというのが現状だ」。
8年ほどかけて、国内外でのブランド認知を広げてきたラデュマだが、今後さらなる高い目標に向かって事業拡大に力を入れていく予定だ。「困難や挑戦に立ち向かうという概念はあまりない。目標を決め、ただそれに向かっているという感覚だ」と彼はいう。
あくまでクールな姿勢を見せるラデュマだが、ブランドの成功に何か特別な鍵があるわけではなく、ハードワークがあるからこその成功だ。朝から夜まで、取材で彼の仕事の現場に同行したが、デザインワークや工場での仕事だけでなく、ショップのロジスティクス手配、在庫の納品まで、スタッフが帰宅した後も、働き続けていた。ショップでの取材を終えたのが夜8時過ぎだったが、その後も、ラデュマは翌日締め切りのデザインワークの仕事のためオフィスに戻っていった。
最後の今後の展望についてきくと、意外な回答がかえってきた。
「僕は一つのことに固執したり、所有欲が強いわけではないんだ。大学院で研究していた、伝統的なカルチャーをどう現代に合った形にデザインするかといったようなトピックに関して、博士課程で研究を続けたいとも思う。ブランドを無駄に売り渡すようなことはしないけれど、数年後、僕自身はもしかしたら別の職業についている可能性もあるかもね」。
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Maki
Maki & Mpho LLC代表、ノマド・ジャーナリスト。
同社は、南アフリカ人デザイナー・ムポのオリジナル柄を使ったインテリアとファッション雑貨のブランド事業と、オルタナティブな視点を届けるメディア・コンテンツ事業を手がける。オルタナティブな視点の提供とは、その多様な在り方がまだあまり知られていない「アフリカ」の文脈における人、価値観、事象に焦点を当てることで、次世代につなぐ創造性や革新性の種を撒くことである。
Forbes, WIRED, Business Insiderなどで、ビジネス、カルチャーを中心に幅広いジャンルの記事を執筆。
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